タイ女性との結婚

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

タイ女性との結婚'7 福島のバーにて

2011-11-27 06:10:54 | 日記

 
 ではOさんは今から西方親鸞会の最初の会員さんです とH氏は言う



 僕らはホテルのロビーを後にして、H氏に誘われて、彼のおなじみの店である福島にあるバーで二人で飲んでいる

 彼はいう


西方親鸞会に入会されたとしても、何の強制的な義務が発生する訳ではないので、その点は安心してください 

ただ、できるだけ、この活動を広めていくことで、なんとか会員数を増やしていきたいし、会員さん、門徒さんの協力で、この教団を維持発展していきたいので、その事ご協力お願いします。。


僕もこれから、この教団がどうなっていくのか、まだ試行錯誤で、始まったばかりなので、なんともいえませんが・・・

最初の西方親鸞会の会員さんのOさんがうちのシステムを使ってタイ女性との結婚にいきなり失敗してしまったということだけは、絶対避けなければならないことです。


 そのことの自覚をもってOさんはこれから、タイ女性との結婚をめざしてもらいます。責任重大ですよ

 

 そういう緊張感でOさんは西方親鸞会のシステムをご利用してください 

 タイ語も学んでもらいますし、失礼ながら身嗜みもちゃんとしてもらいますよ

 タイ女性だからといって、日本の女性のように理屈っぽくないから、大丈夫ということではないですよ

 
タイ女性は口臭の臭い男性を特に嫌がります。歯医者さんにいって、歯石もとってもらいますし、無償ひげも剃ってもらいますからね 

もっと若々しく、自分を高めていくようにしてくださいね 御自分よりも若い女性を奥さんにされるのだから・・

そういう御自分の配慮は特に大事です

これから僕が事あるごとにOさんに注意していく事になると思います。キツイことも言うかもしれませんが、 我慢してください。

タイ女性と結婚して子供を育む為です 僕がかかわっている限り、できるだけの事をさしてもらいます。ともに頑張りましょう


そう、H氏は笑顔と厳しい顔を織り交ぜながら、おもむろに俺に言った


 西方親鸞会の最初の会員といわれるだけで、自分の中に緊張感を感じる・・・

 たしかにこのタイ女性との結婚はいい加減な気持ちではできない とH氏の話を真剣に聞き入る 


 彼は続けて言った

 
 僕の注意事項を守っていただけなければ、このシステムでのタイ女性の結婚はあきらめてもらいます。  わかりましたね!
 
と彼はキッパリ言った


その彼の顔は真剣そのものだ

 
 
そんな緊張感な話が終わると気分を転換するかのように、彼はに俺にマティーニというカクテルを勧める 

 彼曰く 

 
 僕はマティーニが好きなんですよね。マティーニは映画では良くでてくるし、

 マティーニで人生をダメにしてしまった人もおおいでしょうね。

 Oさんのようなウブな中年男性にはぜひとも体感してもらいたいものです

 と笑顔で彼はいった

 

 ウブな中年男性・・なるほどよく言ったものだ と 彼の言葉に内心苦笑しながら俺は思いをはせる


俺は、いつも飲みにいくのは全品280円の居酒屋でビールなのか発泡酒なのかわからない酒しか飲む経験しかない

こんなお洒落な高級な雰囲気のバーも行ったことがないし、ましてマティーニなどのお酒なんか飲んだこともない・・


カルチャーショックみたいな感覚でこの高級な店を・・

まるで未開人が初めて文明社会を見て驚嘆したような驚きの表情で、この店にたたずむ俺の状態を見ると・・

H氏から見たらウブな中年男性にしか見えないのだろう 

 
ウブな中年男性・・・


そういわれて、一口マティーニに口をつけてみると、おそろしいほどの、まるで口全体がアルコールで痺れるような感覚、

まさにこれは劇薬だ!
 

