加賀藩の所領加賀、能登、越中の魅力、海越しに観る山々、風光明媚なシーサイド・ラインの風景・出来事を写真で紹介する。
金澤・能登立山シーサイド・ライン



砂防ダム 果てしのない人と水との戦い、自然の摂理に立ち向かう人々の歴史。


花火のような花だと思いながらシャッターを押す。

川筋が見えないときは、道端に咲く花を眺めながら歩く。


左;工事用仮設橋より上流を見る。
右;下流側を見る


橋を渡り右岸を歩き先ほど見えた堰堤上に上が下流側(左)上流側(右)

三段の堰堤右岸より撮影

堰堤上から上流側工事用仮設橋を見る(下)

堰堤上流の流れと流れ落ちる水

下流側堰堤と流れる、どの堰堤も土砂で埋もれてしまっているが、それでも河床勾配の低減等の働きの様をなしているのだろう。(下写真:下流側に段の堰堤)

 

再び橋を渡り左岸へと出る


工事用仮設橋より上流を見る。大きな石がごろごろしている、これもすべて上流から流されてきたものだろう。

連続する堰堤ここまでくるともはや幾つ目なのかも曖昧になってしまう。辛うじて木陰から見る事が出来るもの。堰堤の上部からしか見ることができないものこれほどまでに数があるとは思ってみなかった。

上流を見ると幾つもの堰堤が連続する。

ここで谷は二本に分かれてい行く、右側の流れが赤谷

赤谷側堰堤と上流に架かる砂防工事用仮設橋

橋上より見る上流の堰堤

道は赤谷の橋を渡り再び別当谷の橋を渡る。谷は堰堤上部で左、別当谷と右、甚之助谷と別れる。

別当別当出合駐車場から別当出合登山センターまで登る。この先にさきほど下流から見上げていた吊橋別当がある。

鳥居の先に吊橋が架かる。吊橋から見た砂防堰堤上流側と、下流側。

この上流では終わりのない、砂防工事が繰り広げられている。

 

石川県・白山甚之助谷地すべり対策排水トンネル工事;飛島建設株式会社

機会があればは別当出合から上流の砂防堰堤を見てみたい。

続く・・・。



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本流に戻り今回はいっきに市ノ瀬まで上がってみました。ここから別当出合までは祝日なので車で上がることはできず、徒歩で登ります。

別当出会いまでシャトルバスもありますが、川から離れてしまうため、今回は徒歩左岸側の砂防工事用道路から川沿いに登ります。

市ノ瀬駐車場はほぼ満車状態、ここで身支度を整え出発と思いlきや、クマよけ鈴を持っていないことに気が付く、ビジターセンターの掲示板にクマの目撃情報が!

吊り橋の上流に架かる六萬橋、橋上より市ノ瀬堰堤が望める。竣工は昭和29年度竣工とあるが改修工事が行われ令和4年12月に完成となっている。

手取ダムの水量は少なかったがここではそこそこの水量がある、雲の様子からすると上流では雨が降っているようにも。

再び市ノ瀬方向に下り別山道登山口より工事用道路に入るここから先ほどの堰堤上部に上がる。


堰堤上から見る六萬橋


堰堤上流の様子写真右の流れは岩屋俣谷川の流れ。


岩屋俣谷川方向


道沿いの花を眺めながら歩くが流れは見えない。されど堰堤を流れ落ちる水音は聞こえてくる。河床へ降りれそうなところを探し無理やり藪の中へ入っていく。一瞬獣みちかと思いきや工事関係者の通った後かと一安心・


三段目の堰堤が道路から見える、河床には降りれそうになくあきらめ、堰堤上部に入り上流側の堰堤を見る。

工事用道路は一度仮設の橋にて川を渡る。橋上より下流(下左写真)、並びに上流の堰堤(下右写真)を見る


花の名前は?

今回の工程の三分の一程度だが、この辺りで小休止。

まだまだ先が長いのに・・・

続く・・・。

 



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「大巻どんど橋」

白山吉野オートキャンプ場とハミングバード鳥越各施を繋ぐ吊橋橋長96メートルの歩行者専用吊橋。吊橋というと上から吊り下げたものをいうのかと思っていたが、外ケーブル併用吊床版橋という国内では2例目に採用された珍しい構造の吊り橋らしい。(自然公園区域の景観に配慮した橋だが、横に見える送電線の鉄塔もついでに配慮してほしいよね!)


