>>好みの問題はあるのだろうが、現代の颯爽とした韓国女性とは違い
容姿の整形手術は無く美容術も稀、南方のアジアとは違い天然の美形は非常に少なく
正直なところかなりの不細工揃いであった当時の半島の女性たちに
わざわざの強制連行(?)に値する迄の魅力ある女性がいたとは考え辛く、
実際問題あの当時の半島の女性達とは容貌面で不器量傾向だっただけではなく
局部等の臭気ほか日本人が昔から嫌がり苦手とするところの不衛生についても
述懐や記述録ほかで様々に否定的評価として残されていて、
>>市民運動や女性の人権擁護に関わってきた
フリージャーナリストの舘雅子氏が振り返る。
「私は92年8月にソウルのYMCA会館で開かれた『アジア連帯会議』に
出席しましたが、それを仕切っていたのが福島さんと元朝日編集委員の
松井やよりさん(故人)でした。」
…そこで舘氏は仰天の光景を目撃する。
「お揃いのチマチョゴリを着た女性が4,5人いて、日本人と韓国人の
スタッフが”ああ言いなさい!”と一生懸命振り付けをしているのです。
本番の会議でも彼女たちが登場し、言われた通りに悲劇的な体験と、
日本政府に対する怒りを切々と述べているではないですか」
元慰安婦たちは操られている。舘氏はそう直感したという。
ところが、
台湾人の元慰安婦の番になると”日本の兵隊さんは私たちに優しくして
くれました”などと言い出し、ステージ下に控えていた福島氏や松井氏が
大慌て。
「”それ止めて!止めて!”と遮り、それでも止めないとマイクや照明を
切ったりして発言を封じ込むのです。
タイの女性も”日本の軍隊ばかり 叩くな!”
”イギリス兵はもっと悪いことをした”と反発していましたが、
福島さんや松井さんが抑え込んでしまいました。」(同)…
河野談話で実績をあげた福島氏は、知名度を買われ、98年の参院選で
国政に進出。あれよあれよと言う間に、社民党党首にまで上りつめたのは
ご存じのとおり。…
歴史に埋もれる者たちとして
真実を残さないわけにはいかない
どこにねつ造の歴史があるものか
ましてや近代において・・・
まあねつ造の先駆者として歴史に残るがいい
子孫末代に残すがいい