The Way We Were

誰しも通り抜けてきた
切なくも愛おしい時代
My Adolescence

[親になる] ということ

2023-03-10 | 2023年
 
 1993年8月に
 私は 母になりました..
 結婚後 13年目
 
 待望の男の子が誕生した時の感動
 忘れません
 
 新生児室で夜泣きをする赤ちゃんの声がすると
 息子が さみしがって泣いている..
 と感じて 居ても立っても居られず
 無断で わが子を自分のベッドに連れてきて
 そのまま添い寝をしていました
 
 その愛おしさこそ
 母親の本能=母性というものなのでしょう
 
 「分身」という言葉がふさわしく
 私に与えられている生涯の[ラッキー=運]を
 全部あなたにあげる
 あなたは 幸運に恵まれて生れて来た
 あなたの将来のために
 全力でサポートするからね
 
 他にもいろいろ
 言葉では言い尽くせない
 
 
 子育てをしながら
 [母親] になる ということを覚悟し
 自分が得られなかった母からの愛情を
 折に触れて 痛感して来た..
 
 私の母も けっして愛情がなかったわけではない..
 ただ
 一人の人として
 時代と家庭事情に翻弄され過ぎて
 早くに 初孫が誕生したことから..
 情の深い彼女は
 目の前の新たな命に取りつかれ
 未だ思春期途上の末娘(私)の存在を見失った..
 否..疎ましく感じていた
 
 私は 悟ったのです
 
 やはり人にとって大切なのは
 いかに[自分育て]をする期間が重要で
 また 
 [愛情の取り違え]を引き起こさせない努力が必要か..
 
  私の母には
  そんな概念を整理する余裕がなかったのです
 
 
[子を持つのは簡単] しかし [親になるのはむずかしい]
 
 [親になる] という意味を理解して覚悟をしなければ
 親だって
 一個の人間として
 社会で関わる諸事情に疲弊して
 身近な弱いものを邪険にしてしまう..
 
 一瞬でも
 わが子の前では [親の覚悟] が揺らぐ言動を見せてはいけない..
 言い換えれば
 母親を そんな風に追い詰めてはいけない..
 
 きょうは 私の誕生日
 私は
 自分が子育てをしながら抱く[母親]としての感情を
 つねに
 自分の母親が私を育てるときの感情と比較して来た
 
 そして
 なぜ? 母は(父は) あのとき
 私の気持ちを理解してくれもせず
 自分たちの思惑の中で
 私の人間性を歪めて 
 私じゃない私に対して
 いったい? 何をさせたかったのだろう
 
 それはいまだに悲しく 深く 私の心の奥底にある..
 
 母親になってやがて30年
 いまだに インナーチャイルドを抱えたままの私
 
 
 


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