甘い人間

本★ときどき★パン

臆病な都市 砂川文次

2020-07-26 17:26:54 | NetGalley


「鳧/けり」が媒介する新型感染症。
存在しないはずの新型感染症が世間に蔓延する。

今現在を逆手に取ったような設定。興味深く読みました。

誰かが意図してそうなったのではないし、感染症の存在を専門家は否定している。
にもかかわらず、安全を証明する『ワッペン』政策が税金を投入して実施される。

『けり病』とK:首都庁に勤める若手職員の名前の
妙な符合からして、なんとなく不穏でそれでいて、
あ―・わかりみが深い、近い。ホント、一般人の行動がリアルすぎです。

――担当編集より
新型コロナ感染拡大の前に書かれ、
「群像」4月号に掲載、話題となった中篇を緊急書籍化。
描かれているのは、現在の状況とはまた違う形で「新型感染症」に翻弄される社会です。
組織の中の個人のありようが不穏かつリアルに描かれ、考えさせられる傑作です。

内容紹介
鳥の不審死から始まった新型感染症の噂。
その渦中に、首都庁に勤める若手職員Kは、いつしか巻き込まれていく……。
組織の論理と不条理。世間での怖れと善意の暴走。30歳の新鋭による生々しい問題作。

組織の内部を描くという点で、物凄い洞察力を持った作家だ。
――亀山郁夫

コロナがこうなる前に書かれているというのに凄みを感じる。
――安藤礼二



「まったく、なんだってあんな根拠のないものにそうすぐ振り回されてしまうのだろう。
それとも本当に、ただ自分のあずかり知らぬところで未知の病気が広まりつつあるのではないか、とも考えてみたが、やはり実感は湧かない。
家々から漏れる灯りがそこここに生活が在ることを教えてくれる。言い知れぬ不安が、影のように自分のあとを追ってきている気がした。」 
(本書より)


麻宮ゆり子 捨て猫のプリンアラモード 下町洋食バー高野

2020-07-17 14:56:23 | NetGalley



高野バーのとし子さんに拾われたキョーちゃんの成長物語。
集団就職で15歳のときから工場で働くも、あまりの過酷さ、特に、食べ物の酷さが辛くて逃げ出してきた女の子。

疎外感や卑屈さ。響子の悩みは尽きないけど、言動はあっけらかんとしていて愉快。
ウェイトレス響子の指導役“配膳の鬼”真澄さんの銀座空襲の話は、響子と同じく、その境遇の過酷さに驚きました。
小巻のたくましさや、仕事と向き合うようになった勝の変化が響子を成長させていく。
プリン、世代は違っても、何歳になっても好きな甘味。


内容紹介
人って、ご飯って、 こんなにあったかかったんだ……。
昭和37年の古き良き東京・浅草。平日の昼間から多くの人が集う、下町の社交場「洋食バー高野」を舞台に描く、17歳の少女の上京物語。
オリンピックまで2年、昭和37年の東京。17歳の郷子(きょうこ)は、2年前に集団就職で上京したものの、劣悪な労働環境から工場を逃亡した。
そのまま上野駅でうろうろしていたところを、浅草にある「洋食バー高野」のおかみ・淑子(としこ)に拾われ、郷子はそこで働くことに。
工場での食事のトラウマからずっと食べられなかったカレー、初体験! 揚げたて熱々カツサンド、心に沁みわたる感動のプリン……。
美味しく温もりあふれる絶品料理と人びとに出会い、郷子は新しい“家族”と“居場所”を見つけていく。

井上荒野 そこにはいない男たちについて

2020-07-13 18:48:14 | NetGalley


たこ飯 豚肉のパリパリ揚げ 茄子みそ トマトの出汁びたし 蛤のフライ
〈この家の中で、夫の次にきらいなのが、このアイランドキッチンだ〉
料理好きの妻が料理教室に通い始めたらそれは『要注意』。光一とまりの会話が興味深い。
〈俺もきらいだったんだ、この家〉そう、嫌っているのはアナタだけじゃないよ、まり。
いるけど、いない。空気みたいな存在だと思えばいいのに...

