カレーライスが嫌いな日本人に、私はまだ出会ったことがない。それほどにカレーライスは国民食であり、各家庭がそれぞれのレシピを持っていると言ってもおかしくないおふくろの味でもある。例に漏れず、私も我が家のカレーライスが大好きだ。余談だが、海上自衛隊では、曜日感覚を忘れないよう、毎週金曜日にカレーライスを供しており、各艦艇でその味を競っているそうだ。ロングステイ中、もし私が食事でホームシックになるとしたら、それはカレーライスか挽き割り納豆ご飯であろう。
さて、タイ語では日本のカレーを「ゲーンカリー」と表記する。これに対し、タイのカレーであるココナッツミルクをふんだんに使ったグリーンカレーは「ゲーンキアオワーン」、赤いパネンカレーは「ゲーンパネーン」、黄色いマッサマンカレーは「ゲーンマッサマン」と言う。話を元に戻すと、私が通うチュラ大の学内マップには、フォークとスプーンのマークで示された学食(Canteen)が15箇所ある。このうち9箇所には足を運んだことがあり、カレーライスを出す店は、私の知る限り2軒ある。日本の味には到底及ばない「なんちゃってカレー」であることは想像に難くないが、たったの40バーツ(約175円)、しかもカツカレーなのだから、文句を言ったらバチが当たるというものだ。なにせバンコクの街中では、ひと皿200バーツ前後はするのだから。
そこで、果敢に日本食に挑戦する学食に敬意を表して(怖いもの見たさとも言う)、この2軒で食べてみることにした。学食カレーライス対決である。まずは政治科学学部(Faculty of Political Science)。ブースには写真付きのメニューが貼り出されており、ポークカツとキチンカツ3種(通常、スパイシー、ホット&スパイシー)から選ぶことができる。辛さの選択肢はない。スパイシーチキンカツカレーを注文したら、写真付きメニューと全く同じものが出てきたので、看板に偽りなし。黄色いルーには固形分が殆どなく、定番のジャガイモや人参は気配がない。タイ米が少しダマになっているのが気にかかる。カレー特有の香りにも乏しく、一口食べてみると、見た目に反して、これっぽっちも辛くない。図らずも母校の生協食堂のカレーライス(当時140円)を思い出してしまった。もし、なんちゃってカレー選手権があったら、似て非なる部門の優勝候補だろう。
次に教育学部(Faculty of Education)へと足を運んだ。こちらはどのブースにカレーライスがあるのか非常に分かりにくい。沢山のタイ料理の中に表示が埋もれていて、しかもポップなタイ文字で書かれているので、見つけるのは至難の業だ。この店を見つけることができたということは、私のタイ語力が向上してきた証なのだろう。カレーの種類は1種類だけで、トッピングはチキンカツ、ポークカツ、魚フライからの選択。今回はポークカツを指定した。タイ米のご飯を皿に盛り、カツを乗せ、鍋からルーをよそって完成したカレーライスを見て、私は嬉しくなった。見ての通り、ジャガイモとニンジンがゴロゴロしている。やはりこうでなくてはいけない。香辛料の香りも仄かにするし、十分ではないが、辛味も感じる。駅の立ち喰い蕎麦屋のカレーライスになら、正面切って喧嘩を売れるレベルにはある。カツカレー対決は教育学部の圧勝であり、私は余すところなく完食したのであった。