第三話「直也、無双する」
1「怪物」
打ち捨てられた、そう言って良い、それはそんな森の中、だった。人の気配がないその先に、しかし斜面は見えて、そして。そこには古びてもうずいぶん経つ様な、そんな寺院?そんな建造物が有った。印象としては「門」入口、そう言った方が良いだろうか、斜面に食い込む様に建てられていて、内部は斜面の中へめり込んでいた、「その中にこそ」その内側がある、そんな。そんな「門」の周囲には、あのシャグか、或いはより凶悪な印象を持つ怪物らが徘徊しており。人が居られる雰囲気、それは無かった。
そんな廃墟かの奥底で、”それ”は燐光に照らされつつ、赤褐色のプールの中で、或いは眠る様にか…仰向けだろう、その姿勢でその水?に浸りながら、”それ”は横たわっていた。洞窟の中にある地底湖、そう言って良いその環境は、豪商の家さえもすっぽり入るような大きさがあったが、それはそれでも足りなそうな、そんな巨大さを持っていた。巨大な体躯と、そしてその頭部は巨大な鮫のそれであり、ここはその”怪物”の寝殿で有るような。壁面に開いた洞穴から、杖を持つ黒いローブの人物は、その様子を見下ろしていた。
「忌々しい制約だ、この程度の力を得るのに、ここまで費やされるとはな」
その人物は、眼下に見える巨大な人型の怪物へ、幾らか掠れた声でそう呟きつつ。それでも、事態が前に進んでいる事には、相応の満足を感じては居るようだった。背後には幾人かの、同じような漆黒のローブに身を包んだ人々がいて、彼らは口までシェードで覆われていたが。その人物はシェードは無く、薄暗さの中にも表情を伺う事は出来た。口調とは相いれない印象の動きで振り返りつつ、その男は口を開く。
「”超越する者”が目覚めるにはまだ、幾らかの時は必要だ。今はまだ、トラッドに邪魔される訳には行かない」
黒いローブの面々は、それに頷きつつ、そして、洞穴から静かに出て行った。そこに残った男は再び、その眼下に見える巨体を見下ろしていた。
「この世界の、何が理想だというのだ…」
男はそう、笑みを浮かべつつ呟いていた。
2「勇者の力」
直也にとっては、だったろうか。それでもその、単なる棒きれは今、この場にある如何なる武器よりも頼りになる”何か”と化して、直也の手の中で輝きを纏っていた。怒気と解る咆哮で、他のシャグらが襲ってくるが。今の彼に取ってそれは、漁で網を引くよりも容易く処理できる、そんな見掛け倒しの群れでしか無かった。リーアがあっけに取られている内に、それは異様と言って良い身体能力で、その場に現れた十数体にも上ろうか、そのシャグの群れを、単なる消し炭に変えていた。棒きれが一閃するだけで、彼らは消えて行った。
「ゲームに出てくる敵の方が、まだ歯ごたえは有るな、この程度なら・・・」
しかし、そう呟いて手にした棒切れを見るとしかし、それは不意に、燃え尽きる様に消えてしまった。呆然としていると、驚きと喜びと、そう言うのが混ざった表情でリーアが駆け寄ってくる。
「あ、あんた何者?こんな事出来るなんて!」
「なんかね、一応俺、勇者らしいよ。嘘じゃないみたいだが…やっぱり棒切れじゃどうにもならないか。そうだ、他に武器はあるんだっけ?」
「詰所にまだいくらか残ってる筈だよ。こっち」
「・・・あ、ちょっと待って、あんたの剣を見せてくれ」
そう言って直也はリーアからその剣を渡して貰うと、彼は少し念じる様な視線をその剣へ向けた。それで、リーアの持つ剣は、さっきの棒切れと似た様な光、それを放ち始めた。直也は笑みを浮かべる。
「少しは持ちそうだ、これを使ってくれ」
「これって・・・」
「急ごう、ここから先に奴らを通す訳には行かない」
「う、うん」
手渡された、薄く光を放つ剣をまじまじと眺めつつ、リーアは直也を先導し、詰所の方へ向かった。気づくのに時間は掛からなかった、直也から渡された剣が奇妙に、軽い。彼のこの能力は、彼だけに限定される訳じゃないのだ。絶望しつつあったリーアだが、その先に走る青年に、この状況への希望の光は見えた。
「この先に!行かせる訳にはいかん!」
そう怒鳴りながら、その巨体と言って良い体躯によって振り回される戦斧は、それでもそのシャグを一刀両断には、していた。戦斧の刃の部分には、輝きを放つ宝石の様なモノが埋め込まれており、それによってか、刃の部分には何かのパワーが付与されては居る様だった。前線で戦う他の自警団の戦士らも、多くは似た様な装備を付けていて、それでもシャグ相手に相応の抵抗は出来ていた、しかし。シャグの大群は尽きる事無く押し寄せてくる…流石に大隊長のガレンにも、疲労と焦りの色は見え始めていた。この襲撃は、今までに無い何かだとは感じていた。
しかし、そんなガレンの脇から放たれたらしい弓矢が、突如、眼前のシャグに突き刺さり。しかしそれは貫通して、その直線上のシャグを数体、そのまま一掃していた。自身を呼ぶ声に振り替えると、後ろで弓矢を構えている少年?が居て、リーアも視界に入った。事態を理解出来ないまま、その少年は叫ぶ。
