義弟の住む滋賀県に、夫と旅行です。
車で遥々7時間。夫の休みが取れたので早朝に出発しました。
船に乗って琵琶湖に浮かぶ竹生島へ向かいます。滋賀県への旅行が決まって、琵琶湖に浮かぶ神々の聖地があると、以前誰かに聴いた事を思い出し、調べて行ってみることにしました。
竹生島は沖合約6kmに浮かぶ周囲2kmあまりの小島で、宝厳寺と都久夫須麻神社が祀られています。
宝厳寺の本尊は弁才天と千手観音。
弁才天は安芸の宮島、相模の江島とともに日本三弁天に数えられています。
以下竹生島HPより。
竹生島宝厳寺は、神亀元年聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より
江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。
すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう。
というお告げを受け、僧行基を勅使として遣わし、堂塔を開基させたのが始まりです。


今津港からフェリーに乗り、およそ25分。



神々の聖地竹生島へ向かいます。
本当に美しい島です。



上陸は帰りの船の出航時間迄の75分間。

その短い時間で、ぐるりと島をまわります。



行基は、早速弁才天像(当山では大弁才天と呼ぶ)をご本尊として本堂に安置。翌年には観音堂建立を発案しました。後年、その遺志を継いだ浅井の大領が千手千眼観世音菩薩像を安置しました。
こちらが宝厳寺の本堂です。


不動明王様もいらっしゃいます。

宝厳寺の三重塔です。



紅葉が色づき始めてました🍁

樹齢400年のもちの木です。

天皇の行幸が続き、また伝教大師、弘法大師なども来島、修業されたと伝えられています。
大師像がありました。空海さんも修行に来られていたのですね。

当山は、豊臣秀吉との関係も強く、多くの書状、多くの宝物が寄贈されています。慶長七年(1602年)には、太閤の遺命により、秀頼が豊国廟より桃山時代の代表的遺稿である観音堂や唐門などを移築させています。

宝厳寺の唐門(国宝)、観音堂(重文)です。
宝厳寺の唐門(国宝)、観音堂(重文)秀吉が建てた大阪城極楽橋の一部で、現存唯一の大阪城遺構。
桃山時代を象徴する造りで、観音堂には、千手観音が安置されています。


宝厳寺舟廊下です。
秀吉が建てたと伝えられてます。



本尊大弁才天は、日本三弁才天の一つとして、観世音菩薩は西国三十三ヶ所観音霊場の第三十番札所として参拝の方々の姿が絶えず、その詠歌の声が響いています。
こちらから、中の廊下を歩いて神社へ向かいます。


寺と神社が廊下で繋がっていました。
続く