あまりの苦しみに、耐えられないと思いました。
治療に辿り着けなければ、私はこの世に居なかったと思います。
自ら命を絶つという選択は私にはありませんでしたが、それでも、命は尽きていたと思います。
だから、実は今生きてるだけで感謝しないといけないですね。
夜中に雑巾を絞るかのように脳が捻られ締め付けられ激痛に飛び起きたこともあります。
痛み止めを這いながら、取りに行って飲んだ事もあります。
痛み止めなんかは、もう気休めにしかならなくなっていました。
寝ている時だけが幸せだったのに、それさえ叶わなくなりつつありました。
全身が痛くて重くて、呼吸も苦しくて、手は痺れ、体温調節はままならず、こんな状態で人は生きれるのだろうかとも思いました。
音も不快になり、頭の処理がついていけず、活字も読めなくなりました。
座れない。身体が重くて歩けない。横になるしか無かったのです。
生きるってこんなに辛いんだと、こんな身体でも生きなきゃいけないんだと涙が出ました。
そんな中、気がつくと、子供にお別れのような手紙を書いている自分がいました。
そして、その自分の取っている行動に怖さすら覚えました。
小学2年生だった娘は、私のことが心配で、学校からの帰り、近くの神社に、手を合わしに行ってたりしてたようです。
休み時間に救急車が通ると、お母さんが連れて行かれたと思って心配でたまらなかったといいます。
そんなある日、娘が神様がみえると不思議な事を言いはじめました。3回娘の前に神様は顕われてくださったみたいです。
1回目は教室の休み時間。
急に娘にだけ神様がみえて、友達はみえてなくて、あまりの美しさにびっくりしたと言います。
お母さんは大丈夫だから。。。
そう言って消えたと言います。
2回目は路面電車に乗って外を眺めていた時。
お空にいて、あまりの美しさに見惚れたと言います。テレパシーで話したようですね。
将来は人の役に立つことをしなさい。。。
と言われたようです。
お医者さんですか?と聞くとお医者さんだけではないよと言われたと言います。
3回目は公園の砂場で遊んでいた時。
その時は何を言われたか覚えて無かったようですが神様は美しくて
こんな綺麗な色鉛筆があったら見せてあげたい、そう私に話してくれました。
私がいなくなるかもしれないと娘の心配が極限で、娘の魂が持たなかったのかもしれません。
この話を家族が聴き、ついに私が連れていかれると、母と姉は慌てていました。
今となっては、神様がお母さんは大丈夫だよと、不安で祈る娘に、ただ教えに来てくれたんだと思います。
続く