小名浜港を出港した船は、全速力で北の漁場を目指した。
台風が来る前に、漁場に着いてメカジキを獲らなければならないのだ。台風が来る前に・・・・・・。
耕一は機関室に張り付いて、大型エンジンをフル回転させた。
陽が中天に昇る頃、船は三陸沖を過ぎて下北半島沖を抜け、津軽海峡にさしかかった。
うねりがやや高くなってきた。だが、耕一は懸命にエンジンを回して船を走らせ続けた。
舵を握る船頭は、津軽海峡の手前でやや東に進路を取り、船を漁場の釧路沖に向けた。
次第に高くなるうねりに挑むかのように、中古の船はその船体を震わせながら、白波を蹴立てて突っ走った。
やがて、前方左に尻羽岬の白い灯台が小さく見えてきた。
耕一は、甲板に出て西の空を振り返って見た。
普段であれば、紅の夕陽がゆらゆらと海原に沈む時刻であったが、その時の西の空は、黒い雲に覆われて不気味に静まり返っていた。
機関室に戻った耕一は、無線機のスイッチを入れて、台風情報を確認しようとした。
だが、中古の無線機の感度が悪い。
「ガーガーガー」と雑音が入るばかりで、応答が聞こえてこない。
嫌な予感がした。
《一旦、釧路の港に入って様子を見た方が良いかもしれない・・・》
耕一は急いで操舵室へ行き、船頭と相談した。
「わしも、さっきからその事を考えていたんだが、でもこの程度のうねりならまだ大丈夫だろう。もう直ぐ漁場に着くから、そこで様子をみよう」
船頭はそう云うと、暗くなった海にライトを照らし、更に船を前に進ませた。
やがて前方に、数隻の漁船が常夜灯を付けて停泊しているのが見えてきた。
釧路沖50マイルの漁場に着いたのだ。
漁場に近づくにつれ、北からの親潮の流れの匂いがしてきた。
《この分なら、明朝明け方からの操業ができるかも知れない》
耕一はそう期待しながら、潮の流れの上流に舳先を向けて船を停止させた。
エンジンはかけたままである。潮に流されないよう、停泊中もエンジンを回し続けるのである。
《台風は今、どの辺りなのだろうか・・・・》
耕一は、もう一度無線機のスイッチを入れてみた。
だが、無線機からは雑音しか聞こえてこない。
食事当番が作った晩飯を食べ終えた耕一は、波の音を気にしながら機関室の寝床に入った。
その頃、西日本に上陸するとみられていたアイオン台風はその進路を変え、紀伊半島をかすめ、速度を速めて列島沿いを北東に進み始めていた。
夜半には房総半島を直撃し、更に三陸沖を通過する進路だ。
そして、翌未明には・・・・・・。
続く・・・・・・。