マロンでその男に会ってから数日後、耕一は渋川組の番頭に引き合わされた。
その翌日、耕一は番頭に連れられて渋川組のシマの屋敷へ向かった。
京浜急行の追浜駅を二駅ほど過ぎた所で二人は電車を降りた。
駅前の広場に立つと、商店街の先に小高い山が見えた。
組の屋敷は、その高台にあるという。
駅からの一本道が、商店街を抜けてその山の高台まで続いていた。
その距離は1kmほどあっただろうか。
二人は無言のまま、その坂道を上(のぼ)って行った。
坂道を上りきった辺りに、門構えも重厚なその屋敷があった。
上ってきた道を振り返ると、眼下に追浜や横須賀の青い海が見えた。
高台に立つその屋敷は、和風建築の立派な建物だった。
運よく戦災を免れたらしい。
その屋敷の庭園には十数匹の錦鯉が泳ぐ池があり、その池の畔には桜の木が1本立っていた。
桜の花は既に散り、葉桜となって新緑の青葉を茂らせている。
「ホーホケキョ!」と、ウグイスの鳴き声がどこからか聞こえてきた。
季節は、いつの間にか春から夏へ向かおうとしている。
《もう、そんな季節か・・・・・》
耕一は、ふと、そんな思にとらわれた。
その時、
「これから代貸(だいがし)のところへ挨拶に行くぞ」
屋敷の広い玄関を入ったところで、番頭がそう言った。
代貸とは、親分(組長)の下で一切を取り仕切る、組のナンバー2だ。
玄関脇の応接間のような部屋で耕一が待っていると、その代貸が現れた。
「おまえが房総から来た小僧か」
強面(こわもて)の代貸は、ジロっと耕一の顔を見て言った。
「はい! 宜しくお願いします!」
耕一は、ソファーから立ち上がり、思わず大きな声で返事をした。
「ハハハハーーー、なかなか元気があるな。よし、おまえの名前はこれからは房州(ぼうしゅう)にしよう。
おまえの、ここでの仕事はこれからこの番頭が教える。いいか、しっかり気合を入れて働くんだぞ」
「はい!」
耕一は代貸の目をしっかり見て、大きな声で返事した。
代貸は、満足そうにうなずくと、番頭になにやら指示して部屋から出て行った。
「明日は厄日(やくび)だ。ここで御開帳が行われる。客人がたくさん来るから大忙しにになるぞ。
おまえは新入りの小僧だから、仕事はまず下足番からだ。いいな!」
中年の番頭は厳しい顔をして耕一に言った。
続く・・・・・・。