最近、ご主人様は拙者を裏山の竹薮に連れて行くようになった。そしてこう言うのである。
「おいクロチャン、タケノコはまだかな?タケノコの匂いはまだしないのかな?」
なんでも、近くにある野菜直売所で、タケノコが1本千円で売られていたという。 それを見てきたご主人様は興奮気味に言うのである。
「あの程度のタケノコならうちの竹薮にもたくさん出てくるぞ。去年はイヤになるほど食べたぞ。早く見つければお小遣いがかせげるし、お前にももっとおいしいドックフードを買ってあげることもできるのだぞ」 と、そそのかすのである。
ケモノのイノシシはそのタケノコが大好きなのだそうだ。だからタケノコの頭がまだ地面に出てこないのに、その匂いを嗅ぎつけて掘りくり返し、散々食い散らかすのだそうだ。うちの竹薮にもやつらが掘りくり返した無残な跡があちこちに確かにあった。
しかし拙者はタケノコのどこがそんなに旨いか分からない。したがってあんなものに興奮する人間様の気持ちが理解できない。よってタケノコ堀りにも関心がわかない。ゆえに拙者の嗅覚はほとんど反応しないのである。
「『ここ掘れワンワン!』と教えてくれる利口なワンちゃんがどっかにいないものかな・・・・・」
ご主人様の嘆きのつぶやきが聞こえてきた。
散歩から帰ると、ご主人様は拙者の朝食を用意してくれる。 数分で用意できるドックフードなるこの朝食は、さほどオイシイとは思わないが、お腹がすいているのでペロリと食べてしまう。
するとご主人様は拙者の目をのぞくこみながら「クロちゃん、どうだオイシイだろ。きょうはヨーグルトをトッピングしてあげたんだぞ」と、得意げに言うのだ。
拙者の朝食の用意が終わると、ご主人様は「ドラマだ、ドラマだ、ドラマが始まる」と呟きながら、イソイソとご自分の朝食作りに取り掛かる。 ご主人様の朝食は拙者のものよりはるかにオイシそうである。まずとてもオイシそうなコーヒーの香りが匂ってくる。それに追い打ちをかけて次はこうばしいトーストパンとバターの匂いが漂ってくる。さらには拙者の好物のヨーグルトの匂いもする。
庭の方からガラス戸越しに居間の方を眺めていると、ご主人様はテレビの前にすわり、オイシそうにコーヒーを飲み始めた。テレビでは朝の連続ドラマなるものが映し出されている。そのドラマのストーリーは拙者にはよく分からないが、ひんぱんにオイシそうな料理が登場する番組である。そのドラマを観ながら、ご主人様は至福の様子でコーヒーを飲み、パンを食べ、、そしてヨーグルトを食べている。そのヨーグルトには完熟バナナも入っているようだ。
拙者もいつの日か、ご主人様のようにあんなにオイシそうに食事をしてみたいものだと、つくづく思うのだ。
今朝の散歩は誠に気持ちが良かったのだ。黄色い花が満開の菜の花畑から甘い匂いがプンプンとしてくるし、赤や白の梅の花などもあちこちで咲いている。
里山のあちこちから「ホーホケッキョ」というウグイスの鳴き声も聞こえてきて、なんとも風情のあるものである。
ご主人様の後をついて山道をのぼって行くと、目の前をなにやら毛色の美しい鳥がチョコチョコと歩いている。鳥は空を飛ぶものと思っていたが、こやつは拙者らを先導するようにチョコチョコと歩き続けている。「おいクロ、キジが歩いておるわい。わしは桃太郎になったような気分であるぞ」と、ご主人様が言った。
そういえばこの里山チャンネル作成にはサルもたくさんいる。サルと犬とそしてキジとくれば確かに桃太郎の行進である。「そのうち鬼退治に行かねばならぬな」とご主人様は物騒なことを言い出した。拙者にとって鬼とは今のところあの傍若無人なイノシシである。
ご主人様はイノシシ退治にでも行くつもりなのだろうか・・・・。
拙者の朝の散歩コースは裏山である。
「朝飯前に散歩をするとお腹がすいてコーヒーが旨く飲めるぞ、クロ!」と、ご主人様は勝手なことを言いながらイソイソと拙者の首輪にリードをつないで歩き始める。
裏山コースはクネクネと曲がりくねったダラダラ坂を30分ほどのぼると峰の上に着くのだが、時々怖い思いをすることがある。不気味なケモノと途中の山道で遭遇するのである。
最初に出会ったのはイノシシとかいうケモノであった。山道にさしかかる手前の草むらで、拙者が朝のウンチを気持ち良くした直後である。「ドッドッドッ」と、凄まじい足音を響かせながら、拙者とご主人様が立っている前方5メートルほどのところを、あいつらは傍若無人にも横切って行ったのだ。遠慮のかけらもない。まさにケモノの所業だ。
それにしてもあの逃げ足の速さと迫力にはビックリしたぞ。我々犬族が遠い昔に捨ててしまった野性のにおいをプンプンとさせていたぞ。
「おいクロちゃん、ビックリしたな」と、ご主人様は大きな目をしてつぶやき、4頭のイノシシ親子が走り去った藪の方をしばし見つめていたものだ。それでもご主人様は気を取り直してダラダラ坂を上り始めた。朝のおいしいコーヒーを飲むためである。なにがあっても途中で止めるわけにはいかないのだ。ケモノが出ようが鬼が出ようが・・・。
そして頂上にたどりついた時である。今度はピョンピョンと軽やかに飛び跳ねながら前方を横切る3匹のケモノが現れた。
「おいクロあれを見ろ、今度は鹿の親子が出たぞ!」とご主人様は興奮気味に言った。さきほどのイノシシと比べるとかなり上品な感じがするので、ケモノという呼称は少し乱暴すぎる気がしないでもないが、しかしいずれにしてもだ、この裏山には色々な不気味なケモノ達が生息しているらしいのだ。
それ以来この裏山コースは拙者にとって油断のならない、気の進まない散歩コースとなってしまったのだ。
拙者の名前はクロという。
1歳4ヶ月のミックスのオス犬である。
ご主人様は時々「クーロチャン」と猫なで声、いや、犬なで声で拙者を呼ぶことがある。そんな時はどうも機嫌が良いらしい。しかし、突然「こらクロ助!」と怒鳴られることもある。そんな時はどうも機嫌が悪いらしいので、しばらくはしおらしくして大人しくすることにしている。
ところで、拙者が住むこの里山は房総半島の富津市というところにあるらしい。元地主の隠居屋敷といわれるその家はなかなか風情があり、ご主人様はすっかり気に入っているようだ。
そんなご主人様は散歩が好きで、朝に夕に拙者を散歩に連れ出してくれる。これは拙者にとって誠に有難いことである。
次回はまずそんな里山散歩の様子を紹介することにしよう。