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クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

HP開設のご挨拶

2016-04-04 11:57:52 | 物語

大変ご無沙汰致しました。

突然ですが諸般の情勢の変化により、この度「里山生活体験塾」を創ることになりました。

読者の皆様にはサプライズとなってしまい申し訳ありません。

なお、塾のHPを開設しましたので、ご関心のある方はこちらをクリックして下さい。http://yamasan1010.vpweb.jp/

今後は、里山生活体験塾の中のブログコーナー(ヤギさん便り)で、日々の里山暮らしを紹介させて頂きますので、どうか宜しくお願い致します。

コメントを頂いた方々には、お返事も書かず大変失礼致しました。

今後ともお付き合いの程、宜しくお願い致します。

里山のクロ改め、里山のマー君より

 

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富士山探訪記ーーー2

2015-02-17 21:53:01 | 物語

富士山の話を聞いてから数日後のことです。

その日は青空が爽やかに広がり、空気がスッキリと澄み渡った冬の朝でありました。

《富士山が見えるかも知れない・・・》

胸の高まりを覚えた拙者は、裏山へ上って行きました。

 

最初の高台では、ヒバの大木が来訪者を迎えてくれます。

 

ヒバの大木の脇にある東屋を過ぎると、竹林が見えてきます。

 

竹林に沿って山の奥へ進みます。

 

楠が見えてきましたね。

 

楠の大木の辺りから竹薮に分け入ってみました。

 

 

《富士山のある方角はこっちの方のはずだが・・・・》

と見当をつけて、枯れ竹や老木などをなぎ倒しながら前進します。

崖に近づき、竹薮の端が見えてきました。

 木々の間から前方を凝視すると、内房の低い山並が見えました。見慣れた山容です。

 

《富士山はどこだ?》

と更に目を凝らすと、低い山並みのその上に、おちょこを逆さにしたような山が見えました。白銀に輝いています。

《おお、富士山だ。富士山が見えた!!》

 それはまさしく霊峰富士でありました。

房総のこのような里山から富士山が拝めるとは・・・・・。

拙者は、しばし白銀の霊峰を見つめていたのでありました。

 

続く・・・・・。

 

 

 

 

 

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竹炭作り

2015-01-30 13:07:03 | 物語

またまた久しぶりの更新になってしまいました。

竹林の東屋(掘っ立て小屋?)と中庭の石窯を作った後、竹薮屋敷を里山楽園に仕上げるべく、敷地内の環境整備に汗を流していたのですが、雨模様となった先日、久しぶりに竹炭作りにチャレンジしました。

 これまで竹炭についてお話する機会を逸しておりましたが、今回、ようやく良質の竹炭が焼けたので、ご紹介したいと思います。

 

今までに何回も書いていますが、裏山に孟宗竹が沢山あるので、この里山は竹炭作りをするには好都合です。

炭を焼くには当然のことながら炭焼き窯が必要ですが、しかし炭窯を自分で造るのはとても大変な作業になると思ったので、ネットで調べたところ、コンパクトで使い易そうな炭窯が販売されていました。そこで移住直後に早速発注し、以来時々竹炭焼きをしているのであります。

二年前の丁度今頃のことですね。新品の炭窯が届きました。意気揚々と竹炭焼きを始めましたが、しかしマニュアル通りにやっても、なかなかうまい具合に焼き上がってくれません。何事も奥が深いものでありますね。

炭焼きの場合は、最後の段階(10時間ほどかかります)で炭窯内の温度を700度以上(煙の温度200度以上)に上げる必要があります。最終段階でその温度に達しないと硬い炭(すなわち良質な炭)ができないのです。

しかしこれまで10回程の作業では、その温度以上に上げることができず苦心したわけですが、今回の作業で初めてその目標温度まで達することができ、良質な炭を作ることができたのであります。

前置きが長くなりましたが、ではその作業工程の一部をご紹介します。

 

窯に火を入れてから一時間程の煙の状態です。あわてて作業を進めたので、竹を窯に入れる時の写真を撮るのを忘れてしまいました。なお煙突の下にバケツが置かれていますが、これは竹酢液(ちくさくえき)を取るためのものです。

 

煙突を納屋(長屋門)の中へ入れていますが、これで納屋の天井を燻そうと思っているわけです。

 

途中でクロとシロが視察訪問。

 

10時間後、竹炭がようやく出来上がりました。

この窯の中には、割った乾燥竹をビッシリ入れたのですが、焼き上がりはこんな状態になってしまいます。

でもこのくらいの量の竹炭ができました。

 

竹炭品質チェックのため、レンガで一本一本軽く叩いて折れないかどうか調べます。硬く焼けた竹炭は「カキーン」と心地よい金属音がしますよ。

 

良質と思われる竹炭が、みかん箱でひと箱ほどできました。

 

竹酢液もペットボトル(500cc)で8本取れました。

 

竹炭と竹酢液の効用については、皆さんもご存知かと思いますが、竹炭は調温、脱臭、浄水、空気浄化などに効果があり、竹酢液も消臭、殺菌、防菌、防虫効果があると言われています。

