あげちうのブロマガ

戦争のない世界で始まる戦争

理解し難い話だが、最強の一つに成ってしまうと選択肢が出る。

死ぬか、その他大勢になるか、だ。それでも、人は第三の選択を探す訳だが。

「pixAI」にて、タイトルをプロンプトに入力して出力。

 

結構、今の「ガンダム」がそうかもしれないのだが、いわゆる「ロボットアニメ」としてこれ以外にない、という状況は…もうずいぶん長い。古い方法論の弊害、と言うべきだろうか。侵略、利益は基本、その先にしか無かった。戦争の目的は資源か、或いは奴隷である、それらから吸い上げる富を用いなければ、今以上の発展は無かった。

結果、イメージで最後はつまり肉食獣”だけ”が檻の中に残って、そして彼らは飢えていく事に成る訳だ。

理解としても、他者を喰う以外で糧を得る術がない、という時。”世界”から「敵」自分以外、が居なくなってしまったら、もう食えるものは無い、という事には成る。この時、変化は要求される…が。それまでの経緯だ、排泄が発生してたら、世界はそれにまみれて悪化していく事にも成る。そしてもう食べられる物は、或いは自分の体くらいか無い訳だ、自分の排泄以外はもう、それしかない。

結論で言えば、このイメージに落ち行ったら「死ぬ」だろう。これは、選択できない。

果たして今のガンダムは、何を選択しているか?ではある。理屈では、内需拡大、「最強」の後は”それ”を志向せねば成らず。すると?まず肉食は、否定される。果たしてその時、世界を覆う排泄物は、植物などの芽を出すだろうか?それを適用に許容しなければならないし?そして、それを生かさず殺さず?喰う事が出来る様に自身を変化させなければ成らない。蟻の集団もしているが、農業の様なイメージ、それに変化しないと先が無い訳だが。果たして今のガンダムは、その選択が出来ているのか?ではある。

結論で言えば「ロボットアニメ」としては、もう食う物が無いのだ。最近のイミフな実写化その他もろもろが、「他者への侵略」そう言う物でない、とは…どこで言えるだろう。

「最強」と言うのは、それほど難しくない。自分以外は全て食い物だ、と断言出来れば”それ”でその境地には成る。古い小学生の「ばーりあ」「バリア切った!」と言う一時流行った文化を、大の大人がどっちかが諦めるまで続けるだけの話で、「奴のバリア切ったは防げない」と言う事に成ればそれで最強ではある。あまりの懐かしさに涙が出てしまいそうだが(;´Д`)、ただその「勝利への執着」は、或いはその究極の孤独、そう言う物への入り口ではあって。

…それでも、なんとなく、勝利への執着、それに縋っている感覚は、不意に残っては居る。

考えてみたらガンダムも、実際には昭和の遺物、ではあるのだ。ジャニーズがああまで否定されてる時、ガンダムがその標的に成らない、という事も或いは、無い。今の状況でガンダムは、残さねば成らないのか?ではある。「環境」へと変化し、自制を、やっぱり要求できない経緯はあるような。鏡の様にか、或いは「環境へと変化に成功した」分岐した姿が、その時その向こうには、見えているかもしれない。

そして或いは、”それ”を喰うべく、戦いを始めているのでは。

急がなければ、世界は滅んでしまう、邪悪の手によって。

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