右岸側から橋を見る


吊り橋上より上流側を見る


下流側を見る


右岸側から撮影なかなか全景をとれる場所がなくこんな写真になってしまいました。橋すぐ上に見える構造物は展望台

せっかくの施設なのに景観もあまり良いとはいいがたく展望台までのアプローチもよくありませんでした。(一言よけいでしたね、ごめんなさい。)

「黄門橋」「黄門峡」

 

「不老橋」「不老峡」


小さなポットホールが、長い歳月のうちに大きな岩を二つに割ったのだろう。

 
不老橋より上流側を見る。この少し上流に綿ヶ滝がある・

 
下流側を見る

「濁澄橋」

前にも記載したが今回は河床から撮影

 

「吉野谷発電所に架かる吊り橋」

 
旧道を走ると木々の間から見え隠れする吊橋と発電所越しに見る吊橋誰のための吊り橋だろうか発電所関係の人のためのそれともサルなどの動物のもの?そう云えば黒部川にもさる専用の吊り橋が・・・・。

前回もこの吊橋が気になって左岸まで農道を走り撮影できる場所を探したがうまく行かず今回は河床に降りて撮影してみた。


かろうじて吊橋と鉄橋が上下に

続く・・・・・。



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恐竜博物館を訪れてからというもの、ついつい探してしまう。

今回も撮影をしながららしい地層があると目が行ってしまう。

何とついに発見、恐竜ではないが木、樹木の化石らしきものを

これをどこにもちこめば、どの年代のもので種類は何なのか調べてくれるのだろうか・・・。

今度、県の施設に聞いてみよう。

 



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金名橋」(北鉄 手取川橋梁跡)

その昔、電車が走った軌道橋梁(手取川橋梁)が架けられていた場所に新たに懸けられた橋梁「金名橋」として現在、手取キャニオンロード自転車歩行者専用道路として利用されている。

架橋にかかる部材のほとんどがかつて金沢の犀川に架けられていた御影大橋の鋼材が使用されている。

かつて幾度となく渡った橋がこんな形で利用されているとは驚きだ、それにもっと驚いたのは、加賀一の宮から石川郡鳥越村河原山(現在の白山市河原山町)に電車が走っていたことだ。1984年(昭和59年)休止、1987年廃線と言うことだから金名線が運行しているときに加賀一の宮まで乗車した記憶がある。それなのに、今日まで知らなかった。石川県民なのに能登と、加賀のこの温度差は何なのだろうか。

穴水ー蛸島間が廃線になるときには最終日間際には乗りに行ったのに・・・・・。

話題がずれてしまったようだ。

 
左:下流側を見る、下流にかかる橋は鳥越大橋、右:上流側、橋は広瀬大橋


左岸側の岩に丸くあいた穴は、ポットホールだろうか?

 

「広瀬大橋」

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「福岡橋」


福岡橋より下流を望む


上流側下流側とは対照的なゆったり流れる淵だが右先には瀬があり流れが速くなっている

「江津橋」(ごうづばし)

新旧日本の橋が架かる江津橋、普通はしと濁点を打たないそうだがこの橋は濁点がいっぱい。

旧江津橋は昭和29(1954)年架橋、同38(1963)年に修復、架橋からもはや70年近い歳月がたつがいまだに健在だ。

新江津橋は昭和50 (1975) 年架橋、20年の間に技術が進歩したというのか、シンプルンにして工事金額を抑えた架橋なのだろうか。少し味気ない気がする。これも時代の流れなのだろうか。

下流側に目を向けると大きな岩が浸食に耐えて残っている。これがめおと岩と呼ばれている。ちなみに日本の岩の下流に浸食された丈の低い岩が見えるが、めおと岩も同じように浸食されていくのだろうか。

橋の上流には左岸方向から大日川が流れ込んでいる。(源の大日山は石川県と福井県の県境にあり、手取川との合流地点までの総延長は34.9kmの清流)


大日川


新神津橋より上流側を望む

この辺りは河床までそれほど高さもなく、橋の袂から容易に降りることができる。

浅瀬もあったりして、子どもたちなら喜んで川遊びをすることだろう。

なかなか先に進まない。それにもう一つ魅力的な、大日川が加わってしまった。まだまだ手取川水の旅は続きそうだ・・・・・。



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前回紹介した、フランシス水車と水圧鉄管が展示されている場所は、福岡第一発電所より少し下流の手取川の支流直海谷川を少し入ったところにある、手取川第三ダムに展示されている。


ダム直下に架かる橋より撮影


左:排水路、右:下流方向を見る

ちなみに堤高:50m、提頂長354m、総貯水容量:4247千m3(貯水量を言われてもピンと来ません.ちなみに東京ドーム一杯分が1240千m3だからおおよそ4杯分てところかな、黒部ダムが199285千m3だからちっこいダムてかんじ)

