風水の世界では
桃の花は陽を取り入れ、陰を遠ざけると言われています。
うちの家の桃の花も開花しました。家の前の桜並木と合わせてこの1週間ぐらいは花見の季節。楽しいです。
●桃源記
晋の時代。ある日、黄道真という漁師が川を上っていくと対岸一面咲き乱れる桃の林に出会う。
さらに上流に上ると洞窟が現れた。
人一人通れるほどの洞窟を漁師はくぐりぬけるとそこにはのどかな村の風景があった。
村人たちは穏やかで明るく何の苦もない平和な村でした。
村人は漁師に気が付き、そして驚いた。漁師はここに来た経緯を村人に話した。
長が言うにはここに下界の人が来たのは数百年ぶりという。
にわかには信じられない話だったが、長の話では、
「祖先は秦のころ、戦乱を避けてここへ移り住んだ。以来外の世界とは一切の関わりを持っていない。今の時代は誰の御世なのか?」
と。
今は晋の時代で、今の世情を話した。
村人は下界の生活にたいそう驚いたが、それを羨ましいとは思わなかったようだ。
数日かのもてなしの後、漁師はその村を後にした。村人は漁師に
「この村でのことは他言無用に願います」
と言い残した。漁師はまた訪れたいと思い、帰り道に印を残し洞窟を抜け、船に乗った。振り返ると今来た道も洞窟も消えていた。
大体このような話です。
諸星大二郎の漫画に桃源記(集英社 コミック地獄の戦士に収録)は描かれています。
●諸星大二郎の桃源記
潜は(黄道真なのだろうか?)淵明と川を遡っている。淵明は今で言うところの知事職を退職し故郷に戻る途中の話となっている。類稀なる才能と食うために知事職を務めてきたがしがらみに疲れ退官したのであった。
潜と淵明が洞窟に入るとそこは鬱蒼とした陰に満ちた林だった。気味悪さを覚えつつ先に進むと突然桃の林に囲まれた村が目の前に広がった。これまで通ってきた陰の林とは縁のないような明るく陽に満たされた村であった。
潜と淵明は村に入っていた。二人に気が付いた村人が驚く。二人はここに来た経緯を村長と村人に事細かく話した。今が晋の世であり、戦乱きわまる。私はそんな世の中が嫌になって職を辞して田舎に戻るところなのだと。
村人は晋という時代も分からず、自分たちがこの村に逃れて以来数百年が経ったことに愕然とする。
村人は二人をもてなし、二人はしばし村で歓迎を受けることになる。
老いた淵明はこの村の穏やかな暮らしが気に入りここに居たいと言う。
若い潜はここの退屈な暮らしは自分に合わない。こんな村でのんびり暮らさずに社会で上を目指すべきだと淵明に言う。
淵明は潜の言うことが手に取るように分かり、自分も若いときはそうだったと説くが潜の耳にその言葉が届くことはなかった。
人生に疲れ果てていた淵明にとって、残りの人生は隠逸がなんであるかを探し、酒をともに語らえればそれでいいと思っていたのだった。
淵明は村人に酒を所望する。村人は酒は村のまつりごと以外に口にはしないと言い出し渋る。淵明は「酒は人生の友。酒がなくて何が楽しみか?」という。
折角のことでもあるし、外様と思い村人は酒を淵明に渡しもてなした。
村人の暮らしに微妙な気配が入り込んだ。
ある日、潜は村人の中の若い娘に引かれる。若い二人は自然とねんごろになり、意気投合する。
娘も若者らしく、この退屈な村の暮らしが嫌で仕方なかった。潜と娘は手を取り合い、村を後にする。
しかし巧くはいかなかった。娘を連れて村を出た潜は陰の林で邪気に満ちた魔物と遭遇する。そこで娘は命を落とすことになる。
村人は娘を連れ出した潜と淵明を非難する。
「二人がこの村に陰を持ち込んだ」
と。淵明は村を追われる。
淵明は潜の跡を追う。そこには魔物を退治した潜がいた。
