ゆのひらんおばちゃん Part3

創業70年の土産屋を 2023年3月末で閉めました。『夫婦で余生を どう生きるか』を模索していきます。

当店の歴史①

2023-02-28 | 
厚い大きな布に 父が書いた文字が見えます。
太く 整然と書いてあります。



今は店頭の商品の日除けに使っていますが、鳩目の穴があるので、昔はカーテンのように 明け閉めしながら日除けにしていたのでしょう。
昔 当店は 石畳の上の方にあったそうです。写真の手前は野菜屋さんで 奥の「椎茸」の文字が見える上の部分が最初の金子商店です。浴衣がけのお客様がいる左側です。
下の写真は約70年前の写真です。時効で?両親の顔を載せました。狭い店でしたが隙間なく商品が並んでいます。当時は自炊客も多かったので 食料品がよく売れていたそうです。
両親は
■温泉を冷やして「アイスキャンディ」を作ったり(ゆのひらんアイスの原型かも)
■蜂蜜を1斗缶で求めて 瓶に小分けして売ったり
■貸本屋をしたり
■干し柿を自分で作って家の回りにぐるりと干して売ったり
■自炊をする人に卵を売ったり
■父は毎日 朝早くから大分市内まで電車で出掛け 和菓子を背中に背負って持ち帰り販売したり
■原木産椎茸を近郷の農家から買い、土産物として確立したのも この時代からです。
いろんなアイデアと工夫と努力で 当時は たいそう人気があったそうです。父はアイディアマンで母は働き者でした。
私達の商売の基礎を作ってくれました。感謝しかありません。

上流護岸工事

2023-02-27 | 
夫が ふれあいホールからの帰りに 付近の護岸を見ると 着々と整備が進んでいたそうです。日曜日なので作業は お休みです。

2月20日から



1週間で ここまで進みました。





上流の左側は崩壊と撤収が進んでいます。




石畳側は建物の撤収が進んでいます。





願わくば 右田薬店のシンボルというべき 櫓が残されて 新しい建物に生かして欲しいです。

湯平のレガシーが 無くなっていますから。





砂湯橋から下流は 左側壁を削って川幅を広げます。



先は長いなぁ。


避難調査

2023-02-27 | 
先日は湯平3(橋本と下湯)地区で 台風や大雨を想定して、もしもの場合の避難調査が行われました。

ふれあいホールを本部にして 区長を中心に各組長が住民に電話をして避難先を聞くという 設定です。

正面の画面には 組長と地区民のやり取りの様子がリモートで写し出されています。時代は変わったなぁ。




我が家にも電話がかかってきました。もしもの場合の避難先を伝えました。

もう二度と あの災害に会いたくはないですが、もしもの時は 今日の返事通り、即避難します。早目に。

夫は 当時の区長で 大変な思いもしました。自宅の災害復旧も そこそこに奔走した日々を思い出します。




干し椎茸を買う

2023-02-26 | 
自分の店の干し椎茸が すっからかんで お客様どころか、我が家の 干し椎茸まで底をついてしまいました。

豚汁には 干し椎茸が必須です。『かぐら茶屋』で探すと まあ お高いこと お高いこと。

形のあるものは80グラムが900円です。うちなら 100グラム500円ですよ(今は在庫無しのくせに)

お客様が『安い、美味しい』と言ってくれるはずです(ちょっと自慢してみました)


仕方無く 安い『刻み椎茸』に甘んじました。これまで 38年間 干し椎茸を買ったことはなかったのです。












焼き芋

2023-02-26 | 

テレビで美味しそうな 「焼き芋」が出る最近。

 
夕べも金沢に移住した夫婦の『図書館のある 焼き芋屋さん」が出ていました。
 
私も食べたくなって 午前中 『かぐら茶屋』で 小ぶりなサツマイモを求めました。
 
先日故障がなおった オーブンレンジで焼きましょう🎵
 




 
昼食を食べていたら 近所のお姉さんが 『暖かいうちに食べて~』と持ってきてくれました。
 



 
「焼き芋食べたい➡️サツマイモ買う➡焼き芋もらう
 
またまた 希望が かないました。最近 こんなことが続きます。
 
 
なので 朝 夢でみたことを 夫に告げるようにしています。今朝は何年も会っていない 千葉のおじさんの夢でした。