「退いてくれ!」
とっさにガレンは巨体を、自身が向かっていた敵から横に反らし。そこに、直也の放った弓矢が撃ちこまれ、同じく、数体がそれで消滅していた。驚くガレンの元に、リーアも駆け込んでくる。止めようとする前に、リーアの振るった剣は、再び襲ってきたシャグの数体を、同時にか切り伏せていた。流石に、シャグの大群もそれには幾らかたじろいだ、様だった。
「みんな!勇者が来たよ!勇者が来たんだ!」
リーアはそう、周囲の戦士達に叫んで。直也は何だか、むずがゆくはなった。
3「制約」
町の中へ入って行こうとするシャグらの上を、巨大な一つ眼の、蝙蝠?らしい何かは、或いは彼らを監視する様に飛んでいた、が。それはその視界にその、シャグらの幾体が突発的に”破壊”される光景を映していた。”それ”を、それから伝わってくるその視界を見ていた黒いローブの女は、その光景にそれでも狼狽えた、勇者というには、それはあまりに圧倒的過ぎたから、だ。
「なんだ、こいつ・・・?」
”勇者”という存在が、神に立ち向かう者らにとって脅威である事は理解していた、が。それは彼らにしろ、十分理解されていた事ではあった。むしろ、”それ”の脅威が薄いからこそ、この地はシャジャク、「超越する者」を信仰する彼らにとってその標的と化したのだが。トラッドの影響が強いこの地には、勇者は現れにくかった、ほぼ全てがトラッドの神託、そう言う物で解決し得たから、だ。この地には英雄は居ない、そんな、或いは独特な風土が有ったが。それが今の彼らにとっては都合のいい環境には成っていた、しかし。
彼女が不意に、目を細めた。
「アリアン様…申し訳ありません。想定外の存在が現れました、如何いたしましょう?」
彼女は無言で問う。その”向こう”から、それは声なく返答はあった。
<シャグらでは、どうにもならんと言うのか?>
「用意した魔力では、これ以上呼び出せません。数は減らされています…」
<ナージャで対抗し得ないと言うのか…。トラッドめ、何をした…。解った、今は戻れ>
「…解りました」
彼女は、持っていた最後のクリスタルを、その場で起動状態にして置き。そして、口惜しそうな視線を向けつつ、町から背を向けて歩き出した。その後ろで、再び幾体ものシャグが現れ、街の方へと向かっていく。彼女が少し進む先に光、というかゲートの様な暗闇が現れ。彼女はその中へ歩いていくと、そしてそれで、その暗闇は彼女と共に、消えていった。
「結界」は、今は既に修復されそして、それは更なる輝きを放ち始めていた、ヘレナ達の祈祷、それの効果である。やがて幾つか残って居たシャグらはそれで狼狽え始め、その後は、急激に弱体化した様に、戦士らの一閃で倒されて行った。領域内に踏み込んだシャグの群れは、最後の一匹をガレンが両断して。それで全て倒された、様だった。
「これで最後か?!」
「そのようです、大隊長殿!」
「よおおし!勝ったぞ!我々は敵を退けた!!」
戦士らは歓喜し、勝どきを上げつつ、危機が去った事に安堵し、雄たけびを上げた。”それ”を聞いた村人らも喜び、神殿の周囲はそれでも、幾らかの歓声に包まれた。この戦いで、今は最も活躍したと言って良いリーアも、共に喜びつつも。
「え、あれ・・・ボロボロ・・・?」
リーアが不意に、自身が持つ剣に目をやるとそれは、もう何十年も使いこまれたか、野晒しに成っていたかのように、ボロボロにやせ細り、錆びていた。あの輝きはもう見えない、もう使えない状態になってしまった様だった。直也によるこの「付与」は、しかし、何かの制約と共にはあるらしかった。それは愛刀、という訳でもないがしかし、ともかく危機を乗り切った対価としては妥当だ、そう納得しつつ。
「ありがとう、あんたのおかげだナオヤ。流石に勇者だね!」
「…そうかな」
直也はそれで、不意に表情を曇らせた。彼によってもこれは、あっけないというか…幸運、そう言って良い事態だ、それだけに。自分がここに来る前の事を今、彼は少し思い出していた、そして、同時にあの、自身を飲み込んだ巨大な鮫の口もまた、だ。
嫌な予感しか、今の彼にはしなかった。
何とか結界は維持され、そしてシャグの大群も退けた、という報は。神殿の中で結界の形成に集中していたヘレナらにとっても吉報と言ってよかった。しかし、彼女らも今、想像以上の疲労、それを感じては居た。次が有った時、果たして。今は、恐らくは直也のおかげだろう。トラッド様が彼を呼んでくれなければ、この事態を打開は出来なかった。自身の信仰その正しさを再確認しつつ、彼女は神に感謝の祈りを捧げていたが。
その時はまだ、ヘレナはトラッドが言った事を、まだ完全にか忘れていた。
ーーー
あとがき
ちょっとアルティア様とかトラッド神とか出した時点から、以前に書いた「ダークネスダンジョン」の世界観を足場にしてしまった、が。その辺との異相は、果たして・・・。