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岡田茂吉医学論基礎編4 (風邪の原理)

2020年09月04日 | 岡田茂吉医学論研究会用

 

 

 


    病気とはなんぞや  感冒

 


 いよいよこれから病気に就いての説明でありますが、現代医学の考え方は人間の体を物質だけと簡単に見まして唯物的な治療を進歩させて来たものですから、どこが大変に間違っているかを次々にかいてみますが、それに就いては先ず実際の病気を取り上げて説明してみる事が最も判り易いことですからそう致します。

 

 先ず、人間がたいてい誰でも経験する病気は風邪でしょう。

ところがこの風邪の原因は医学では今日でも不明とされていまして、近頃やっと発見されましたのがヴィールス(ウイルス)の空気伝染とかアレルギー性によるとか言われています位で、吾々からみますと問題にならない程の説明であります。この説明もその内に意味のないものとなります事は間違いないでしょう。

 

そもそも人間は先天的に種々な毒素を有っています事は医学でも認めています。例えば天然痘、麻疹、百日咳等は元より、まだ知られていない毒素も色々ありましょう。

ところでそれらの毒素は自然に生理作用が起きまして体の外へ排泄されようとします。これを吾々の方では 「浄化作用」 と言います。

 

そして毒素は最初は一旦人体の各局部に集まって溜まります。その場合神経を使うところ程多く集まります。人間が最も神経を使うところと言いますと、それは上半身特に頭脳に近いところです。人間が目の醒めている間、手足は休む事はありましても、頭脳をはじめ目、耳、鼻、口等は少しの休みもありません。

 

としましたら毒素の集まり、溜る場所もそれと同じで肩、頸、リンパ腺、耳下腺付近はもちろんのこと頭脳が主となります。

この様に各部に集溜した毒素は時間が経つにつれて次第に固まります。そしてこの固結がある限度に達しますと今度は排除作用が起きます。

 

という訳でありますからここに自然の恵みを見る事が出来るのであります。何故ならば固結の為、血液の循環(めぐり)が悪くなって頸、肩が凝り、頭痛、頭重、視力減退、耳の鈍聴、鼻詰まり、嗅覚の鈍化、歯槽膿漏、歯牙の劣弱、息切れ、手足の弛緩、腰痛、浮腫等々によりまして活動力が衰えますから、その結果人間は人間としての使命が行えない事となります。

 

そこで造物主は病気という結構な「浄化作用」 を作られたのであります。右のように毒素の排除作用の苦痛が病気であるとましたなら、病気こそ浄血(血を浄める)作用であり、健康上最も必要なものでありまして、神のお恵み中の最大なものといわなければなりません。

 

 故にもし人類から病気を取り除きましたなら、人間は次第に弱って遂には滅びてしまうかも知れないのであります。

 

ところが私は病気のない世界を造るというのでありますから、ちょっと変なことの様に思われるでしょうが、これは意味が根本的に違うのであります。

といいますのは、人間は毒素が無くなれば浄化作用の必要もなくなる訳ですから病気も無くなる事になるのであります。この意味で私はこれから出来るだけ解り易く徹底的に説いて見ましょう。

 

 話は戻りますが、固結毒素 (こけつどくそ=固まった毒素)の排除作用を私は「浄化作用」と名付けましたが、先ず初め風邪を引きますと先に熱が出てきます。

自然は固結毒素(固まった毒素)の排除を出来るだけ簡単に行えるように熱で溶かして液体化させます。この液体化した毒素は速やかに肺に侵入しますが、この作用は実に神秘でありまして、例えば吾等の「浄霊」(これは治療法の名称) によりまして固結毒素を溶解しますと間もなく、液体毒素は肺臓のなかに侵入します。その場合筋肉でも骨でも突貫けてしまうのです。そこで身体の各局部にあります固結毒素 (以下毒結(どっけつ)といいます)が一、二個所位ならば軽い症状で済みますが、局所が増える毎に重くなります。最初軽いと思った風邪が次第に重くなるという事はこういう訳であります。

 

  右のようにして液毒(えきどく=溶けた毒のこと)は迅速に肺臓内に侵入して、薄い場合は痰になってすぐに排泄されますが、濃い場合は一時肺臓内に止まっていて咳というポンプ作用を待って間もなく気管を通じて外部へ排泄されます。咳の後には必ず痰が出るということで判ります。嚔(くしゃみ)の後に鼻汁が出るのも同じ原理であります。

