ー もの言わぬ子 ー
「子どものまま中年化する若者たち」
鍋田 恭孝 幻冬舎新書
事務室のフォンが鳴った。
出ると、小学校3年か4年生の男の子が3人並んで立っていた。真ん中の子が白い短冊様のものを黒い盆に乗せてこちらへ差し出している。何も言わない。少し離れて後ろには30代とおぼしき無精ひげの男がふたり立っている。
白い紙を受け取ればいいのだろうと思い、手に取って戻ろうとしたところで、「ひょっとしたら、寄付でも集めてまわっているのでは」と思った。それで「寄付を集めているのか?」と尋ねたが黙っている。もう一度「用件はなんだ?」と聞いたがそれでももだんまり。業を煮やして「用件を言わんとわからん!」と少々大きな声を出して白い紙を盆に戻した。
すると、無精ひげがふたり近づいて来、なにやらブツブツ言いながら、子供をうながして帰って行った。
訳のわからない訪問であった。
こちらに越してきて以来、このような訪問を受けたことはないし、寄付を求められたこともない。後ろにいた男ふたりはひょっとしたら、親だったかもしれないがこちらもだんまりである。
口上を言えないのである。子供はもちろん、後ろの男もそう。
昔、親ははじめて子供に買い物を言いつける時、「「醤油一升ください」って言うんだよ」などと教え、子供は店でそのとおり言って買ってきたものだ。
子供にものの言い方を教えておかないと、会社に勤める年齢になっても挨拶ひとつできなくなる。営業を担当する先輩社員が新入社員を連れて得意先に行ったところ、新入社員は応対に出た社長に挨拶もせず、先輩の脇にボーッと突っ立っていたという話を聞いたことがある。
「学童期の養育環境こそが、その子の一生に大きく影響する可能性が高い」(上掲本)
「雇用は保証しないが、雇用される力は保証する」が会社のトップの本音だろう。雇用される力とは早く言えば、これから会社をどれだけ儲けさせてやれるか、あるいは現在儲けさせてやってるかということである。
年功序列がうしろに退き、転職がいよいよ頻繁になろうという時、挨拶の仕方さえ知らない社員を採用してくれる会社はない。がんばりまーす ♪ ではいかにも幼稚である。
( 次回は ー がんばりま~す ♪ ー )