こんな酒を女性に勧めたら、そりゃあ恋愛映画のように女性は酔わされて知らず知らずに男に抱かれてしまうものかもしれない・・

そんなマティーニをお互い飲みながら、会話がどんどん酔っ払ったものになっていく・・

ウブな未開人中年たる俺もだんだんと・・もう何年もこの店に通い続けた常連になったように気が大きくなってくる・・ 


 彼との会話は弾む


彼と話していると彼の話題と言うものにいろんな幅広い教養があるのに感心してしまう

たとえば、クリシチョナムルティというインドの宗教的哲人の話を彼は熱っぽく語る

その哲人のことなら俺も知っていたので、すっかり哲学、宗教談義で意気投合してしまう

浄土真宗にもクリシチョナの思考と同じものが流れていると彼は言う 

他力自力 彼の真宗に対する思いというものは並々ならぬ気持ちがあるようだ 


 
 僕の家系は、父方母方ともに、宗教家が多くいるんですよ・・・

 
 続けて彼は言う


 神道、禅宗などです。僧祖母は御獄教のある宗派の開祖です。父方にも、神道の教会を運営する祖母、そして実の父は禅宗の僧として出家しています。

父以外は他界していますが、これは血筋ですので争えません。


僕自身も人生のどこかの時点で、求道者として宗教にかかわる事はあるだろうなあと漠然と考えならが生きてきました。

建築・土木工事、国際結婚、アパート経営の仕事などをしてきました。


とくに国際結婚の仕事は人の人生に深くかかわる仕事だけに、いろんな日本人男性を日本とは違う国の立場から観察する必要もありそういう目で日本人男性や日本社会をみておりますと、さまざまな問題を痛切に感じますね。


タイでの国際結婚の事業をおこなっている時のタイでの出家の経験、そして、そこで見る日本人男性の資質の問題・・・


実際、僕のやっているオーキッドのタイ国際結婚事業での成婚された夫婦といのは、男性側のそういう資質によって何組かの夫婦が破局してしまうケースがありました。

そういう光景トラブルというものは僕が携わっている責任、関係で僕自身、とても精神的につらいものがありましたね・・

 
 それはなんとかならないものか?



結局自分の思考のすえにでた結論みたいなものが、昨今の日本の国の抱える問題が信仰心の欠如から来るのではないか?

と思慮した結果であるんですね


 彼は熱く語り続ける



私達一般人は、仕事や生活に追われています。日本国の経済の状況に人々の生活は翻弄されています。

経済至上主義は勝者と弱者と生み、弱者は負け組などと言われ努力や能力が足らないのだから、それを受忍しないといけないかのような世知辛い風潮となっています。


そのストレスは並み大抵ではなく、多くの禍を生んでいます。


無差別殺人、虐待、いじめ、DV、ニート、引きこもり・・・・


日本人ほどの、勤勉で会社に尽くす人達が人格の毀損を伴うほどの敗北感を味わうストレスがたまる社会にいきている私達に・・

さらに、悟りや無我の境地や絶対神を体感するための努力(修行・苦行・読経・座禅・瞑想)をしないといけないというのは・・


これ、まさに親鸞聖人の生きられた往来に飢餓で行き倒れる人や屍があった時代と程度は変われど構造はまったく同じだったりするんですね。

今、飢餓で倒れている人に、「修行が足らない」などと言ってもなんの救済になりません。


解雇されて、経済的にも精神的に辛い思いしている人に、「修行が足らなかったのだ。」と、言っては可哀想というものですね。


ストレスの多い現代人こそ、「南無阿弥陀仏」の名号のみですくわれるという教えが相応しいのですよ・・・ 

 と彼は言った


そういう自分の生い立ちと思い、信仰心からくる使命感みたいなものを彼は語ると本当に彼はそのことをやりたいという思いがこちらにも伝わってくる・・ 


俺自身、この人の気持ちとか考え方とかを知ると、本当にこの人との縁というものが嬉しくて仕方がなくなってきた 


俺も自分の生きる場所、働けれる場所、帰依できるものと言うものを探し求めてきた 


この人の話を聞くと、この人と仕事をすることが自分の探し求めてきたことなんだと思えるようになってきた


どんどんと、マティーニが俺の身体の中で回りだしてきてるのがわかる、この世のすべてのものがくるくる回りだす・・・・・

 
 俺はいつのまにか泣いているようだった・・


 続く

タイ女性との結婚6 骨

2011-11-17 02:00:01 | 日記

沈黙に耐えられなくなって、俺は言った

確かにHさん、西方親鸞会の素晴らしいシステムは理解できました Hさんの採算があわない事業内容であるのにもかかわらず、私のような安い給与でその日暮らしの生活しかままならない人のために、このシステムはとてもありがたいことだと思います・・


そうお世辞とも、自分の本音ともどちらとも言えない俺の言葉を言いきってしまう と あとの言葉がでてこない・・・ それで・・・これから・・・俺はどうしようというのか?・・・