また頭痛、咽喉(のど)の痛み、中耳炎、リンパ腺炎、手足の関節やソケイ腺等の痛みはどれもその部分にあった毒結が容けて出口を求めて動き始めます。それが神経を刺激するからです。

 

そうして液毒(溶けた毒)には濃い薄いが出来ます。濃いのは喀痰(たん)、鼻汁、下痢等になりますが、極く薄いのは水の様になり盗汗(ねあせ)や尿によって排泄されます。この様にして浄化作用というものは、最も自然に合理的に行われるもので、造物主の素晴しい神技に感心しない訳には参りません。

 

 一体造物主つまり神様は、人間を造っておきながら病気などという人間を苦しめ活動を邪魔するようなものを与えられる筈はないのです。常に健康でなければならない筈なのに、人間が間違った考えから毒素を作って溜めるので、仕方がないから排除させる事になるのです。

それが病気でありますから、風邪の場合も何の治療法も行わずに自然に放任して(うっちゃって)おけば完全に浄化作用は行われ順調に治って健康は増すのであります。

この原理によりまして、人間は出来るだけ風邪を引くようにしていれば結核などという嫌な病気は無くなるものであります。

 

ところがどうした訳かいつの頃からか不思議な事にこの浄化作用を反対に解釈してしまいました。そこで発病すると極力浄化を停めようとします。何しろ浄化の苦痛を悪化の苦痛と間違えたのでありますから堪りません。

 

その為に熱を下げようとするのであります。熱が下がれば毒結(毒素の固まり)の溶ける事が停止されますから、咳や痰をはじめあらゆる症状は軽くなったり減ったりします。ちょうど病気が治るように見えるのであります。

 

判り易く言えば、せっかく溶け始めた毒結(毒素の固まり)を元通り固めようとします。その固め方法が医学的治療法であります。

水冷、湿布、薬剤の注射等のすべてはそれであります。全部が固まりますと同時に症状が無くなりますのでこれで治ったと喜びますが、実はせっかく掃除をしようとするその手を押えつけるようなもので、これは事実が証明しています。

 

 

よく風邪がこじれるといいますが、これは人間の体の方は浄化をしょうとしますとそれを止めようとする為でありまして、つまり浄化と浄化停止との摩擦となるので長引くのであります。一旦風邪が治りましても暫くすると必ず再発するのを見ても分るでしょう。

 

だから結果から言えば、医学的治療法とは病気を治す方法ではなくて、治さないで延期させる方法であります。

 

従いまして本当に治るという事は、毒素を体の外へ排泄させて体内が清浄化して(からだがきれいになって)病気の原因がことごとく無くなる事であります。

 

だから本当の医術とは浄化がおこった際、固結毒素をより速く溶かしてより多く体外へ排泄させる事であり、それ以外に本当の治療法はありません。

 

 

 右の原理に就いて一つのたとえをかいてみましょう。例えば借金をしている場合であります。段々に利息も溜まり、期限が来て返済を迫られますので、一時(いっぺん)に払うのはつらいから他(ほか)から利子の付いた金を借りまして、取りあえず返します。するとまた期限が来ましたのでまた借金をして一時逃れをするという具合で、元金(初め借りた金)のほかに利子も段々に増えて請求も厳しくなり、益々返金が出来なくなります。そこで貸主は承知せず差押えや破産の訴えもしますが、ついには返済が出来ないので破産します。

 

つまり風邪もこれと同じで最初の返済期が来た時に苦しくても払ってしまえばそれで済むものを、つらいから借金を増やしても一時のがれをします。それが薬を主とした治療法であります。従って引き延ばす度に薬毒が増えて、遂に一時に請求される事になります。これが肺炎です。

 ところが貸主も相手の一時に支払う能力のない事を考えて緩慢な請求をします。これが結核だと思えばいいのであります。

 

 

 

ここでとても参考になるIn Deep様の記事をご紹介

「風邪の効用」: 一般的な風邪ウイルスが「インフルエンザの気道感染を防ぐ」ことを米イェール大学の研究者が突き止め、医学誌ランセットに発表

 


病気の本質 : ナイチンゲールの「病気とは治る過程である」が見せる江戸時代の医学とのシンクロニシティ。そして太陽フレアも絶好調

 

 

熱を下げてはいけない : 感染症の治癒メカニズムが人体で発動するのは「体温が《38.5℃以上》に上がったときのみ」であることが中国科学院の研究で判明
投稿日:2019年1月19日

 

 

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