この時は放水されてなく、直海川も流れがなく少々浴びしい。

ダム湖の中は濁っていて流木等々が溜まっていて現在の貯水量はそれほど多くないように思える。

直海川の上流はと思ったが次回に。

『瀬波川』

再び「水路橋」を訪ね今回は少し近づいてみた

たぶんこの水路喬橋も北陸電力の管理のものだろう、手取川の開発は電力施設の整備によるところが多い。100年近くたつ施設、開発の歴史をもっと知りたいのは私だけだろうか。

そんなことを思いながら瀬波川を上流へと、瀬波の村を抜け白山里(宿泊施設)を過ぎて進むと瀬波川キャンプ場に着く、その先の橋でロープが張られ通行止めとなっている。もっと奥の渓流を見てみたかったが歩いて上る準備もなく諦めて引き返す。

帰り路の途中で車を止め川べりへと降りてみる。水はとてもきれいで透明度は高い。


道路上から上流側、下流側を見る。

迫力のある大きな滝などはないが自然のままの淵、瀬が楽しめる。なんといっても水辺に降りると暑さを忘れられるところがよい。鮎タビ持参でくればもっと違う景色を見ることができるかも。

手取川流域をあらためて眺めてみると様々な景色が見えてくる。まだまだ手取川探訪は続きそうです・・・・。



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「瀬波橋」手取川支流瀬波川に架かる橋 白山市市原ト90

大東橋良い少し下ると右側から支流の瀬名川が合流する橋はいたって普通の橋、国道157号線に架かる橋で新旧二本の橋が並ぶ。

気になっていたのは下流にもう一本の橋らしきものがかかる。よく見ると水の為の橋「水路橋」だ。


水が流れるのが確認できる。

黒部渓谷の後曳水路橋 (国名勝・国天然記念物に指定されている)
https://skysoft.jpn.com/photo/pic/20131105/20131105-02.JPG

形状を見てもよく似ている。年代等は不明だが、この水路橋も国名勝・有形文化財的価値があるのでは?
周囲をもっと手入れして全体が見通せるようにしても、なかなか、見ることのできない希少価値があると思う。


橋の下をのぞき込むと淵に流れ込む瀬が見て取れる。

再び本流に戻り手取川沿いを下る。赤レンガ造りの吉野第一発電所、水圧鉄管、導水路が見られる。


この施設は1921年(大正10年)に運用開始しているすでに100年は経っている。

 

「黄門橋」 白山手取ジオパーク案内板より

断崖絶壁の手取渓谷に架かる黄門橋は、渓谷の一番狭いところに橋が架けられ古くから交通の要所となってきました。

江戸時代には谷が深いため橋脚がない木造のはね橋で当時は「高門橋」と書かれていたそうです。それが、いつしか、現在の「黄門橋」と表記するようになったそうです。

「黄門橋」は「吉野邨領十景紀行」など白山や山麓周辺の名所を記した江戸時代の紀行文にも紹介されており、その中では、水の勢いも強く、目もくらみ足が震えるほど高さがあると表現されているという。


左:黄門橋橋名板
右:黄門橋より上流側を望む


黄門橋より下流側を望む、何やら構造物が・・・・・

黄門橋の上流には不老橋がありこの間が渓谷が狭く様々な景色が見られるようだ。できれば河床から眺めてみたい。

福岡第一発電所

黄門橋から下ってゆくとまた、赤煉瓦造りの施設がある。1911年(明治44年)運転開始の施設だが保存状態がよくきれいな外観だ。


放水も活きよいががあり現在も発電を行っているようですね!

 

右:水圧鉄管内径585cm大きい!よく神社で見かける「夏越の祓(なごしのはらえ)」「茅の輪くぐり(ちのわくぐり)」の様ですね

「水無月の 夏越しの祓する人は 千歳の命 のぶというなり」と唱えながら
左まわり → 右まわり → 左まわりと8の字を描くように3回茅の輪をくぐって・・・・・

北陸電力株式会社 福岡第一発電所
国指定登録有形文化財(建造物)

登録番号:17-0058、名称:福岡第一発電所、
年代:明治44(1911)年
村北西部,国道157号沿いの水力発電所の建屋。キングポストトラスを用い,切妻造,煉瓦造2階建とする。要石,迫持石等に石材を用い,上下の半円アーチ・丸窓と,3方向の妻に付く丸窓とコーニスに特徴をもつ外観が,自然景観の中で際だっている。

