フロムYtoT 二人に残された日々

私と妻と家族の現在と過去を綴り、私の趣味にまつわる話を書き連ねたいと思っています。

以心伝心!妻と私の心はひとつ?????

2020-08-31 23:09:21 | 【過去】酔いどれサラリーマン日記

2006.01.03

 正月3ケ日の最後の日、明日から仕事です。

 子供たちは、自分たちに残された最後の休日を楽しむために消え去っていきました。

 私たちは遅ればせながら、二人で「三丁目の夕日」を観てきました。

 昨日、天神の映画館で「三丁目の夕日」がまだ上映されていることを知り、飲み会のない日(正月から2週間はほとんど飲み会が入っています。というか入れています)に時間がとれたら、仕事の後でも妻と一緒に観に行こうかと、上映時間を調べていたのですが、
 私が妻に、
「今日、何して遊ぼうか。どこかに出かける?」というと、
 妻が、
「映画を観に行こうよ。三丁目の夕日」と言うのです。嘘みたいな話ですが、30年以上も一緒にいると、同じ事を考えていることが、良くあります。

 というわけで、二人で観に行きました。


 先日、「君に読む物語」を一緒に観に行ったときは、妻と私の泣くツボ、笑うツボが全く違い、私が泣いているときに、妻が笑っているのです。認知症のアリーが突然自分を失い、奇行を始めるのです。私はノアの心情に感情が同期していて、深い悲しみに胸がいっぱいでした。ところが妻はアリーの奇行を笑っていたのです。

 その後、私は「あそこで笑うのはおかしい」と妻を責めたため、
「もう、youさんと一緒に映画やら観にいかン!」
 と、言われたのですが・・・・。(そうですよね。私と妻が全く同じところで泣いたり笑ったりすることの方がおかしい。全く別の人格なのですから・・・・。)

 話が逸れましたが、「三丁目の夕日」は時代設定が私と妻の子供時代と一致するため、自分や兄弟や家族の実体験が、よみがえりました。「一平」や「淳之介」の体験が自分の体験であり、「六子」や「ヒロミ」の体験が兄弟や親しい人の体験であり、「トモエ」や「則文」や「茶川」などの大人達の体験が父や母やその時の大人達の体験なのです。

 泣きました。目が赤くなるくらいに泣きました。声を抑えるのに苦労しました。最近では覚えがないくらい涙を流しました。今でも映画のシーンを思い出すと目頭が熱くなります。

 妻も泣いていました。お互いに感動を共有できることは素晴らしいことですね。
「三丁目の夕日」に感謝です。

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愛するということ 3

2020-08-30 18:39:22 | 【過去】私の過去

 若い私は、愛についても、幸せについても、何も理解していませんでした。ただ自分が頑張って、母を幸せにしたいと思っていました。母から、「好きな人ができたら、私じゃなくて、その人を泣かせないトヨ」と言われたときは、母から突き放されたような寂しさを感じていました。

 大学生になって、妻を愛するようになって、ドイツやフランスの、いくつかの心理学者や哲学者が書いた「幸福論」や「愛について」の本を読みました。その大半は聖書の話などを引用しているもので、どうしても私には馴染めないものでした。

 そんな中で、私はエーリッヒ・フロムが書いた「愛するということ」という本に出会いました。

 エーリッヒ・フロムは、ユダヤ系ドイツ人で、新フロイト派の中心的人物です。代表作は「自由からの逃走」という本ですが、1956年に出版された「愛するということ」は、世界中で翻訳され、日本では1959年に出版されています。聖書から引用した部分もあるのですが、

 その本の中で、

 まず、愛は受動的なものではなく、能動的な活動であり、自らが踏み出すものであり、愛は与えるものであり、愛は 与えられるものではないと論じています。そして、与えるということは、何かを犠牲にしたり、何かを諦めたりすることではないと強調しています。

 次に、愛するためには、その技術を学ばなければならないと主張しています。そして、学ぶべき技術とは、「配慮(相手を積極的に気にかける。気遣い)」「責任(相手が求めてくることに積極的に応じる)」「尊重(相手の気持ちにたって相手の意見を聞く)」「知(相手のことを深く知ろうと努力する)」という5つの要素であるとの述べています。

 最後に、愛するためには、この技術を一生をかけて実践し、習得しなければならないと結んでいます。

 この本は私が手に入れた時は黄色で、今は新訳の白い装丁しか手に入れることは難しいようです。私は両方を持っていますが、マーカーで線を引き、付箋を貼り、ボロボロになった黄色い装丁の本をめくるたびに若い頃の想いがよみがえります。