このシステム、タイ女性との結婚、トータル五十万という金額で、タイ女性を世話してもらい、この西方親鸞会に入会して、この真宗の教えをまなび、この救済としてのタイ国際事業、俺のような低所得層にもできる救済としてのタイ国際結婚・・・

でも、西方親鸞会五十万、タイ女性への結納金、タイへの渡航費そんな金額でもトータルしたら百三十万くらいの金額にはなってしまうだろう・・・ それくらいの蓄えは前の会社をクビになったときの退職金とかが、まだあるから、なんとかなるものの、それにしても、この西方親鸞会に入るということは、やはり、それなりの勇気と決断がいることだろうと思う。


この事業、この救済のシステムをこのH氏とともに、広めていく・・俺にはできるだろうか?


正直できないかもしれない。でも、子供を育めるチャンス そう考えると、もう、俺にはこの会に参加してみるしか仕方がないと思える、自分なりに、真宗の信仰はともかく、自分の哲学、自分の思いと言うものがある それは H氏も認めてくれている 



結婚ができない、子供を持ち家庭を築けない、経済的理由しかり、自分の女性に対するコミニケーションの弱さもあり、結婚したくてもできない・・そんな俺と同じような中高年の同士、同輩は何万といることだろう・・


たとえば、2チャンネルの掲示板で書かれているような、結婚したくてもできない 孤独な中高年・・・

俺は孤独だ いつも仕事をして、あくせく働いて、ここで仕事から帰って、一人晩酌しながら、ここで2チャンネル書き込むのが唯一の人とのコミニケーションなんだ゛ と けなげにに書き込んでいる同士、同輩たち・・・

俺もそんな、2チャンネルで毎日自分の孤独のザマを書き込むことで、自分がやっと存在していることを確かめている時期があった・・ 

でも、そんなことが永遠に死ぬまで続くものだろうか?


いつか、そんな孤独に耐えれなくなって、自分を見失うということがあってもおかしくない気がする 


それが、本当にこの世に生きている人間だと思えてくる。


だれかと一緒に生きていきたい・・ 社会とつながりたい・・・ 誰かと話がしたい・・・ 孤独はもう、まっぴらだ! と爆発する主体・・・ 

いつか、そんな気持ちに耐えきれず叫びだしてしまう自分自身を見出してしまう予感・・人間として生まれて、そう思う事の当然の帰結


でも、そんな若気もいつか年月がたち徐々に消え失せてしまい、性としての自分の肉体も人格も失われた時、私たちに本当の老いがやってくる 
限りなく死に近づいた老い・・そんな老いの中、一人、自分以外誰もいない、アパートの一室で、いつかは来るだろうと思われる孤独死

自分の死が誰にも気がつかれないまま、いつのまにか蛆虫たちがそんな孤独の死体と戯れる・・・ 

 
自分の人生ってなんだったんだろう?・・・


もし、霊魂というもがあるならば、そんな蛆虫につつかれ蝕まれていく、自分の哀れな死体を眺めつつ、そうつぶやくに違いないと思ったりする



ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きてゐた時の苦労にみちた
あのけがらわしい肉を破って、
しらじらと雨に洗われ、
ヌックと出た、骨の尖(さき)。

それは光沢もない、
ただいたづらにしらじらと、
雨を吸収する、
風に吹かれる、
幾分空を反映する。

生きていた時に、
これが食堂の雑踏の中に、
坐ってゐたこともある、
みつばのおしたしを食つたこともある、
と思えばなんとも可笑しい。

ホラホラ、これが僕の骨---
見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
霊魂はあとに残って、
また骨の処へやって来て、
見てゐるのかしら?

故郷の小川のへりに、
半ば枯れた草に立って、
見てゐるのは、--僕?
恰度立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがつてゐる。



こんな中原中也の詩があったけれど、こんなニヒルな気持ちでは、俺のような煩悩な霊魂では、蛆虫にむしばまれていく自分の死体を冷静に見つめられないかもしれない・・・ 執着心まるだしで、なんとかならないものか?と悔しがっている自分が見えてきそうな気がする・・

やはり悔いのない人生を歩まなければ・・こんな五十前のおっさんでも、こんな女性受けしない不具者であっても、なんとかタイ女性と結婚して、子供を育み、せめて、こんな孤独死のラストを回避したいものだ と そんな同じ思いの孤独な同士同輩を一人でも幸せな結婚をさしてあげて、立派な家庭人として余生をおくってもらいたい・・ 

そんな使命感みたいなものが自分の中に湧きあがってくる。 そう思えると、この活動を、やっていこう と いう気持ちに純粋思えてくる。 
とりあえず自分がタイ女性と結婚して子供を育み幸せになる! そのことで、孤独な同士同輩のよい手本となり、この救済活動の広がりをもたせる! 

