スケッチブック

写真と文章で、日常を記録に残す

トリの涙

2006-12-20 14:37:53 | 社会
写真は一枚です
ポカポカ陽気でアオサギがまどろんでいる。そのすぐ前に、ドリンク剤の瓶とお茶のペットボトルが捨てられている。この場所は、深い分流を渡らなければ行けないところだから、一般の人は近づかない。上流から流されてきたか、釣り人が捨てたのだろう。近頃、人々のマナーの悪さには、驚く。地下道や高架道路脇にスプレーペンキでの落書きが多い。タバコの吸い殻のポイ捨ては一向に止まらない。私が撮影するこちら側の河川敷には、ハッポースチロールの箱、カーバッテリー、自転車、布団などそのまま放置すると半永久的に土に帰らないものが投げ捨てられている。

私が徹底的に叩き込まれた教育の一端をご紹介しましょう。①父母に孝行しなさい ②兄弟は仲良くしなさい ③夫婦は調和してよく協力しあいなさい ④友人は互いに信じ合い、慎み深く行動し、皆に博愛の手を広げなさい ⑤学問を学び手に職を付けなさい ⑥知能を啓発し徳と才能を磨き上げなさい ⑦世のため人のため進んで尽くしなさい ⑧憲法を重んじ法律に従いなさい ※(教育勅語)
参照 どうでしょう、内容は古いでしょうか。そっくりそのまま今日に当てはまると私は思うのだけれど。

その私の目には、現代人は自暴自棄に成っているように感じられます。計画性がないから、刹那的で自分勝手だ。優しさに欠けて、ともすればトゲトゲしている。きっとトリは泣いている。

最新の画像もっと見る

10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
教育勅語 (sakura)
2006-12-20 16:49:46
懐かしい教育勅語。
早速プリントさせて頂きました。
私は始めの所ぐらいしか暗記していませんが
兄や姉はよく覚えていて先日逢った時に
教育勅語をすらすら二人で言い出して驚きました。

今の教育は何かが欠けています。
これからの時代の子供達は日本をシッカリ守って
立派な国にしてくれるのでしょうか?
返信する
polo181さん、こんばんは (monma2004)
2006-12-20 17:40:41
 どうも‘情けない国、日本’になってきましたね。いじめ、ホームレス殺人、親殺し、ホームレス殺人、金欲しさに起こすさまざまな事件等々、若者たちには、将来、夢と希望がもてないような不安感が纏わり着いているのでしょうか。
 一部の人の経済至上主義、拝金主義による弊害を子どもたちは諸に受けているように思います。
 poloさんが述べられていることに全く賛同します。
 poloさんと同じ世代の私には清貧に生きることが高い徳目でした。豊かさゆえに、身を滅ぼす人はたくさんいます。心の問題を等閑にし過ぎていますね。今の日本は。
返信する
sakuraさん、こんばんは (polo181)
2006-12-20 21:28:33
コメントを有難う。そうそう、私たちはこの教育勅語を毎日、毎日叩き込まれて教育されましたね。わたしも当初は全部を暗記してそらんじて述べることができました。今ではすっかり忘れています。でも、その精神は忘れてはいません。
日本の未来の姿を想像することはできません。ここらで、ちょっと立ち止まって、みんな頭を冷やす時期なのかも知れません。
返信する
monma2004さん、こんばんは (polo181)
2006-12-20 21:42:40
コメントを有難う。大人達がしっかりしていないから、子供達も真似をするケースが多い。毎日のように報じられるおぞましいニュースに触れて、驚愕しております。あまりにも格差が大きすぎるので、その歪みが犯罪の原動力と成っている場合も多いように思われます。さらに、富裕層でも、反社会的な行いをして司直の辱めを受ける場合が多い。結局、何でもお金で解決出来ると思いこんで、真に幸せとは何かを知らず、歩むべき道を見失っているのでしょう。monma2004さんにはお分かり戴けたようで、とても嬉しいです。清貧に生きる精神を取り戻したいものです。
返信する
このうちの一つでも (花ぐるま)
2006-12-20 22:09:39
poloさんの心情。分かります。
でも今の人にこの全部は無理でしょうね。
第一子供がとても甘やかされて育っているように思えてなりません。
本当に河原には色んな廃棄物が捨てられて鳥さんも驚いているでしょうね。
今日は富士川の川べりを歩いてきましたが、サギさんが沢山いて勿論1-バイズームでも全然撮れないところを歩いていましたが、もう少し道徳を叩き込まなければ立ち直れないでしょうね。
いまどきの若者は。
いっそのこと徴兵制度があって1年でも自衛隊のような所で叩き込まれなければ直せないかもしれません。
返信する
花ぐるまさん、こんばんは (polo181)
2006-12-20 22:33:47
コメントを有難う。教育は国家百年の計と言いますね。どう考えても、教師に責任があると言わざるを得ません。昔の先生は恐かった。鞭でもって黒板をバシリと叩くと、生徒全員が一斉に静粛になりました。しかし、いまや学級は崩壊しています。先生は生徒に嘗められて、言うことを聞きませんね。
家庭にも原因があります。子供を甘やかせています。甘やかされた子供はつけあがります。
今一度、考えを入れ直して、道徳を叩き込むべきでしょう。徴兵制度を設けて、そこでたたき上げる方法も、考えるべき時期に来ています。私もそう思います。
返信する
鳥の涙に寄せて (anikobe)
2006-12-21 08:39:06
どこかで掛け違ったボタンが、現在の世の中の悪い部分をどんどんエスカレートしていくのを憂いますね。

