ケツ持ちはヤクザや
事件が起きた北区堂山町はかつて高級料亭が軒を連ねる繁華街だったが、バブル崩壊後は比較的安価なキャバクラやガールズバーが進出し、西日本最大のゲイタウンとしても名高くなった。このまちで青森出身の秋元容疑者がガールズバーを開いたのは数年前のことだ。
仕事熱心で、自ら店の前に立って客引きをし、仕事帰りのサラリーマンを店に連れ込んだ。一方で、従業員らに対して厳しく当たることも多く、女性にも「もっと客取ってこい!」と怒鳴ることもたびたび。別の店で客引きをしていた男性(35)が「まるで家畜に対するように高圧的に振る舞っていた」と表現するほどだった。
客とのいさかいも少なくなかった。ぼったくりと言われるほどの料金設定ではなかったが、支払いをめぐってトラブルになることも時折あったという。そのたびに「俺のケツ持ちはヤクザや」などと恫喝(どうかつ)し、背後に暴力団があるように見せかけ、強引に支払わせていた。客が支払えないときは携帯電話を取り上げ、代金との引き換えにしていたという。
周囲の人は「酒を飲むと凶暴になる」と証言するが、相手によっては態度を変えていたようだ。取引があった酒屋の男性従業員(35)によると、「一緒に飲みに行ったが、おとなしく、礼儀正しい若者だった。うちとトラブルになれば仕入れも難しくなるし、けんかの相手は選んでいたと思う」と話す。
札場さんはそんな男が経営するガールズバーに吸い込まれた。
請求額は5万円足らず
7月2日夜、札場さんは神戸市内の不動産会社での勤務を終え、帰宅の途に。JR大阪駅で下車した後、大阪市都島区の自宅に戻るまでに一杯飲もうと思ったのか、足は堂山町に向いていた。
「お願いします。少しだけ、お付き合いしませんか」。札場さんは、必死にまとわりついてくる客引きに根負けし、ガールズバーに入店した。そこがリングだった。
リングでは女性従業員2人が接客。社交的で酒好きだった札場さんは女性従業員との会話で盛り上がり、酔った。時間を忘れて長居してしまい、気付けば空は白み始めていた。時計の針は入店から約6時間半も経過した午前5時を回っていた。
札場さんに店側が請求した金額は5万円程度だった。決して安くはないが、女性従業員のドリンクも客が支払うシステムが主流のガールズバーで6時間半も長居すれば、ぼったくりと言われる金額でもない。だが、あいにく札場さんには持ち合わせがなく、金額の交渉をするうちに、外で客引きをしていた秋元容疑者が激高した。店内に舞い戻り、札場さんを激しく恫喝し、強引に店外に連れ出すと2階から人気のない6階に向かった。
6階にも飲食店があったが、すでに閉店しており、人はいなかった。秋元容疑者は札場さんが逃げたり、反撃して蹴ったりしないように手慣れたようすで履いていた革靴を脱がせ、ビルの外に投げ捨てると、素手で繰り返し顔面を殴打した。
店内に戻った後、再び暴行を加え、今度は5階に。容赦ない暴行は結局、1時間以上に及んだ。秋元容疑者は午前7時ごろ、ほとんど動けなくなった札場さんを5階の通路に放置して立ち去った。この際、札場さんの財布や携帯電話を持ち去っていた。
ビルの清掃員が通路で倒れていた札場さんを発見したのは午前8時ごろだ。声をかけると、札場さんが反応したため、ただの酔っ払いと思い、救助することはなかった。このとき、札場さんが助けを求めることができていれば…。
札場さんはその後、誰からも見つけられることはなく、3日正午ごろに息を引き取ったとみられる。その2時間後にビルのメンテナンス業者が遺体を発見。顔は腫れ上がり、額は血まみれで、暴行の痕跡が痛々しく残っていた。府警の司法解剖の結果、死因は顔面強打による硬膜下血腫だった。
頭よく楽しいやつだった…
妻と2人の子供を残し、古びた雑居ビルの一角で命を落とした札場さんは、大手保険会社での勤務を経て、現在は不動産会社に務めていた。数年前には会社勤めの傍ら、障害者の自立を支援するNPO法人の理事としても活躍。営業経験を生かして障害者が作った製品の販路開拓に協力するなど社会貢献にも尽くしていた。
大学時代からの友人で飲食店を経営する男性(51)は「頭がよく、楽しいやつだった。周囲にも気を使うことができ、自分の店にも何回かきてくれた。8月にも学生時代の仲間で集まる予定だったが、もう会えないなんて信じられない」と涙ぐんだ。
大阪・キタやミナミで急増するガールズバーでは、札場さんのように料金をめぐってトラブルがたびたび発生している。平成21年には人気お笑い芸人がミナミのガールズバーで退店する際に料金約25万円を請求され、店の従業員を殴りつける騒動を起こしている。
こうした「ぼったくり」まがいの請求をする店は少なくなく、繁華街では、酔客が朝方、女性従業員に付き添われ、コンビニのATM(現金自動預払機)で金を引き出すように迫る光景がよくみられるという。
秋元容疑者はこれまでにも、料金トラブルをめぐって客に暴行を繰り返していた。しかし、客が動けなくなるまでの執拗な暴行はなく、事件後に報道陣が殺到したことに恐怖し、結局、7月6日に出頭。府警捜査1課の調べに対し、大筋で容疑を認めた。
客や従業員に高圧的に振る舞い、肩で風を切って繁華街を闊歩(かっぽ)していた強気な面影はすっかり消えうせ、「どうしてこんなことをしてしまったのか」としきりに後悔を口にしているという