 本当の意味での孤独死がなくなっていく・・


そんな子供ような幼稚な気持ちで、そんな自分ご都合主義的な勝手な解釈で自分の使命の意味確認をして、自分の覚悟を固めると、自分自身の気持ちが急にハイになって、 H氏にこう俺は言った。



そのシステムで、西方親鸞会特別会員のシステムで僕とタイ女性との結婚をお願いします と・・・


続く


タイ女性との結婚5

2011-11-13 10:24:49 | 日記
 

それでは、こうしましょう とH氏は言う

oさんのお気持ちはよくわかりました その御歳で子供を欲しがるというのは、とても今のoさんの経済的なお立場からしたら勇気がいることですが、僕にも、oさんの 自分の生きている意味合い・・それをこの世に伝えていく・・そのお考えは、とても共感できますよ。

良くわかります。僕も、現在三歳になる子供がいますが、子供はかわいいものですね 本当、今の僕の活力源はこの、わが息子との日々の暮らしですよ 自分が親になる、ならせてもらっている今の生活も、日々修行であり、阿弥陀如来の本願力のあらわれだと思って、僕自信も毎日生きて暮らしていけるに感謝している毎日です

oさんの どうしてもタイ女性と結婚して、子供をさずかりたい という気持ち・・

では、どうでしょう 西方親鸞会のシステムとして、特別会員というシステムがあります

 タイ女性との結婚を目的をした会員です。特別会員としてタイ女性と結婚できる方は、阿弥陀如来の優しさが届いているということなのだと思います。タイ語と慈悲に満ちた弱者に優しい真宗の教えを一緒に学んでいきましょう。

物質的豊かさへの編重、知や宗教への尊敬と倫理の欠如した日本社会に仏教の真の復興とおして社会貢献いただければと思います。僕はoさんなら、たとえ真宗の考えと反していても、僕の考えに共感されて、ともに行動されるお方だと今のお話を聞いていて思えるようになりました。



そう言うとH氏は俺の反応をちよっと観察していたようだった 

あまりにも、タイ国際結婚ビジネス的概略な話と、信仰、信念の話が混同してしまった説明なものだから、ちよっと俺の表情を伺って気持ちをうかがっているのかもしれなかった。 


彼は続けていった



特別会員システムでは費用的なものは、オーキッドの値段より約半額となります オーキッドが99万だとしたら、親鸞会は分割でトータル五十万ですね もちろん、この中には相手の女性に対するoさんの支払われる結納金とか、oさんの航空機代とか含まれないですが・・

でも、オーキッドでおこなっていた僕の業務、結婚披露宴、写真、タイでの結婚の手続きはすべてこの費用の中でおこなわせてもらいます。正直、このシステムでは僕は、ぶっちゃけ、ぜんぜん採算が合いませんが・・

最近タイのホテルの式場の費用も値上がりしましたしね。 現在で十八万くらいかかります。それに、タイ女性が成婚した場合、紹介者に謝礼として、いくらかのお金を支払わなければなりませんし、それに僕がタイに行く航空機代、そう僕はシングルファーザなので、子供もとうぜん、日本に一人、ほっとけないので、タイにつれていかなければなりません。 

そんな飛行機代だって、そうとうな出費ですよ 季節によっては、往復で親子二人分二十万弱はかかることもありますしね。

それに、 タイで僕が開いている事務所の経費、家賃も支払わなければなりません。タイにいる事務員の給料も馬鹿になりませんし、 登録している女性会員のエイズの検査料・・等々、いろいろな出費・・


そうですね・・・ 採算がほんと合わないですね・・・ 


と H氏はそこまで一気に言い切ると、怪訝そうな表情をして、ため息をひとつついて、ちよっと呆然として黙ってしまった。



 その沈黙が俺にはとても気の毒に思われて仕方がない・・

 何も悪いことをしていない自分がとても悪いことをしたかのような錯覚を覚えさせるような罪悪感を感じさせる気持ちになってくる・・


確かに、彼の話を聞いていると、このシステムでは、とても採算が合わない 

オーキッドの99万でも、かなり他の国際結婚業者からしたら破格の安さではあるが、それ以上に下げた、この西方親鸞会の特別会員、分割でトータル五十万という感覚は国際結婚を商売としてやっていく、目線という感覚で考えられたシステムにはどうしても思えない 