内容紹介
愛する夫を喪った女と、 夫が大嫌いになった女。
“夫を亡くした女だと、彼には言わないで”
“私はこの男にほんの少し欲情している”
“私が忘れないかぎり、あなたはいるのよ”
“夫が死んでほしいと思っているの”

おいしい料理教室を舞台にしたふたりの“妻”の恋と冒険の人生模様(いろいろ)。
料理教室を主宰(しゅさい)している実日子(みかこ)は、一年半前、突然夫を亡くした。
悲しみの中しばらく教室を閉めていたが、 助手のゆかりのサポートもあり、やっと再開した。
そして次第に実日子は、ゆかりの弟で鍼灸師の勇介に心魅かれていく――

一方、不動産鑑定士の夫が大嫌いになってしまったまりは、 友人の誘いで、実日子の教室に通うことになった。
まりは、マッチングアプリで出会った星野とデートを重ねていたが……

凪に溺れる 青羽悠

2020-07-10 11:07:14 | NetGalley


十太の歌う曲の歌詞『黒い海』が強烈に印象に残った。
〈海ってこんなに真っ黒なんだね。呑み込まれそう〉。
十太を巡る話。関わった人たちが語る十太。音楽で繋がる梓、正博、弘毅。
歌を受け取る夏佳、聖来。十太を見つけた遙、光莉、
そして北沢「デビューに向けた話をするはずだった日に、彼は亡くなった。懐かしいし、本当に悲しい」
心に響く曲、気持ちを持って行かれる歌声ってあるよね。

内容紹介
小説すばる新人賞受賞『星に願いを、そして手を。』の
鮮烈なデビューから三年――
現役京大生となった若き才能が、青春の難題に立ち向かう!

仕事も恋愛も惰性の日々を過ごしているOLの遥。
ある日遥は、無名のアーティストの曲がYouTube上で「バズって」いるのを見つける。
その曲にとてつもない引力を感じた遥だったが、
数日後、そのアーティストの公式サイトで、
「2018年10月23日、Vo霧野十太逝去。27歳」の文字を目にする。
なぜ二年も前に亡くなった無名のアーティストの曲が、
今更注目を浴びているのか。霧野十太とは何者なのか。

一人の天才に翻弄された6人の人生を描いた、著者渾身の青春小説。

第36回太宰治賞受賞作 空芯手帳

2020-07-01 17:38:36 | NetGalley
紙管を扱う会社で働いている柴田(34歳)。
職場(の女性社員)あるあるで、担当する雑用だけが増え続ける中、
「妊娠した(嘘)」と言ってみた。

工場の製管現場:「ここで作られるのは空っぽの芯だ」
妊娠していない自身の中身とを重ね合わせながら考察する場面が最高だ。

嘘も呪文のように唱えて育てていくうちに、
案外、別のどこかに連れ出してくれるかもしれない。
そう思わせてくれるお話です。

妊娠36週目のエコー検査のシーンが面白かった。

内容紹介

紙管製造会社に勤める柴田は、女性だからという理由で雑用をすべて押し付けられ、
上司からはセクハラ紛いの扱いを受ける34歳。

ある日、はずみで「妊娠した」と嘘を吐いたことをきっかけに、
“にせ妊婦”を演じる生活が始まってしまう。

しかしその設定に則った日常は思いがけず快適で、
空虚な日々はにわかに活気づいていった。

やがてマタニティエアロビに精を出し始めた柴田は、
そこで知り合った妊婦仲間との交流を通して“産む性”の抱える孤独を知ることになる。
表面的な制度や配慮だけは整っていく会社、ワンオペ育児や産後うつに苦しむ女性たち……

現実は「産んでも地獄、産まぬも地獄」だった。
柴田は小さな噓を育てることで自分だけの居場所を守ろうとしていた。

そしてついに、ぶじ妊娠40週めをむかえた柴田の「出産」はいかなる未来を切り開くのか――。