クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

耕一物語-メカジキ漁

2014-11-29 17:33:47 | 物語

その後も、木刀おやじの夜の見回りは毎日のように続いたが、以前のように急襲されることはなかった。

おやじさんは、耕一の事を山本船頭に尋ねたらしい。

船頭から、耕一の人柄や仕事振りを聞き、悪い男ではないことが分かったようだ。

だが、木刀おやじは、子連れで一人暮らしをする我が娘が不憫で、夜になると心配になって毎日のように見回っていた。

そして、そのたびに耕一は屋根裏に隠れるのだった。

 

 

 さて、耕一の海の仕事の事である。

春が終わり、夏が過ぎて、季節は秋になっていた。

秋は、北洋のサンマかメカジキが漁獲シーズンになる。

耕一は、別の船頭からメカジキ漁に誘われた。

当時のメカジキ漁は、沿岸漁業の花形であった。

大きなものでは全長4メートル、体重300kgとなり、鼻先に長いツノを持つ獰猛なメカジキを、3m余の長い槍を構えた精鋭ベテラン漁師が、船のへさきに立って高速で追うのだ。

右に左に全力で逃げるメカジキを、大きなエンジンを搭載した小回りの利く船で追い続け、タイミングを見計らって、その急所を狙い必殺の一投をする。

その漁法スタイルは、「突きん棒」と云われ、他の漁獲方法と比べれば圧倒的に迫力があった。

若い機関長の耕一は、そのメカジキ突きん棒漁に興味があったので、サンマ漁に出る山本船長の了解を得て、メカジキ漁の船に乗ることにした。

 

9月上旬、船頭とメカジキ漁経験のある漁師4人と共に千倉から汽車に乗り、船の出港地である福島の小名浜へ向かった。

現地で他の4人の漁師と合流して船に乗り込み、北海道沖の北の漁場を目指すことになっていたのだ。

小名浜の旅館で一泊した耕一達は、ラジオを聴きながら旅館の食堂で朝飯を食べていた。

そのラジオの緊急速報で、大型台風が日本列島に接近しつつあると報じた。

早ければ明日にでも、西日本に上陸する見込みとのことだ。

ごはんを食べていた船頭と耕一は、思わず目を合わせた。

「船頭、嫌な雲行きですね。北の海もこれから相当なシケになりますね」

「秋の漁はこれだから困るよな。しかしここまで来ちゃったんだから船を出すしかないだろう」

「そうですね・・・。今度の船は大きなエンジンを積んでいて、かなりスピードが出るそうですから、やばくなったら近くの港に緊急避難しますか」

「そういうことにしよう。船には無線も付いているから、台風情報もなんとか確認できるだろう」

 

 

秋になると、北からの親潮に乗って魚の大群がやってくるが、その時期は南から襲来する台風のシーズンでもあった。

漁師達は、台風襲来の合い間を縫って船を出さなくてはならないが、当時の気象分析状況は現在のように観測精度が高くない。

台風の進路なども、事前に予測することなどできなかった。

日本に上陸した台風が、日本海側に抜けるのか、あるいは日本列島を縦断するのか、それとも太平洋沿岸を北上するのか、それは台風に聞いてみなければ分からないのだ。

長年の経験から、雲の動きを知り、潮の流れを計り、風の匂いを感じることができる、船頭の勘だけが頼りなのであった。

 

漁師は、海に船を出さないことには仕事にならない。

魚が沢山取れる漁獲時期は、少々のシケでも危険を冒して船を出す。

他の漁師が船を出さない時に漁をして魚を取れば、市場の値は上がり高収入を得ることができるのだ。

「板子一枚、下は地獄」

と、漁師達は家族の生活のために、命懸けで海に船を漕ぎ出して行ったのだ。

 

 

 

朝食を食べ終えた耕一達は、急いで浜へ行き、出港の準備をした。

三陸の海は、まだ穏やかだった。

だが、後に「アイオン台風」を呼ばれる超大型台風はすぐそこまで来ていたのだった。

 

 

 

 続く・・・・・。

 

 

 

 

 

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耕一物語ー屋根裏

2014-11-26 16:10:21 | 物語

「おい、あいつはどこだ!」

暗い廊下で仁王立ちしていた木刀おやじは、そう叫びながら、耕一の姿が見えない寝室の中を突っ切って窓際まで行った。

閉まっていた窓を開けて暗闇の外を懐中電灯で照らしてみたが、耕一の気配は全くない。

あいつはまだ家の中にいるはずだ。

寝室を見渡していたおやじは、押入れに目を留めた。

隠れる場所と云えば、あの押入れしかない。

木刀を右手で構えながら、おやじは静かに押入れに近づき、そして一呼吸おくとサッとその戸を開けた。

 

 

