身内におこった不幸について・・・
1月26日のこと。
母が74歳になったばかりの生涯を閉じました。
思うところがあり、思い切って書くことにします。
4時間の予定の手術が長引き8時間に
手術室を出てきた時には人工呼吸器をてけていて本人はしゃべられない状態。
痛々しくはありましたが、今回の手術は成功との医師の言葉に安堵したものでした。
しかし、手術後6時間と少したった夜半に病院から自宅に電話があり、
家族全員に召集がかかりました。
すっ飛ばして病院に到着すると母は集中治療室にいました。
意識はしっかりしていますが呼吸器のためにやはりしゃべられません。
本人は次々駆けつける身内に喜んでにこやかでしたが、
全員が集まった頃には「なんで・・・みんな来たの?」
「私、どうなっているの?」と不安げになってきました。
点滴、輸血や医療器具を見渡し不思議そう。
本人が一番驚いていたと思う。
こちらの問いかけには、頷いたり首を振ったりしっかりしていましたが、
大量の輸血となり徐々に血圧が落ちてきて、やがて意識がなくなり
結局手術室から出てきてから19時間で亡くなりました。
担当医師と看護士の皆様の適切であろう(素人なのでよく分かりませんが)処置と
献身的な対応に感謝致しております。
感謝しているだけになぜ家族にとってこんな最悪の結果になってしまったのか
「もし」や「たら、れば」なんて言っていても意味がないのは分かっています。
分かっているだけに「なぜ こんなことになるの」との思い。
もって行き場のない気持ち。
「残念」なんていう一言では決して終わらせたくない。
どこにこの気持ちをぶつけたらいいのか
何ヶ月も掛けて手術のための検査に通い、
手術前日には検査入院までしていたのに
万全を喫して手術に向かう為の検査と思っていました。
なにがどうなったのか詳しく医師に聞きましたが、
術後の出血が止まらなかったとのこと。
200を超える手術で今まで1例しかなかったとか。
どこから出血しているのか分からない程あちこちからなので止血できなかった。
出血が止まらないのが想定外だった。とのこと。
自覚症状のない病気なので歩いて病院の門をくぐり、手術を受け
術後十数時間で亡き人となり寝台車で病院を出る。
命を救う。延ばすための手術を受けて・・・
結果亡くなってしまいました。
手術さえ受けなければ今現在なんのことなしに普通の生活を送っているはずだと
受けたことを後悔する反面、
手術を受けずに放置していて、ある日突然外出先で倒れ他人様に迷惑をかけたり、
周りに誰もおらずたった一人で寂しく死なせたりしたら・・・
「あの時手術を受けておけば・・・」という後悔のほうがはるかに大きいはずだと
自分に言い聞かせるしかないのが現状です。
腹部大動脈瘤の直径が50mmなので
この動脈瘤を切除して人工血管に置き換え破裂を防ぐ手術。
術後合併症の発生率は 1~3%
しかし動脈瘤手術の場合には合併症が致死的な状態に発展する可能性が高い特殊な手術となる。
合併症を認めた場合には迅速に適切な処置を行う。
手術同意説明書には上記のように書かれていました。
結局、合併症として挙げられているなかの「術後出血」が止まらず
腹部大動脈瘤術後播種性血管内凝固による出血性ショックで帰らぬ人となってしまいました。
身体にメスを入れる以上 0% なんてあり得ないので
1~3%って数字は限りなく安全だと素人は思ってしまっていました。
大動脈瘤が破裂すれば生存がほとんど期待できないとのことなので
手術を受けたしだい。
支離滅裂で、乱脈な文章となってしまいました。
お許し下さい。
言いたい事を乱雑ではありますが、書くことによって少しは気持ちが楽になりました。
次回更新では通常の私らしい、何のとりとめもない 気楽な内容となる予定です。
若すぎます。言葉が見つかりません。
文面から素敵なお父様だと伝わってきます。
私も医師から説明を受けました。
破裂したときには95%の方が救急車の到着を待たずに亡くなり、
運良く病院に運ばれた5%の方のうち半数はなくなってしまう・・・と
合併症が発症すると生死に関わるが、確率は1~3%
これでは手術を選びます。
惜しまれてなくなった。
皆が涙した。
それだけが救いというか心のよりどころというか・・
あまりにも似通った辛い経験。