続く



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石川県自然保護センター 中宮展示館(白山市中宮オ9)


左;自然保護センター前に架かる吊橋
右;吊り橋から下流見る


左;吊橋上より上流側を見る
右;河床より吊橋を見る

 
水は冷たく気持ち良い、上流側の淵は少し深そうなので今回は入るのは少し抵抗が。

夏河を越すうれしさよ手に草履 蕪村

ここまでは前回記載内容

石川県自然保護センター 中宮展示館の内容については石川県HPをご覧ください。

中宮展示館:https://www.pref.ishikawa.lg.jp/hakusan/chuuguu/index.html

URL:https://twitter.com/Ishikawa_HNCC(外部リンク)

白山白川郷ホワイトロードはこの先に料金所があり有料区間に入る。

この先にはいくつもの滝があり見どころ満載だ。(ここからの写真・動画:2017.06.11撮影)

しりたか滝(未撮影)

しりたか山を源流とし、急峻な山とその間に見える絹のように白い流れに特色があります。この滝は3段になっており、見る角度や水量によって姿を変えるところが面白く、秋の朝日が出る11時頃まで、滝の中程に虹を見ることができる。

赤石(あかち)の滝(未撮影)

増水すると三味線の糸のように水流が3本に分かれることから、別名「三味線の滝」とも呼ばれています。昔、金を採掘したところで、ベニ石(赤石)がイボ状に岩に付いているところから、この名前が付いた。

岩底の滝(かまそこのたき)

蛇谷大橋(未撮影)

蛇谷川峡谷を渡る唯一の橋。長さが70m、高さが45mあり、峡谷の風景を一層美しく際立たせています。大橋付近には溶岩が冷え固まってできる柱状節理が見られ、大橋のアーチ越しに眺める柱状節理の岩壁とそそり立つキタゴヨウマツ、とうくずれ谷の滝の景色は実に見事です。

かもしか滝(未撮影)

滝が5段になって流れ落ちることから「五重の滝」や「五色の滝」と呼ばれています。天然記念物 ニホンカモシカの生息密度が高いことから、この名前が付いています。

小親谷の滝


駐車場から姥ヶ滝へ向かう途中の水平歩道から見る蛇谷の渓谷、この蛇谷の川にはイワナが数多く生息するとの案内板、でもここは国立公園なので釣りはNG?

(NGといっても好きな人は所かまわずて感じですね。上高地、明神池の木々の枝にラインが絡まっているのを見たことがあります。)

姥ヶ滝


岩肌を伝うように流れ落ちる滝

親谷の湯

「日本の滝100選」にも選ばれた姥ヶ滝は岩肌に沿って落ちる白く細い流れを老婆の白髪にたとえてこの名が付いたといわれています。滝の正面には天然の温泉「親谷の湯」があり、露天風呂や足湯に入りながら滝を眺めることができます。 また、近くには河岸から熱水が噴き出す様子や珍しい噴泉塔もご覧頂けます。

水法(みずのり)の滝(尉ヶ滝(じょうがたき))(未撮影)

ふくべの大滝駐車場から蛇谷園地駐車場に向かう途中で隧道手前の右上に見ることができる雄大な滝。男性的な姿と姥ヶ滝の向かいにあることから、「姥(老女)ヶ滝」に対して「尉(老翁)ヶ滝」とも呼ばれています。

ふくべ大滝

白山白川郷ホワイトロードふくべ大滝

滝説明文は下記サイトより

見どころ・施設|白山白川郷ホワイトロード:https://hs-whiteroad.jp/sight-seeing/

 

続く・・・・・



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濁澄橋を過ぎ、手取川の本流を離れ尾添川方面に車を走らせる。国道360号線なかなか車からでは渓谷を見ることができない。
ゆっくり走っても10分程度で中宮大橋につく。冬なら白銀のゲレンデが一望できたのだが現在は廃止の方向に進んでいるようだ。

とても寂しいが致し方無いことなのだろう。さて本題に戻ろう。

中宮大橋(石川県白山市中宮)

車で走っている分には、とてもシンプルな橋だ。

構造;橋長:252.0m 橋梁形式:トラス橋
完成;1998年11月

完成当時の中宮大橋
日本ファブテック株式会社 HPサイトより

 

橋中間地点から河床を覗くと足がすくむ、高い。あまりのぞき込んでいると危ない人に見られても困る。

下部に見える構造物は吉野谷ダム、この堤は白山市荒谷(旧尾口村)にある水路式発電所の取水堰かつてはクレストゲートを備えたダムで日本の近代土木遺産に指定されていたが老朽化から2001年に延命工事を受けて現在の姿になっている。『ウィキペディア(Wikipedia)』より