しかし、見えたのは布団だけだ。

おやじは、きつねにたぶらかされたような気分になった。

「夏子、あいつをどこへ隠した。さっきまでここにいたはずだ。話し声も聞こえていたぞ」

「あいつって誰のことですか? 誰もここには来ていません」

「じゃぁ、どうしてここに灰皿があるんだ? あいつがタバコを吸うためだろう」

「私、最近タバコを吸うようになったの。店番をしていると暇を持て余すのよね・・・。それでつい・・・・・」

「・・・・・・・」

 

屋根裏にもぐり込んだ耕一は、下で繰り広げられる二人のそんなやり取りを、天井板の隙間から眺めていた。

それにしても、船の大工仕事がこんなところで役に立つとは思わなかった。

航海中の船体の修繕作業は、機関長の責任である。

従って、簡単な大工仕事などはお手の物だ。

押入れの天井板の取り外しや、屋根裏の修繕などは朝飯前なのだ。

寝室天井の一部を補強し、天井板に寝そべって下の部屋の様子を見れるようにした。

これで、木刀おやじの動きがほぼ分かる。

 

《おやじさん、早く帰らないかな・・・・》

天井裏で自分の気配を消しながら、耕一は下の様子を窺っていた。

木刀おやじは、夏子の側にあぐらをかいて座った。

「夏子、あの機関長はどういう奴なんだ?」

「どういう奴って・・・、とても優しい人よ」

「おまえに乱暴などしないのか?」

「そんなことする男(ひと)じゃないわ」

「おかねの無心などしないのか?」

「なにバカな事言ってんのよ。あの人はおかねには不自由していないわ。ここに来る時はいつも恵にお土産を持って来てくれるのよ」

「・・・・・・」

「そんなに心配なら、房丸の船頭さんにあの人のことを聞いてみたらどうなの。悪い人じゃないってことが分かるわよ」

「・・・・・」

 

 

腕組みをしていたおやじは、木刀と懐中電灯を持って立ち上がり、何も云わず部屋を出ていた。

 

 

 続く・・・・・・・。

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耕一物語ー隠れ場所

2014-11-23 22:15:18 | 物語

木刀おやじに急襲された日から、耕一と夏子は頑固おやじの気配を気にしながら夜を過ごすことになった。

しかし、木刀おやじが来るたびに窓から逃げるのは面倒くさいし、雨の日などにはずぶ濡れになる。

ましてや、二階の寝室にいる時に、慌てて窓から逃げ出したら、屋根から落っこちる可能性もある。

どこか安全に隠れる場所はないか・・・・と、耕一は思案した。

 

 

 

さて、どこが良いか・・・・と、家中探してみたが、小さな一軒屋では隠れる場所など、どこにもない。

押入れに隠れても、その戸を開けられれば、中は丸見えだ。

畳の下の床下はどうかと、もぐってみたが、寒くて湿っぽくて長居できるものではない。

 

ある日、耕一は船で使っている大工道具を持って、夏子のところへやってきた。

そして居間の押入れにもぐり込み、その天井板をはずして、すぐ上にある二階寝室の押入れに上がった。

更にその天井板をはずし、屋根裏へ上がるルートを確保した。

忍者が屋敷へ忍び込む時に利用する屋根裏を思い出したのだ。

この逃走ルートを確保しておけば、一階居間で食事中でも、二階寝室で休んでいても、おやじの急襲にはなんとか対応できるはずだ。

それにしても、まさか機関長が屋根裏へ逃げ込むとは、木刀おやじには想像も出来ないであろう。

人間、必死になって考えたら、妙案は出てくるものだ。

 

 

それから数日後のことだ。

夕食を終えた二人が、「今晩は大丈夫かなぁ・・・」と云いながら二階に上がり、一緒の寝床に入った。

早めに寝かしつけた恵みは、もうスヤスヤと気持ち良さそうな寝息をたてている。

敷き布団に腹ばいになった耕一が、タバコを吸おうとして灰皿を引き寄せた時だ。

ギシギシと、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

合鍵を持っている父親が、裏口の戸を開けて家の中へ入ってきたようだ。

「おい、夏子、おやじさんが来たぞ!」

耕一は低い声で囁くと、下着姿のまま布団から抜け出し、脱いだ衣類を抱えて押入れに飛び込み、素早くその戸を閉めた。

耕一が押入れの戸を閉めると同時に、寝室の反対側の戸がガラガラと開けられた。

夏子が慌ててその方を見ると、左手に愛用の木刀を持った父親が、暗い廊下で仁王立ちしているのが見えた。

 

 

 続く・・・・・。

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耕一物語ー夏子の父親

2014-11-20 21:28:56 | 物語

その日以来、耕一のネグラは夏子の家になった。

海の男の耕一には、それまで定宿がなかったのだ。

主婦経験のある夏子の作る家庭料理は美味しく、そこには耕一が求める温かい家庭の雰囲気があった。

夕食を食べながら、人生経験を積んだ年上の夏子と世間話をしていると、耕一の心はなぜか安らいだ。

 

 