「先生、まだ分かりませんか?あの村はおかしい。桃の林で陰を取り除いたおかげで村の周りにはそのひずみでこんなに邪気が満ちている。あの村には陽しかない。不自然だ。先生はそれでもあの村がお気に入りなのか?人生に波風は付き物だ。先生は昔はそんな人ではなかったはずだ。」
と淵明を諭した。淵明は困り果てた。確かに潜の言うことはもっともだ。
しかし、
「歳をとり老いた心と体の人間にはもう時がいくらも残っていない。残りの人生は穏やかに暮らしたいのだ。せめて隠逸が分かるまでは・・・」
と潜に話し、潜を見た。
今まで居た潜の姿がどこにもない・・・声がする。
(先生、私たちはいつも一緒だったじゃないですか・・・)
「ハッ!」
我に返るとそこは川の上流の岸であった。入っていったはずの洞窟がどこにもない。それどころか潜の姿も。
「わしは一人で船をこいでここに来たのか・・・」
とつぶやきながらそこを後にした。
陶淵明(とうえんめい。365年 - 427年11月。興寧3年 - 元嘉3年)は、中国六朝時代の東晋末から南朝宋にかけて活躍した漢詩人。名は淵明、字を元亮。または名を潜、字を淵明という。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より。)
諸星大二郎は若い頃の自分と今の自分を一緒に旅することで内なる葛藤を話に持ち込んでこの話の神秘性を強調しています。
陶淵明は士大夫階級の出身者で大貴族階級ではなかったので門閥が将来を決定する南朝政権下にあっては冷遇された「寒門」と呼ばれる下級士族であった。生活のため出仕し産軍にまで上り詰める。
ある日、都のボンクラの督郵が視察に来るから正装して出迎えるようにと下吏に言われ憤慨。
「安月給の上、田舎もんの若造に頭下げるなんざ、ご免被る」と、即日辞職・帰郷したとの話が残っている。
その途中の話をこの桃源記(とうげんき)とか桃花源記(とうかげんのき)にしたのだという。
しかし魯迅などはこの話は陶淵明が記したのではないと言っています。現実家だった陶淵明が魔物や鬼人の出るような話を書くことはありえないというのが根拠のようです。なので作者不明なのですが今から1700年以上も前に魔物は登場しているわけで、こうなってくるとダンテが神曲で描いているような魔王ダンテなどが本当にいたかもしれないし、各地の遺跡に残る飛行機の画など、昔は昔で結構文明が進んでいて、今の文明は一度先祖は経験しているのかも知れませんね。
そんなわけでうちの家には風水で言うところの鬼門の方向に桃の木を植え陰を遠ざけ陽をうちに閉じ込めることをしているわけです。
しかし住人は大病もしているし、なんら桃の花が陰を遠ざけた形跡はありません。
効果のほどは分かりませんが少なくとも春の花の頃は愛でる楽しみがあります。桜の花より濃い花の色は私の心を豊かにしてくれていることは間違いありません。
桃の花は陽を取り入れ、陰を遠ざけると言われています。
うちの家の桃の花も開花しました。家の前の桜並木と合わせてこの1週間ぐらいは花見の季節。楽しいです。
●桃源記
晋の時代。ある日、黄道真という漁師が川を上っていくと対岸一面咲き乱れる桃の林に出会う。
さらに上流に上ると洞窟が現れた。
人一人通れるほどの洞窟を漁師はくぐりぬけるとそこにはのどかな村の風景があった。
村人たちは穏やかで明るく何の苦もない平和な村でした。
村人は漁師に気が付き、そして驚いた。漁師はここに来た経緯を村人に話した。
長が言うにはここに下界の人が来たのは数百年ぶりという。
にわかには信じられない話だったが、長の話では、
「祖先は秦のころ、戦乱を避けてここへ移り住んだ。以来外の世界とは一切の関わりを持っていない。今の時代は誰の御世なのか?」
