Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

馥郁たる物語の迷宮に酔う-「闇の奥」

2010-05-16 | 
 父の死に伴なう弔いの儀式の渦中で、
 すべての日常的な営為が中断された。

 やっと読みかけの本を手に取るようになったのは、いつ頃からだったろう?
 私は一冊の本を、読み上げるまで他の本は、いっさい手に取らないという
 集中的な本読みではない。
 結構、同時進行的に何冊かの本を読み散らす落ち着きのない読み方をしてしまう。
 そのため途中で興味を失って、栞を挟んだまま埃を被り忘れ去られる運命の積読本も出てくる。

 そんな乱読の過程で、春先からずっと読み続けてきている作家がいる…「辻原登」。
 ベストセラーや話題の本しか読まない一般的な読者にとって
 ちょっと馴染みの薄い作家かもしれない。
 私も、この作家と巡り会ったのは10年くらい前、
 盲の噺家の端然とした佇まいと彼を巡る不可思議で匂い立つような物語世界、
 「遊動亭円木」文春文庫に触れてからだ。

 辻原登の文章は、えもいわれぬ香りがする。
 香をきくように嫣然と否、艶然とその香に酔いしれる心地よさ。
 辻原マジックは、他に例をみない稀有な物語世界。

 芥川賞受賞作、ブーキシュな逆ユートピア「村の名前」文春文庫。
 中国史の壮大な冒険活劇「翔べ麒麟」文春文庫。
 短編集の白眉「枯葉の中の青い炎」新潮文庫。
 辻原マジックは中国を舞台にしたものが好い「ジャスミン」新潮文庫。

 そして新作「闇の奥」文芸春秋。
 もちろんコッポラの「地獄の黙示録」の原案となったコンラッドの同名作品
 を充分に意識してのタイトルだろう。
 物語のシチュエーションは眩暈がするほど蠱惑的。
 ミドリシジミに誘われる矮人族(ネグリト)伝説…雲南とチベットの境界にある
 地図上の空白地帯…そして失踪した民族学者を追う迷宮のような神話学的世界。

 でも物語のキーワードは、なつかしさ、ノスタルジアの先にある切ない感情、
 どんな国の言葉にも訳せない美しいポルトガルの言葉、saudade(サウダーデ)に行き着く。
 心象の中に、風景の中に、誰か大切な人が、物がない。
 不在が、淋しさと憧れ、悲しみをかきたてる。
 と同時に、それが喜びともなる。
 えもいわれぬ虚の感情…

 
遊動亭円木 (文春文庫)
辻原 登
文藝春秋
枯葉の中の青い炎 (新潮文庫)
辻原 登
新潮社
ジャスミン
辻原 登
文藝春秋
闇の奥
辻原 登
文藝春秋



 
  

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