今後、良質な竹炭がコンスタントに焼けるようになったら、近くの直売所で売ってもらえるかも知れないと期待していますが、さてさてどうなることやら・・・・・・・。

 

 

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イシガマ作り

2015-01-13 21:27:22 | 物語

寒中お見舞い申し上げます。

 ブログ更新がまた大幅に遅れてしまいました。

年末から石窯作りに没頭しており、気が付いたらはや一月も中旬となってしまいました。

ブログ愛読者の方々には年始のご挨拶もせず、大変失礼致しました。

 

実は、以前よりピザやパンを焼く石窯を作りたかったのですが、市販のおしゃれな石窯セット(レンガ作り)ではこの里山の風情には合わないと思われたので、里山で調達できる自然石材で作ろうと目論んでいたところ、年末になって手頃な石が見つかり、石窯作りに没頭する仕儀となってしまいました。

さて、2週間程かかって出来た里山イシガマはこのようなものです。

 

(全景)

 

 

(斜め前方から)

 

(前方から) 

 

(斜め後方から) 

 

全て石積の風情ある石窯を作ろうと思ったのですが、なかなかそう簡単にはいかず、ブロックを使ったりしましたが、全てこの里山にあった資材なので、製作費は0円でありました。

こんな風情有り過ぎるイシガマでも、ピザもパンもしっかり焼けますよ。

 

 

試作段階では、窯の保温と天板(最初は石版を使用)の加熱に苦労しましたが、石積みの隙間は里山でとれる粘土質の土で目張りし、天板は思いがけなく立派な鉄板を入手することができたので、なんとか風情有り過ぎのイシガマが完成しました。

天板の鉄板は、里山移住大先輩のKさんから頂いたものですが、なんでも築地でお好み焼き屋をやっていた知り合いの方が、店仕舞いする際に、頂戴したものだそうです。従いまして、この天板だけはプロ仕様の優れものであります。

この厚い鉄板のお陰で、ピザの生地がパリッと焼けるようになりました。Kさんには感謝感謝であります。

 

石釜を設置した中庭は、昨年春に悪戦苦闘して芝張りをした所ですが、芝君達も頑張ってくれてなんとか根を張ってきたので、この中庭にベンチなどを置いて、ピザパーティなどができれば楽しいだろうなと、目論んでいる次第であります。

それにしても、石窯で焼いたピザやパン(試しにレーズンパンとナッツパンを焼いてみた)は、なかなか美味しかったですよ。

これはクセになりそうであります。

 

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耕一物語ー人肌の温もり

2014-12-11 05:34:25 | 物語

 

冷たい荒海に投げ出されて、何時間経ったのだろうか。

東の空が白々と明けてきた。

あけぼの丸のロープを抱きしめる耕一の意識が、次第に薄らいで行く。

《このまま眠れたら楽になれる・・・・》

耕一は、薄れる意識の中でそう感じていた。

 

耕一の手からロープが離れた。

耕一の身体があけぼの丸から離れた。

意識を失った耕一の身体が、冷たい海を漂って行く。

漂うその男の姿を、昇る朝日が照らし始めた。

 

 

 

その時、潮の流れが少しづつ変わってきた。

日の出の動きに合わせるように、潮の流れが変わったのだ。

穏やかになった海原を、耕一の身体が陸に向かって流れ始めた。

 

襟裳岬に近い広尾の浜に、耕一は打ち揚げられた。

その浜には、既に数名の遭難者が流れ着いていた。

浜の漁民達が、流木を積んだ焚き火をあちこちで燃やしながら、救助活動を行っていた。 

 

「おーい! 若いの、しっかりしろ!」

身体が冷えきり、唇が紫色に変色した耕一を、毛布を持った漁師が抱きかかえた。

だが、意識を失った耕一の身体の振るえは止まらない。

漁師は、焚き火の近くに耕一を運んで、彼の身体を温めようとした。

その様子を見ていた漁師の女房が叫んだ。

「ダメだよ! 火で急に温めたら死んじまうよ!」

女はそう云うと、着ていた自分の衣類を脱ぎ捨て、上半身裸になった。

そして、耕一の上半身も裸にすると、その身体を抱きしめて毛布をかぶった。

自分の身体の温もりで、耕一の冷えた身体を温め始めたのだ。

 

 

 

やがて耕一は、気持ちの良い人肌の温もりの中で意識を取り戻した。

最初に目に映ったのは、真っ赤に燃え上がる炎であった。

あたり一面、紅色(くれない)の世界だった。

強運の男が、死の淵から生還した瞬間であった。

 

昭和23年9月中旬に関東地方、三陸地方そして北海道東部を襲ったアイオン台風は、死者512名、行方不明326名という記録的な犠牲者を出した。

この時、あけぼの丸の乗組員10名のうち、5人が行方不明となり帰らぬ人となった。

あの正一も、荒波の中に消えたまま、二度とその姿を見ることはなかった。

 

  

 続く・・・・・・。

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