クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

耕一物語ー高台の屋敷

2014-09-30 13:30:45 | 物語

マロンでその男に会ってから数日後、耕一は渋川組の番頭に引き合わされた。

その翌日、耕一は番頭に連れられて渋川組のシマの屋敷へ向かった。

 

京浜急行の追浜駅を二駅ほど過ぎた所で二人は電車を降りた。

駅前の広場に立つと、商店街の先に小高い山が見えた。

組の屋敷は、その高台にあるという。

駅からの一本道が、商店街を抜けてその山の高台まで続いていた。

その距離は1kmほどあっただろうか。

二人は無言のまま、その坂道を上(のぼ)って行った。

坂道を上りきった辺りに、門構えも重厚なその屋敷があった。

上ってきた道を振り返ると、眼下に追浜や横須賀の青い海が見えた。

 

 

高台に立つその屋敷は、和風建築の立派な建物だった。

運よく戦災を免れたらしい。

その屋敷の庭園には十数匹の錦鯉が泳ぐ池があり、その池の畔には桜の木が1本立っていた。

桜の花は既に散り、葉桜となって新緑の青葉を茂らせている。

「ホーホケキョ!」と、ウグイスの鳴き声がどこからか聞こえてきた。

季節は、いつの間にか春から夏へ向かおうとしている。

《もう、そんな季節か・・・・・》

 耕一は、ふと、そんな思にとらわれた。

その時、

 「これから代貸(だいがし)のところへ挨拶に行くぞ」

屋敷の広い玄関を入ったところで、番頭がそう言った。

 

代貸とは、親分(組長)の下で一切を取り仕切る、組のナンバー2だ。

玄関脇の応接間のような部屋で耕一が待っていると、その代貸が現れた。

「おまえが房総から来た小僧か」

強面(こわもて)の代貸は、ジロっと耕一の顔を見て言った。

「はい! 宜しくお願いします!」

耕一は、ソファーから立ち上がり、思わず大きな声で返事をした。

「ハハハハーーー、なかなか元気があるな。よし、おまえの名前はこれからは房州(ぼうしゅう)にしよう。

おまえの、ここでの仕事はこれからこの番頭が教える。いいか、しっかり気合を入れて働くんだぞ」

「はい!」

耕一は代貸の目をしっかり見て、大きな声で返事した。

代貸は、満足そうにうなずくと、番頭になにやら指示して部屋から出て行った。

 

「明日は厄日(やくび)だ。ここで御開帳が行われる。客人がたくさん来るから大忙しにになるぞ。

おまえは新入りの小僧だから、仕事はまず下足番からだ。いいな!」

中年の番頭は厳しい顔をして耕一に言った。

 

 

 

 

 

続く・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ーマロンの出会い

2014-09-27 22:04:18 | 物語

チンピラ風の三人は、耕一が座っているテーブルの直ぐ横のソファーに腰を下ろした。

その中の一人がジッと耕一の顔を見ている。

《インネンをつけてくる気か・・・》

 

 

耕一がそう思った時、

「そこの兄さん、どっかで見た顔だな」

その男が言った。

耕一は男の方に顔を向けた。しかし、耕一にはその男の顔に見覚えが無い。

「そうですか。どこでお会いしたんでしょうかね・・・」

耕一は取り合えずそんな返事をした。

「ああ、そうだ・・・。思い出した。半年ほど前に、根岸屋で松兄ィと一緒にメシを食っていた船乗りじゃないか」

男はそう言った。

そう言えば、あの時、兄分格の春樹さんが二人の手下を連れていた。その時の一人かも知れない。

《まずい奴に会ってしまったな・・・・》

耕一がそう思っていると、

「だけど、なんであんたはこんな所にいるんだい? あんた達が乗っていた船はとっ捕まっちゃったんだろう。みんな逮捕されたって言うじゃないか」

男がそう言った。

耕一は、コーヒーを一口飲んでから口を開いた。

「実はですね、1ヶ月前にクビになったんですよ。どうも働きが良くなかったようで・・・」

「へぇーー、そうだったのかい。それにしても、あんたは運の良い男だな」

「はい。ラッキーでした。ところで、春樹さんは達者ですか」

「春樹兄ィかい。ああ、達者でやっているぜ。兄ィは稲川会の親分に引っ張られて静岡へ行っちまったよ。いずれは稲川会の幹部になるって話だ。羨ましい話だぜ」

「へぇーー、そうだったんですか」

「ところで、あんたは今何をやってんだい?」

耕一はまたコーヒーを一口飲んでから口を開いた。

「新しい仕事を探しているところです」

「ふーん。しかし、あんたはなかなかハンサムだから、どっかで使ってもらえるかもしれないな。そういえば、俺の舎弟が人を探していたな・・・」

「そうなんですか。それはどんな仕事なんですか?」

その男が意外に愛想の良い話し方をするので、耕一はつい釣られて聞いてしまった。

「渋川組のシマの店の仕事らしいよ。カタギでもできる店番らしいぜ」

 