参照;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%87%8E%E8%B0%B7%E3%83%80%E3%83%A0

静かに流れ落ちる中央・右側部分、左端には激しく流れ出る放水ゲート部分上部から見ているが流量は多く激しさが伝わってくる。

橋の上から上流の支流に架かる橋「めっこはし」を見る

尾添川の支流の堰堤(白山市荒谷)

河原に降りて流れの中にひざ下程度まで入ってみる。先ほどまでの暑さも和らぐ。

落差の違う三段の堰堤、水量はそれほど多くはなく、涼しく心地良い

堰堤の中は相当に深い、激流が堰堤に溜まった土砂を流しだしてしまうのだろう。

再び尾添川に戻り車を走らせるが、渓谷から遠ざかってしまい様子を伺い知ることができない。一里野温泉を過ぎ白山白川郷ホワイトロードへと進む

尾口第一取水ダム

尾添川はこの取水ダムを境に三つに分かれる正面の堰堤が尾添川左がホワイトロードに沿って流れる川、右方向は丸石谷がわ、上流には丸石谷川取水堰、その奥には滝が・・・・・。

右の構造物は三ツ又第一発電所


ダム堤上から下流を望む


放流量もわずか。

さるこ橋(白山市中宮)


吊橋上から上流側を望む


下流側

石川県自然保護センター 中宮展示館(白山市中宮オ9)


吊り橋から下流見る


上流側

夏河を越すうれしさよ手に草履 蕪村

続く・・・・・

 



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大東橋 (石川県白山市市原)

大東橋から見る渓谷下流側

大東橋から見る渓谷上流側

岩肌を伝う滝を見ることができる。

對山橋(石川県白山市河原山町 白山市木滑)

左;上流側、右;下流側
上流堰堤の先には北陸電力株式会社 吉野谷発電所(旧;石川県石川郡吉野谷村木滑新 新;白山市木滑新)が
あるが現在、通行止めと樹木が生い茂り写真が撮れなかった。次回再挑戦の予定

上流山手より見る對山橋

濁澄橋(にごりすみ)(白山市木滑 白山市瀬戸酉)


新旧の濁澄橋


左;尾添川に架かる、右;手取川と尾添川の分岐地点正面が尾添川右に行くと手取川

「濁澄橋」が示す意味の再検討 ~白山手取川ジオパーク,牛首川・尾添川合流点の濁度特性~
https://confit.atlas.jp/guide/event-img/jpgu2019/MIS08-P02/public/pdf?type=in&lang=ja

木滑関所跡(きなめりせきしょあと)

橋の下流側には木滑関所があった場所、ここが加賀藩と天領の境となり、木滑口留番所と称して、
侍1人、足軽5人が配置されていました。関所は、明治4年(1871年)に廃止
(白山市観光文化スポーツ部文化課HPより)

手取川と尾添川の分岐地点に瀬戸丸山城跡(通行止めのため行けず2023.07.30時点)

瀬戸丸山城の解説文
瀬戸丸山城は手取川本流と尾添川とが合流する地点、両河川によって形成された河岸段丘上、標
高約300mの地点に位置する。

この場所は、対岸に石川郡木滑(寛政元年(1661)以降に番所が置かれた)があり、牛首(白峰)
や中宮の向かう分岐点に近い。

城跡地は「城やしき」と呼ばれている他は、史実は不詳である。約50m四方の平坦面を主郭とする
単郭式の城で、南北に自然段丘面を利用し整形した腰郭を配する。主郭と北腰郭の間に幅約15m、
深さ約7m、長さ約80mの巨大な堀切がある。主郭の南西端には、櫓台遺構が確認できる。北の腰郭は、
堀切の背後に位置するが、崩落などでプランははっきりしない。

・・

昭和58年、尾口村教育委員会により東側平坦面などでトレンチ調査を行ったが、遺物・遺構ともに
明確な結果は得られていない。

立地や、単純な遺構の性格から、天正10年(1582)頃の山内衆と佐久間軍勢との対立時に形成され
た一向一揆勢の城跡と推測される。

情報提供:白山市文化財保護課


左;旧濁澄橋より尾添川上流側を見る砂防は尾添第一堰堤
右;旧濁澄橋より尾添川下流側を見る手取川との合流地点

続く 手取川渓谷を訪ねて003 中宮橋~石川県自然保護センター 中宮展示館



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