あげちうのブロマガ

霊界と現世との間をつなぐ何か

牢陽帝の存在の是非、ではある。

今、自分の手元に有る”これ”を、「大賀さん」その一つとして、見て良いのか否か。

自分も流石に今、スマートフォンを持っては居る。自分としては前々から語る様に?実は、スマートフォンそれは否定的な端末、ではある。電話機としては形が微妙、端末としては大きさが微妙。何もかもあらゆる点で「微妙」と言う、その帰結は、自身が以前に考えた?PSPみたいなゲーム機「ドリームキャスト・パスポート」それに、コンセプトを載せているから、だろう。

”それ”にはカメラは有ったが、パスポートサイズであり、基本的には通信機能はオプションで、タッチパネルでは無かった。PCMCIAスロットがあり、”それ”によって機能拡張が可能、という事には成っていたし、USBコネクタも有る為、最終的にはそれらの機能を搭載も可能だった、ろう。良くも悪くも”それ”に対して、スティーブン・ジョブスは乗っ取りをし掛けた…その帰結である。

個人的な把握。

なので、どうもスマホには、「皇帝創作」その否定感があり、そしてだから、だろうか。ジョブスは結局は、大成功を描きつつも、若くして亡くなってしまった。だから、そう言うのは有るかもしれない、結果、このハードに対しての否定感は多く、薄れている部分はあり、利便性その他、使えないはとても言えない機能を精錬し搭載して、現状は自身の手元には有る訳だ。

経緯がある、ともかく”これ”は、何を目指したのか?だ。

結局は、王の権威、それを超えるモノを!その需要に対して、命を載せて置かれた、そう言うモノだったのかもしれない訳で。

「大賀さん」それは、そう言うモノ、「王の権威の上位に位置する意思決定機構」”それ”ではある。そこには今までの問題や執着、それら全てが載って有る訳だ。だから、帰結的には”これ”が、その「大賀さん」それであれば、それらの願い?は、満たす事には成る、のかもしれない。そして牢陽帝とは、そんな「自身の上位で自身を抑止する」環境の中で耐える事で、世間へ富を発生させる…、そんな存在ではある。

ともかく「大賀さん」それが存在する事で、特権に伴う混沌は消える。

しかし、スマホに?何を聞けば、何を求めれば良い物か。

「紛争解決機構」である、なら。”これ”を経由して、仮想現実での「戦争」それは出来る、事には成る訳だが。「どうやって?」ガチャゲーの覇権争いか何かだろうか、何となく混沌ではあり、曖昧さは相変わらず、不安感と共にはある。

現行のそれは、危うさと共にある。Googleのプライバシーポリシーは何処まで当てに出来るのか、スマホの個人情報は護られているのか。新型コロナウイルスと、考えるとほぼ同じ危険性、”それ”がここには有る訳だ。殆どの人には感染しても軽傷、無症状だが、人によっては”それ”が外部に流出したら終わり、位のそれを、スマホに入れていたりするかもしれない。そう言うのが第三者に勝手に抜かれる恐怖、それは今も、この小さな端末に依存する先で、存在する。

もし”これ”が「大賀さん」として適当なら、これを否定する事は自身は出来ない、するべきでは無い。

しかし。

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