 

 

《渋川組と言えば、最近、京浜地域で勢力を延ばしている組だ。親分はなかなかのやり手との噂だ。ちょっと覗いてみるのも面白いかもしれないな・・・・》

天涯孤独のこの男に、失うものは何も無い。好奇心の虫が騒いだ。

「俺のような男でも出来るんですか?」

「たぶん雇ってくれると思うよ。明日にでも舎弟に聞いてみよう」

 

 

続く・・・・・・・・・。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ー愛友丸検挙

2014-09-26 13:39:32 | 物語

耕一の遊郭生活が三週間程経った頃だった。

昼過ぎに起きた耕一は、いつものように春子が用意してくれた熱いお茶を飲みながら、「横浜かわら版」(コミュニティ紙)を読み始めた。

一面を開いた耕一の目は、その紙面に釘付けになった。

「愛友丸闇物資輸送容疑発覚!」

「船長他乗組員全員逮捕」

そんな文字が目に飛び込んできたのだ。

追浜沖で夜中に積荷を降ろしている時に、船に突然検査官が乗り込んで行ったらしい。

愛友丸の数年に亘る大量の闇物資輸送・不正取引は、かなりの重罪が課せられる見込みと書かれていた。

 

《ついに捕まってしまったか・・・・・》

耕一は、愛友丸の仲間の顔を思い浮かべた。

船長も機関長も、欲に目が眩んで冷静な判断が出来なくなっていたのであろう。

彼らに対する憐れみの念が湧いてきたが、しかし、それよりも「自分は難を逃れることができた」という安堵感が全身を包んだ。

それまでの張り詰めていた気持ちが、いっぺんに消えて行った。

《あの時、船から逃げていて良かった。本当に良かった!》

と、何度も思った。

  

《これで俺はもう、逃げ隠れする必要はない。これから俺はまた新しい人生を開いて行くんだ》

晴れ晴れとした気持ちになった耕一は、じっとしていることができず、靴を履いて外に出た。

外に出た耕一の足は、伊勢佐木町に向かっていた。

 

 

久しぶりにザキ(伊勢佐木町の愛称)の通りを歩いた。

横浜オデヲン座の前に人だかりがしている。

アメリカの新しい映画が封切られるのだろう。

耕一は急に美味しいコーヒーが飲みたくなった。

最近、マロンという喫茶店のコーヒーが評判だ。

マロンに入って行くと、暗めの照明の中のソファーに、数組のアベック(最近はカップルという)

が座っていた。

オデヲン座で映画を観て、マロンでコーヒーを飲むというのが、ザキに来た若者のデートコースだったのだ。

耕一は空いていた中程のソファーに腰を下ろして、若い女給にコーヒーを注文した。

ポケットからヨウモク(外国のタバコ)を取り出し、火を付けてコーヒーが来るのを待っていると、

三人連れの、いかにもチンピラという風袋の男達が入ってきた。

 

 

《嫌な連中が来たな・・・・》

タバコの煙をゆっくりと吐きながら、耕一は三人のチンピラの動きを眺めていた。

 

 

続く・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ー遊郭生活

2014-09-25 15:00:04 | 物語

春子が持ってきた一ヶ月分の前払い金を見た女将は驚いた。

今までに、一週間程度の前払い金を支払って逗留したお客は何人かいたが、一ヶ月分というのは初めてであった。

「あの若い男は一体何者なんだい?」

女将は小声で春子に尋ねた。

「詳しくは知らないんだけど、外洋の船乗りさんのようね。船に乗るのに飽きたから、しばらくここでのんびりしたいらしいの」

春子は、機転を利かして、そんな風に説明した。

「へぇーそうかい。しかしこんな上客はめったにいるもんじゃないよ。春ちゃん、精々大事にしてあげなよ」

 

 

 

