サンチョパンサの憂鬱

昼下がりのサンチョパンサ(2)……『違和感』って現代の最大因数かもね?

先日から『違和感』について様々考え書いた。

若い女性達の『性欲ベースの発情』と『心情の奥深くから醸し出される色気・エロス』の混同とか?

国会で痛いとこ突かれた政府・官僚側が空虚な言葉で糊塗した『手練手管のみの主張』は……民主主義に必須の『正当・真実の答弁』とは似て非なるものの領域・次元さえ飛び越えて最早、この二つの集合円は重なり様がない。

音楽とか、コンサートなどのエンタメが、テレビ番組が……『ノリという気分レベル』で処理され『感銘を醸成する心情レベル』は単にただもどかしいモノという隅っこの領域に押しやられている。

真摯・真面目・真剣なんてもっての外!となって揶揄・嘲笑の対象にでもしとけば良い!ってニュアンスの扱われ方である。

『重い本気の力』を有している者が『軽く脱力して放つウイット』を面白い!としてた時代がかつてこの国、ニッポンにはあったけれど……。

『皆で演ってりゃ恥じゃない?』……。
そうやっておバカ、軽薄を『ノリ』と一括りして『当たり前に仕立て上げた』のは今の僕達大人の仕業なのである。

単なるノリを感銘・感動と口にする。
ボリュームと何でもブチ込む手法をグルメでコスパ高いと恥も外聞もなく誤訳して見せる。

民意を省く為の形骸化した手続き。言葉さえ惜しみ、黒塗り文書を出してアカウンタビリティ、ディスクロージャーなんてシャラっと嘯く
行政の神経……。

この国に蔓延する『違和感』の正体は……各界の隅々に根付いた『ご都合主義の混同』なんだわ!……という結論に行き着いた。

若い人達に対する『迎合』を『優しさ』、『理解者』なんて混同して独り善がりに浸っている。

何より楽だからオッサンは『イイ人演技』にかまけて若い人達の未来を冷酷非情に見捨てている。
若い人間はこれ幸いにサボタージュの為にそんなオッサンを風よけに使ってる。

若い娘たちは……ある年齢になるや、まるで偏差値競争?かの如く『処女を捨てることに焦り血道を上げる』という、まるでソレが掟かの様に強迫的に誤謬を犯す。

斯くして……『様々の混同』は『様々の重要案件』を恐ろしく『手軽に運んでくれる』様になったのである……。

ここで素朴な疑問に僕はやっと辿り着いた。

人生を生きる意味って……『お手軽に楽をする』為だったっけ?……と。
自分の人生のピラミッド。その底の部分、人生の基礎をなす一番大きな面積が『お手軽な楽』で出来ている?

『羊頭狗肉?』何が悪い!!
肉は肉じゃねえか?!……その手の『混同が得意技の大人達』が逆ギレをウリにしてこの国の多数派となってる。

足を止めて俯瞰してみれば……ニッポンは『結構怖いスリラー』を日々上演しているよね?……って感じたのでした……。
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