事件が起きた北区堂山町はかつて高級料亭が軒を連ねる繁華街だったが、バブル崩壊後は比較的安価なキャバクラやガールズバーが進出し、西日本最大のゲイタウンとしても名高くなった。このまちで青森出身の秋元容疑者がガールズバーを開いたのは数年前のことだ。
仕事熱心で、自ら店の前に立って客引きをし、仕事帰りのサラリーマンを店に連れ込んだ。一方で、従業員らに対して厳しく当たることも多く、女性にも「もっと客取ってこい!」と怒鳴ることもたびたび。別の店で客引きをしていた男性(35)が「まるで家畜に対するように高圧的に振る舞っていた」と表現するほどだった。
客とのいさかいも少なくなかった。ぼったくりと言われるほどの料金設定ではなかったが、支払いをめぐってトラブルになることも時折あったという。そのたびに「俺のケツ持ちはヤクザや」などと恫喝(どうかつ)し、背後に暴力団があるように見せかけ、強引に支払わせていた。客が支払えないときは携帯電話を取り上げ、代金との引き換えにしていたという。
周囲の人は「酒を飲むと凶暴になる」と証言するが、相手によっては態度を変えていたようだ。取引があった酒屋の男性従業員(35)によると、「一緒に飲みに行ったが、おとなしく、礼儀正しい若者だった。うちとトラブルになれば仕入れも難しくなるし、けんかの相手は選んでいたと思う」と話す。
札場さんはそんな男が経営するガールズバーに吸い込まれた。
請求額は5万円足らず
7月2日夜、札場さんは神戸市内の不動産会社での勤務を終え、帰宅の途に。JR大阪駅で下車した後、大阪市都島区の自宅に戻るまでに一杯飲もうと思ったのか、足は堂山町に向いていた。
「お願いします。少しだけ、お付き合いしませんか」。札場さんは、必死にまとわりついてくる客引きに根負けし、ガールズバーに入店した。そこがリングだった。
リングでは女性従業員2人が接客。社交的で酒好きだった札場さんは女性従業員との会話で盛り上がり、酔った。時間を忘れて長居してしまい、気付けば空は白み始めていた。時計の針は入店から約6時間半も経過した午前5時を回っていた。
札場さんに店側が請求した金額は5万円程度だった。決して安くはないが、女性従業員のドリンクも客が支払うシステムが主流のガールズバーで6時間半も長居すれば、ぼったくりと言われる金額でもない。だが、あいにく札場さんには持ち合わせがなく、金額の交渉をするうちに、外で客引きをしていた秋元容疑者が激高した。店内に舞い戻り、札場さんを激しく恫喝し、強引に店外に連れ出すと2階から人気のない6階に向かった。
6階にも飲食店があったが、すでに閉店しており、人はいなかった。秋元容疑者は札場さんが逃げたり、反撃して蹴ったりしないように手慣れたようすで履いていた革靴を脱がせ、ビルの外に投げ捨てると、素手で繰り返し顔面を殴打した。
店内に戻った後、再び暴行を加え、今度は5階に。容赦ない暴行は結局、1時間以上に及んだ。秋元容疑者は午前7時ごろ、ほとんど動けなくなった札場さんを5階の通路に放置して立ち去った。この際、札場さんの財布や携帯電話を持ち去っていた。
ビルの清掃員が通路で倒れていた札場さんを発見したのは午前8時ごろだ。声をかけると、札場さんが反応したため、ただの酔っ払いと思い、救助することはなかった。このとき、札場さんが助けを求めることができていれば…。
札場さんはその後、誰からも見つけられることはなく、3日正午ごろに息を引き取ったとみられる。その2時間後にビルのメンテナンス業者が遺体を発見。顔は腫れ上がり、額は血まみれで、暴行の痕跡が痛々しく残っていた。府警の司法解剖の結果、死因は顔面強打による硬膜下血腫だった。
頭よく楽しいやつだった…
妻と2人の子供を残し、古びた雑居ビルの一角で命を落とした札場さんは、大手保険会社での勤務を経て、現在は不動産会社に務めていた。数年前には会社勤めの傍ら、障害者の自立を支援するNPO法人の理事としても活躍。営業経験を生かして障害者が作った製品の販路開拓に協力するなど社会貢献にも尽くしていた。
大学時代からの友人で飲食店を経営する男性(51)は「頭がよく、楽しいやつだった。周囲にも気を使うことができ、自分の店にも何回かきてくれた。8月にも学生時代の仲間で集まる予定だったが、もう会えないなんて信じられない」と涙ぐんだ。
大阪・キタやミナミで急増するガールズバーでは、札場さんのように料金をめぐってトラブルがたびたび発生している。平成21年には人気お笑い芸人がミナミのガールズバーで退店する際に料金約25万円を請求され、店の従業員を殴りつける騒動を起こしている。
こうした「ぼったくり」まがいの請求をする店は少なくなく、繁華街では、酔客が朝方、女性従業員に付き添われ、コンビニのATM(現金自動預払機)で金を引き出すように迫る光景がよくみられるという。
秋元容疑者はこれまでにも、料金トラブルをめぐって客に暴行を繰り返していた。しかし、客が動けなくなるまでの執拗な暴行はなく、事件後に報道陣が殺到したことに恐怖し、結局、7月6日に出頭。府警捜査1課の調べに対し、大筋で容疑を認めた。
客や従業員に高圧的に振る舞い、肩で風を切って繁華街を闊歩(かっぽ)していた強気な面影はすっかり消えうせ、「どうしてこんなことをしてしまったのか」としきりに後悔を口にしているという