 私は若い頃からエーリッヒ・フロムが唱える愛する技術の習得に努力をしてきましたが、愛する技術を習得することは難しい。すこし、諦めています。しかし、私の若い頃の人生の指針になったことは確かです。

 これは、双方が同じ想いを抱いて人生を送ってこそ、実現可能な理論です。

 妻にそんなことを話しても、

 「youさんだけ頑張って。私はムリ」と言われるに決まっています。

 この年になったから言えることですが、「エーリッヒ・フロムは、自分自身が唱えた愛する技術を習得したのかナ。そんなことはないよね」なんて・・・・。

 (ごめんなさい)

 

 

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私たちの孫

2020-08-29 18:22:23 | 日記

 私たちには4人の孫がいます。長女の子が9才と3才です。長男の子が6才と3才です。長男の嫁は妊娠中で、秋には3人目の子供ができます。全て女の子です。次女には、まだ、子供がいません。

 長男の嫁は出産を間近にし、体調がすぐれず、このところ妻が2人の幼稚園の送り迎えをしています。

 今日は長女の子供2人だけのお泊まりです。

 妻は朝からトランス状態に入っており、母性本能全開で、孫のための遊び道具や食べ物を準備しています。いつもは私にあれやこれやとお節介をやいてくるのですが、私のことは全く眼中にありません。

 (ありがたい)

 妻が2人を長男の子供たちに会わせるために、長男のマンションに出かけた後、私は息抜きを兼ねて、妻に書いてもらったメモを片手に、近くのショッピングモールに買い出しに出かけました。

 妻と孫たちが帰ってくる時間には、まだかなりの時間があったので、ショッピングモールの駐車場で、ペットボトルのブラックコーヒーを片手に、冷房をつけ、窓を開け放し、イヤホーンをつけて、私が編集したエドシーランやマルーン5などのお気に入りの曲を聴きながら時間を過ごしました。

 上空は群青色の空、左手にはトロピカルな鳶色のショッピングモール、右手は深緑色の神社の森、前方は真っ白に沸き立つ入道雲。

 今、私がここにいる(ある)のは、母のおかげ、たぶん父のおかげ、姉のおかげ、兄のおかげ、妻のおかげ、子供のおかげ、孫のおかげ、みんなのおかげだという感謝の思いが、一瞬のうちに入道雲のように沸き立って、少し目頭を熱くしてしまいました。

 

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愛するいうこと 2

2020-08-28 22:34:04 | 【過去】私の過去

  若い頃、私は自分が、父と同じような人生を送るのではないかと怯えていました。

  母に誓ったように、私は父と同じ人生は送らないと、愛する人と愛する人との子供たちを大切にしながら、人生を健やかに過ごしたいと強くおもって生きてきました。しかし、若い私は、父の血を引く私は、それが自分に実現できるのであろうかと、自問自答を繰り返し、父のような人生を送るのではないかと、心をすり減らしてきました。

 それから40年近くを経て、私は、父とは違う人生を生きてきました。

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愛するということ 1

2020-08-27 22:55:00 | 【過去】私の過去

 私の父は若い頃、とんでもなく放蕩を重ねていました。飲んで酔っ払って、女性と関係を持って、雲隠れするの繰り返しでした。父は旧制中学時代(未成年!!!!!!!!!)に子供をもうけ、旧制中学の卒業を直前にして退学。その後も、また、別の女性との間に子供ができています。それが私の姉と兄です。(この事件は地元では有名な事件で、後日、私が勤め始めた後、ある取引先の、父と同年輩の社長から、もしかしてと話をされて、私はそうですと答えましたが、血の気が引く思いでした。)

 私は、若い頃は、父を軽蔑し、父のような、おろかな人生は送らないと、思い続けていました。

 父が最後に放蕩をやらかしたのは、たぶん、私が中学生の頃だと思います。父と母の諍いのあと、母は顔をうなだれて泣いていました。父は昔のように母に暴力は振るいませんが、家を出て行ってしまいました。

 私が、

 「お母さん。これから僕が頑張って、お母さんを幸せにするよ」

 というと、

 母は、

 「youさんは、お母さんを幸せにするのではなくて、これから大きくなって、好

 きな人ができたら、その人を幸せにするトヨ。お父さんみたいに、好きな人を泣かせないトヨ」と言われました。

 その当時は母の言葉が理解できなかったのですが、今となっては、母の気持ちが、よくわかります。

 

 

 

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