夏子と出会ってから数日後、耕一はいつものように彼女の家で夕食を取っていた。

娘の恵(めぐみ)も耕一になつき、耕一から時々おかずを食べさせてもらいながら、はしゃいでご飯を食べていた。

その時、勝手口がガラガラと開く音がした。

「あら! 父さんかしら。 あんた、大変、そこから早く逃げて!」

耕一はお膳に慌てて箸を置くと、居間の窓を開け、身を翻して暗闇へ消えた。

夏子は急いで耕一のお膳を片付け、流しに立って何食わぬ顔で食器を洗い始めた。

 

 

「おい、夏子! ここに男が来ていただろう!」

血相を変えた父が木刀を持って入って来た。

恵みがそれを見て、驚いて泣き始めた。

「あら、お父さん、どうしたのよ、そんな怖い顔をして・・・。誰も来なかったわよ」

「ウソをつけ! 最近、若い男がお前のところに入り浸っているって噂だぞ!」

「ウソなんかついてません。誰も来てません」

「噂じゃ、あの機関長らしいじゃないか。あいつは遊び人で評判の男だ。横浜じゃヤクザの組にも入っていたって話だぞ。そんな男と付き合っていたら碌なことが無いぞ!」

「大丈夫よ。私だってもうウブな女じゃないんだから。悪い男に騙されたりはしないわ」

「野良猫のように、コソコソと他人(ひと)の家に出入りする奴は、これで叩き出してやるからな。今度来たらそう言っておけ!」

 

夏子の父は剣道の有段者だった。

戦時中は、陸軍の教練所で兵隊に剣道を教えていた男だ。

彼が木刀で打ち込んできたら、腕の一本など簡単にへし折られるであろう。

いや、急所を狙って本気で打ち込んできたら、命にも及びかねない。 

 

 

 

父が住む屋敷は、夏子が住む家の裏手にあった。県道から30m程奥に入った所だが同じ敷地内である。

何か変な気配がしたら、いつでも飛んで来れるのだ。

娘のことが心配な父親は、夜になるといつも木刀をそばにおいて、過ごすことになった。

 

 

続く・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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耕一物語ー一文商い屋の女

2014-11-18 18:18:06 | 物語

夏子が住むその家は、車通りの多い県道沿いに建っていた。

その県道をはさむ広大な土地は、千倉で指折りの地主の敷地であり、その地主は材木商などを営む資産家であった。

夏子は、その資産家の娘であった。

その夏子がどうして雑貨屋などやっているのか・・・・・。

 

 

夏子は出戻り女であった。

嫁ぎ先から離縁されて、子連れで実家に帰ってきたという。

余程のことがなければ、千倉一の資産家の娘が離縁などされるものではないが、余程のことがあったのだろう。

彼女は5歳になる子供を連れて実家に戻ってきた。

戦後のその当時、働き盛りの男の多くは戦死しており、女性が良縁を得ることは難しかった。

従って、子連れの出戻り女が再婚できる可能性はほとんどなかった。

そんな娘のために、資産家の父親は県道沿いの敷地に家を一軒建て、雑貨屋として生計を立てるよう面倒みたのだった。

雑貨屋は「一文商い屋」とも云われ、素人でもできる商売であった。

 

 

 

田舎街のその小さな雑貨屋は、地元で取れた季節の野菜や果物なども売っていた。

仕事が無かった日の午後、耕一はその雑貨屋の前を通りかかった。

店先に、おいしそうな柿がダンボール箱に入れられて売られていた。

柿は耕一の大好物であった。

《買っていってどこかで食べようかな・・・》

耕一は、立ち止まって柿を手にとってみた。

すると、店の中から女の声がした。

「お兄さん、その柿とてもおいしいよ。オマケしてあげるから買っていって頂戴な」

耕一は、ザルに柿を数個入れて、店の中に入って行った。

「あら、あんた、もしかして房丸の機関長さんかい?」

店の女がそう云った。

千倉の町では、耕一は既にかなりの有名人であった。

「ええ、そうですけど・・・」

いつものことなので、耕一は特段気にする事もなく応じた。

「あらあら、まあまあ、機関長の耕一さんかい。噂では聞いていたけど、あんた良い男だね・・・」

「・・・・・・」

「その柿、ぜんぶ持ってっていいわよ。今日は、私のプレゼント」

「いやいや、そういう訳には・・・・」

「いいからいいから。それよりあんた、今まで色々と苦労したんだってねぇ。横浜の話も噂で聞きたいわょ。今お茶を入れるからさぁ、すこしゆっくりしていきなよ」

耕一は、女に手を取られ、店の奥の居間に連れて行かれた。

昼寝をしていた女の子が、目を覚まして急に泣き始めた。

 

 

それが、夏子との初めての出会いであった。

ここにも、暗い過去を背負った、寂しい思いをしている女がいたのだ。

そして、その寂しさに人一倍共鳴する男がそこにいた。

 

 

続く・・・・。 

 

 

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