 この人のサイト、西方親鸞会を初めて覗いて思った印象・・・この人は本当に救済としての意味合いをもった、こんな儲けの生まない国際結婚事業をやっていく気なのだろうか?とあらためてこの人の気持ちみたいなものに少なからずの感動をおぼえる。

出家して、あわよくば、タダでタイ女性を手に入れようとした自分の煩欲がこの人の思いの前では、俺の存在はとても悲しく思えてくる。


 沈黙は続いた・・・

お互いが沈黙して、何かを模索しているような空気が流れているようだった・・・

続く

タイ女性との結婚4

2011-11-06 10:50:19 | 日記
 
 H氏との会話で、いわゆる例の出家の話になった。

西方親鸞会に参加して、浄土真宗を共に学び、タイ語を学び、この活動を広げていく・・・出家 そのかわり、若いタイ女性を無料で世話してくれるというシステム その話をH氏にしてみる。すると彼はこう答えた。


 出家の話ですか・・それはどうでしよう? Oさんはお話を伺っているといると、どうも、浄土真宗という信仰そのものに共感されて活動したいという気持ちよりも、タイ女性との結婚が第一という感じがしてきますね?

 Oさんは、その点はどうでしょう?
 
僕は信仰を共に広げてくれる人、僕の考えに共感してくれる人、を募っているので、出家者となるとOさんは今のコンビニのアルバイトも辞めて、この西方親鸞会の活動に専念するということになります。

ある程度、信仰、この活動に信念を持たれていると僕が感じる人でなければ、僕としては出家というのはお勧めできかねますし、僕としても難しいと感じざるをえないですね

と H氏は答える。

確かに、俺はそういう意味では、浄土真宗というよりも、タイ女性との結婚の気持ちとして主であって、信仰云々に帰依できるのか?
と言われば、正直、ハイそうですとも言えないだろう・・しかし、彼のブログに書かれている彼の思考、思想みたいなものは、とても共感できる。たとえば、少子化みたいな問題・・・彼曰く 

 
日本人同士の結婚は婚活するばかりで、なかなか結婚にはいたっていないようです。少子化は進むばかりで、これは日本国存亡の問題です


 個人の自由の意味を履き違え、欲望や興味の赴くまま居暮らし、自由を享受する者のの義務はまったく放棄しています


 確かに、その通りだと思う、俺自身、婚活してみて、本当の意味で、結婚したいという活動とは何だったんだろう?
と自問してみる時がある。

自分の欲望、思いばかりが優先される思考、男も女も三十にも四十にも年齢を達して、その現実を振り返らず、高い理想を相手の対象として品定めしている状況、結婚とはそんな資本主義のビジネスの一環みたいなものに今は昇華されているのかもしれない。

良い品物、悪い品物、この男女なら、良い働きをしてくれるだろう・・この男女なら装置としていろんなものがある、等々 子供も産む若さを彼等は失いつつも、そのことに目をそむけ、商品としての相手の機能ばかり見定める。良い歳をして・・

でも、本当の意味で、結婚とは子供を生み、育み、次の世代に自分たち という存在を伝えていく作業ではないか?


そういう意味合いからして、H氏の言うように、自由を享受する者のの義務はまったく放棄しています としか言えない立場のような気がする。

子供を産み、育み、彼ら与え、伝え、この世界の素晴らしさを伝えていくという作業。その今、一瞬の瞬間の作業の中で、我々は生かされている。それこそ、地球、自然、宇宙という枠組みで生きていくことの我々の使命なのかもしれない。


そういうH氏の思考が俺の中にもある。だから、ひとえに若いタイ女性というメリットばかり求めて、この男と会って話がしたいというわけではなかったのだ。

 俺は言った

 僕は子供が欲しいのです 今の僕の年齢や収入では日本人の若い女性との結婚はできません。子供も作れません。

 だから、若いタイ女性と結婚して子供を産み育みたいのです。

 そうしなければ、僕は何の為に生れてきたのか?自分の生きている意味合いをその答えを・・

 タイ女性との結婚を通して探していきたいのです 

 
そう俺はH氏の出家を否定する話の流れを弁解する気持ちで答えた。

H氏はその話を深く聞き入り、笑いながらつぶやいた

 
 そうですか・・では・・こうしましょう・・


続く