こうして耕一の遊郭生活での生活が始まった。

日中は春子の部屋でゴロゴロとして過ごし、夕方になると野毛や中華街あるいは元町辺りをぶらついた。

横浜の街はどこへ行っても賑やかで活気に満ちていた。

耕一は、中でも元町商店街の店を見て回るのが好きだった。

元町の商店街には洋服屋(テーラー)や家具屋、陶器屋、金物屋、雑貨屋そして洋菓子屋やパン屋など様々な店が軒を並べていたが、いずれの店も高品質で洒落た商品を扱っていた。

この元町という所は、その裏手が山手という高台になっており、明治の横浜開港以来、その眺めの良い高台に外国人(西洋人)が住み始めた場所だ。

その外国人居住者達に品物を買ってもらうために、元町商店街の店主達は、流行の先端を行く、彼らの好みに合う良質な商品を揃えた。

そんな横浜元町には、東京からもお金持ちが買い物に来ていたという。

戦前からそんな歴史を持つ元町には、戦後は横浜に住む進駐軍の家族達が買い物に来て賑わっていた。

そんな雰囲気の元町を、耕一は時々ブラブラと歩いた。

 

 

天気に良い日は、時々山下公園へ行って海を眺めた。

公園のベンチに腰掛け、潮の香りの春風の中で、のんびりと夜の海を眺めた。

遠くで数隻の貨物船が停泊していた。

《愛友丸は今どこにいるのだろうか・・・・。松さん達は無事だろうか・・・・》

耕一はタバコを吸いながら、ぼんやりとそんな事を思っていた。

 

横浜のそんな夜の街を一回りして、耕一は春子の所へ帰った。

春子は、遅めの夕食を用意して耕一を待っていた。

春子の作る家庭料理は美味しかった。

横に座った春子のお酌で酒を飲みながら、耕一は見てきた横浜の街の様子など話した。

酒が回ってくると、昔話をした。

楽しい話をしようと思ったが、いつも切ない話になった。

切ない話をしながら、耕一は毎晩酒に酔った。

 

やがて耕一は、春子の温かい胸の中で気持ち良さそうに眠っていた。

その春子のぬくもりは、母親のぬくもりのようでもあった。

 

続く・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ー遊郭潜伏

2014-09-23 11:39:01 | 物語

野毛の闇市に裸電球が点き始めた頃、耕一の足は真金町へ向かっていた。

野毛から真金町の遊郭までは、ブラブラ歩いても1時間はかからない。

途中、伊勢佐木町界隈も通るが、耕一はあまり目立たないようにして歩いた。

 

 

遊郭に入り、タバコに火を付けると、耕一は薄暗い路地を抜けて裏通りにある菊へ向かってゆっくりと歩いて行った。

この時間に、この裏通りを歩く人は少ない。

菊の前に来た。

玄関の提灯に明かりが入っていた。

耕一は辺りを見渡して、誰もいないことを確認すると、静かに玄関に入った。

土間にはまだ誰もいなかった。

帳場に座っている女将が、耕一に気付いて慌てて声を出した。

「あら、いらっしゃい。今日は随分お早いお越しですね」

「春子は居るかい?」

「ええ、ちょっと待ってね」

女将は立ち上がって、階段の所へ行き、二階に向かって声をかけた。

「春ちゃん、お客さんだよ!」

「はーい! いま行きます!」

春子の明るい声が二階でした。

 

トントントンと軽い足音を響かせて、階段の上から春子が降りてきた。

「あら! 耕一さんじゃないの! 」

突然現れた耕一の姿に驚いた春子は、びっくりした顔で耕一を見つめた。

「今晩泊まりたいんだけど良いかい?」

耕一がそう言うと、「さあさあ、どうぞどうぞ」と、春子は耕一の手をとって階段を上がった。

 

部屋に入ると、春子は耕一に抱きついてきた。

「会いたかったわ。あれから全然顔を見せてくれないから、もう私のことなんか忘れてしまったのかと思って・・・・」

春子はそこまで言うと、下を向いて急に泣き始めた。

 

しばらくして、耕一が口を開いた。

「実はな、春子。俺は船から逃げてきたんだよ。あの船は闇船だったんだ。しばらく姿を隠す必要があるんだよ」

「そうだったの・・・・」

「俺はしばらくの間、ここに泊まりたいんだけど良いかな?」

「もちろん良いわよ。良いに決まってるでしょ」

春子の泣き顔が笑顔になった。

 

 

耕一は、上着の膨らんだポケットから札束の入った袋を取り出すと、1ヶ月間の逗留代金を春子に渡した。

春子はそのお金を大事そうに両手で持つと、「ちょっと待っててね」と、うれしそうに言って、またトントントンと軽やかに帳場へ下りて行った。

 

続く・・・・・・。 

 

 

 

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