いつでも書き込みをどうぞ。
辛いですね。
父の場合は、危険率はなんと50パーセント。
でも、破裂した場合は100パーセント命を落とす。
そこまで追い込まれた状況ですら、
本人も迷い、家族も迷い。
そして、本人の意思を尊重しました。
実際、術中に脳梗塞を起こしていたようで
心不全のような形で亡くなりましたが、
持ち直したところで植物状態だったのかも
知れません。
お母様の確率とは比べ物にならない数字であっても
心の片隅では助かるのでは?と思っていましたので
やはりショックです。
64歳という年齢も悔いが残ります。
同じ境遇の方を、偶然お見かけして
このように書き込みしてしまいましたが、
少しでもお気持ちを分かち合えたら、と思った次第です。
今は、家族に迷惑をかけず、
惜しまれて亡くなったことに、
学びを感じ、そして感謝し、父の思い出を胸に
次に会える時まで精いっぱい生きる。
それが父の喜ぶことではないかと思っています。
同じ境遇の方がおられたとは・・
命を救うための手術で命を落とす。
本人は手術の成功を疑わず、入院中外国の友人から来た手紙を訳そうと辞書を用意し、
写真を用意し、返事を書くつもりだったようです。
退院後の準備も整っており、それらの片づけをしていると
改めて涙が出てきました。
術後意識はありましたが、人工呼吸器のため本人が話せないのが・・・
言いたいことが伝わらずにかわいそうでした。
ひらがなのボードを差し、最期に我々に伝わった言葉が
「くだ くるしい」でした。
「人工呼吸器、苦しい」だったと思われます。
こちらも医師の説明によると血管が非常に薄くなっており、
何時破裂してもおかしくない状態だったとの事。
同じく、すんなりとは受け入れることは難しいです。
合併症の確立1~3%の中に入っちゃいました。
そんな数字聞きたくないです。
お父様は意識が戻られなかったのですね。
一週間のお気持ちを考えると言葉もありません。
時間が解決してくれると信じ、
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。
私の父も、1月末に大動脈瘤の手術をし、
意識の戻らないまま1週間後亡くなりました。
父の場合は、もともと血管の形成異常があり
動脈瘤や梗塞を起こしやすかったのですが、
同じく破裂予防の為の手術で命を落とし、
本人は少ないながらも助かるために
手術を受けたはずなのに、やりきれません。
父は、胸腹部動脈瘤で、瘤も7センチを
超えており、実際手術をした時も
血管が紙のように薄くなっていたそうなので
受けなかったとしても、1カ月以内には
破裂していただろう、と医師から言われましたが、
そんな状況ですら、すんなり受け入れることは
できないのが実情です。
お母様は、意識も戻られていたとか・・・
ご家族のお気持ちを考えると
せつない気持ちになります。
悲しい気持ち、辛い気持ちを
あまり我慢なさらずに済みますように、
ご冥福をお祈りいたします。
なんだかなーって・・・
医師はしっかり説明してくれましたし、
分からないことがあれば何度でも問い合わせてくださいと言ってくれているのだけが救いです。
お気遣いありがとうございます。
ご冥福をお祈りいたします。
そして、ご心配おかけしました。
医師に詳しい説明を受け、それなりに納得することにしました。
無理やりですが・・・
なんだかまだ信じられない気がすることもありますが、
家族全員前向きになってきております。
静観しておりましたが、書かせていただきます。
ご家族のこと、つらいことでしたね。
僕の家族も親父が五十代のころ
胃がやぶけて、出血して自宅で倒れて
命からがらだった経験があります。。
幸いなんとか助かりました。
医者が、どうしてこうなったかわからない。言って欲しくない言葉ですよね。
手術して助かるために受けたことが
逆になる。。
なんともいえません。。。。
どうか、家族の方々が、落ち込まないっていうのが無理な話ですが
前向きにいければいいなって思ってます。
文章が下手なのでまとまりのない文ですが失礼しました。
手術によって元気になられる方も大勢おられるので
今回のことはそれが逆になっちゃったっと思うことにします。
家族全員もうすっかり元気になりました。