国の政策や、家庭の子供の育て方など原因は錯綜して、決して一つではないでしょう。

そうすれば、今私の出来ることは何かしら、せめて自分のできることを出来るところから、健全に繋がることをしていきたいと思います。

具体的な身の回りを見つめ直すと同時に実行できることを考えたいものだと思いました。
返信する
poloさん、今日は。 (upplain)
2006-12-21 13:18:31
アオサギが一本脚で気持ちよさそうに眠っている。
彼たちは人間のだらしなさを笑っているのかもしれませんね。

教育勅語ですか、懐かしい四文字です。
国民学校の校庭で、朝礼の際東側(宮城に向かって建てられている)にある「奉安殿」を「遙拝」と云って最敬礼したことを思い出します。
奉安殿の中には、桐の箱に入った教育勅語と昭和天皇・皇后の写真(御真影)が入って(祀られて)いました。
始業式、学期末、終業式、卒業式などの行事には、教頭先生が白い手袋を嵌めて、奉安殿の扉を開けて恭しく桐の箱を漆塗りの盆に載せて校長室に運んでいるのを良く見ました。
式が始まると、演壇の台の白い布が被された桐の箱から教育勅語の巻物が出され、校長先生が一礼、巻物を恭しく広げ「朕惟フニ我カ皇祖皇宗・・・」と読まれるのを、生徒達は頭を下げ聞いたものです。
中には神話的な個所もありますが、poloさんの言われるように、父母長兄を敬い、友を尊敬しするなど、モラルの荒れた現代の世にも通用する教えだと思います。
自分の出身校に出掛けた折後輩達に、ここに奉安殿があって云々・・・と、教育勅語のその部分を話したことがあります。
貧富の差が増すであろうこれからの世の中、このような倫理の教えが益々大事にになって行くのではないでしょうか。
返信する
anikobeさん、こんにちは (polo181)
2006-12-21 13:20:37
コメントを有難う。そうですね、どこかで何かが狂ってしまった。そして悪い部分がどんどん広がっています。仰るとおり、原因は複合的で、一つに絞ることは到底出来ません。私もそのように思います。せめて自分の守備範囲で出来ることを実行することが確実に世の中を良くすることに繋がることでしょう。
返信する
upplainさん、こんにちは (polo181)
2006-12-21 13:42:06
コメントを有難う。貴方は遠い昔のことをまるで昨日のことのように覚えていますね。たいした記憶力。私は今回、河川敷で見るあまりにもひどい状態に驚いて、このようなブログを書いた次第です。反発を買うだけで、何の役にも立たないかも知れないと思ったものの、私たちがガキだった頃を思い浮かべてみると、こんなのではなかった。当時、<ドブさらい>という勤労奉仕があって、ドブの中から汚物を取り除いて、定期的に掃除をした。今よりもっともっと貧しかったけれど、町中は綺麗だったし犯罪は少なかった。自宅にカギなどかけたことがありませんよ。
教育勅語は明治23年に制定されましたから、すでに110年以上まえのものです。また歴史的に見て、これが軍国主義に繋がる部分も確かにある。でも、私が掲げた部分は、今日最も大切なことではなかろうか。
貧富の差は政治問題として問題化するべきだと思います。もっともっと、みんなが等しく豊かになれるよう、政治が舵を切る必要があると痛感します。仰る通り、倫理の教えを徹底して押し進めるべきだと思います。
返信する

コメントを投稿