ご心配おかけしました。
かける言葉が見つかりません。
亡くなれた内容が残念に思います、何とかならなかったのかと・・・
うちも昔に父が腎臓癌の診断の手遅れで
手術室に入りメスを入れた瞬間に閉じられ
手術室から出てきた事を30年たったいまでも忘れません、
どうぞ早くご家族のかたが元気になられますように
お父様、お母様をお若くして亡くされた皆さまの辛い経験をお聞きしていますと、
今回最期に母に話しかけることができた私は幸せ者かも知れないと感じずにはおれません。
この場をお借りいたしまして、路渡カッパさま
ピィ様 jimmy様 心温まるコメント本当にありがとうございました。
どれほど勇気づけられたことか。
感謝いたします。
私も両親はもう既に他界しておりません。
特に母親は19年前に55歳の若さで他界しました。
クモ膜下出血でした。
倒れて意識が戻らないまま6日目でこの世の人ではなくなりました。
医療の現場に携わる方々には申し訳ないんですが、そのときばかりは医療の無力さを恨みました。その症状からすると仕方ないことなんですが。
でも身内とすれば、まして親ともなれば何とかして欲しいと思うのは当然ですよね。
今回の文章を拝読して、とてもやるせない気持ちでいっぱいです。
お気落としのございませんように、というのも無理な話かもしれませんが、7駆さん、奥様共々ご無理なさいませんようにご自愛下さい。
以前から大動脈瘤が見つかっておりましたが、直径が40mmということと本人の体調を考慮し、
様子を見ていた状態が1年半ほどありました。
今回、50mmを越えたということで破裂の危険が増し、体調がよくなってきたので手術に踏み切りました。
私も皆様の辛い経験をお聞きして、立ち直りの強い味方になってくれているようで心強く感じます。
本当にありがとうございます。
手術がらみとなればどうしても噴き雑な心境になってしまいます。
どうしても後悔とひっかっかりがのこってしまうような結果となってしまいました。
おっしゃられるように、いつまでも引きずっていたら故人に申し訳ないので
あまり考えないようにします。日にち薬に期待です。
お気の毒なことでした。
個人的な話で恐縮ですが、私の父は59歳で他界したのですが、それに先立つこと数ヶ月前に胸部大動脈瘤が見つかりました。
入院して検査をし、手術せず保存的に経過を見ましょうということになり帰宅しました。
その後、ある日の夕方、夕飯に来ない父を不審に思った母が訪室したら倒れている父を見つけました。
救急車を呼び半狂乱で心臓マッサージをしたらしいのですが、既に息をひきとっていたようです。
私はその頃泊まりの仕事中で、叔母から連絡を受け病院に向かったのですが、ハンドルを握る手が震えていたのを思い出します。
病院に着いたときには既に父は冷たくなっており、最後の話をすることはかないませんでした。
結果的に病理解剖していないので死因はわからず心筋梗塞だろうとなっていますが、私自身は大動脈瘤の破裂じゃなかったのか、もし手術をしていたら今も父が生きているのじゃなかったかなど、何度も頭をよぎりました。
ただそういう治療方針の決定には私は関与していませんでしたし、私自身職業が医療関係者というのもあり、医療に100%は求められないというところを日頃から目の当たりにしているというのもあってか、そうした思いは自分の中で時間をかけて消化していったように思います。
とりとめのない長文になり申し訳ありません。
7駆さんや上の路渡カッパさんのお話を拝見し、自分だけでなく皆様親の死に関して辛い思いや後悔を体験していることがわかり、少し心強い気がしました。
お母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
諦めきれない思い、少しは分かります。
私も実父と義父を病院、手術がらみで亡くしてます。特に義父は似たようなケースでした。
残された者は、あの時ああしておけば、こうした方がと悔やむばかりです・・・
まだ日も浅いですからその思いも強いと思いますが、元気を出して下さいね。簡単じゃないとは思いますが。天に召されたお母様もいつまでもくよくよしている家族を見るのを望んでは居られないでしょうから。
安らかに眠られるよう、ご冥福をお祈りするばかりです。