と。
今は晋の時代で、今の世情を話した。
村人は下界の生活にたいそう驚いたが、それを羨ましいとは思わなかったようだ。
数日かのもてなしの後、漁師はその村を後にした。村人は漁師に
「この村でのことは他言無用に願います」
と言い残した。漁師はまた訪れたいと思い、帰り道に印を残し洞窟を抜け、船に乗った。振り返ると今来た道も洞窟も消えていた。
大体このような話です。
諸星大二郎の漫画に桃源記(集英社 コミック地獄の戦士に収録)は描かれています。
●諸星大二郎の桃源記
潜は(黄道真なのだろうか?)淵明と川を遡っている。淵明は今で言うところの知事職を退職し故郷に戻る途中の話となっている。類稀なる才能と食うために知事職を務めてきたがしがらみに疲れ退官したのであった。
潜と淵明が洞窟に入るとそこは鬱蒼とした陰に満ちた林だった。気味悪さを覚えつつ先に進むと突然桃の林に囲まれた村が目の前に広がった。これまで通ってきた陰の林とは縁のないような明るく陽に満たされた村であった。
潜と淵明は村に入っていた。二人に気が付いた村人が驚く。二人はここに来た経緯を村長と村人に事細かく話した。今が晋の世であり、戦乱きわまる。私はそんな世の中が嫌になって職を辞して田舎に戻るところなのだと。
村人は晋という時代も分からず、自分たちがこの村に逃れて以来数百年が経ったことに愕然とする。
村人は二人をもてなし、二人はしばし村で歓迎を受けることになる。
老いた淵明はこの村の穏やかな暮らしが気に入りここに居たいと言う。
若い潜はここの退屈な暮らしは自分に合わない。こんな村でのんびり暮らさずに社会で上を目指すべきだと淵明に言う。
淵明は潜の言うことが手に取るように分かり、自分も若いときはそうだったと説くが潜の耳にその言葉が届くことはなかった。
人生に疲れ果てていた淵明にとって、残りの人生は隠逸がなんであるかを探し、酒をともに語らえればそれでいいと思っていたのだった。
淵明は村人に酒を所望する。村人は酒は村のまつりごと以外に口にはしないと言い出し渋る。淵明は「酒は人生の友。酒がなくて何が楽しみか?」という。
折角のことでもあるし、外様と思い村人は酒を淵明に渡しもてなした。
村人の暮らしに微妙な気配が入り込んだ。
ある日、潜は村人の中の若い娘に引かれる。若い二人は自然とねんごろになり、意気投合する。
娘も若者らしく、この退屈な村の暮らしが嫌で仕方なかった。潜と娘は手を取り合い、村を後にする。
しかし巧くはいかなかった。娘を連れて村を出た潜は陰の林で邪気に満ちた魔物と遭遇する。そこで娘は命を落とすことになる。
村人は娘を連れ出した潜と淵明を非難する。
「二人がこの村に陰を持ち込んだ」
と。淵明は村を追われる。
淵明は潜の跡を追う。そこには魔物を退治した潜がいた。
「先生、まだ分かりませんか?あの村はおかしい。桃の林で陰を取り除いたおかげで村の周りにはそのひずみでこんなに邪気が満ちている。あの村には陽しかない。不自然だ。先生はそれでもあの村がお気に入りなのか?人生に波風は付き物だ。先生は昔はそんな人ではなかったはずだ。」
と淵明を諭した。淵明は困り果てた。確かに潜の言うことはもっともだ。
しかし、
「歳をとり老いた心と体の人間にはもう時がいくらも残っていない。残りの人生は穏やかに暮らしたいのだ。せめて隠逸が分かるまでは・・・」
と潜に話し、潜を見た。
今まで居た潜の姿がどこにもない・・・声がする。
(先生、私たちはいつも一緒だったじゃないですか・・・)
「ハッ!」
我に返るとそこは川の上流の岸であった。入っていったはずの洞窟がどこにもない。それどころか潜の姿も。
「わしは一人で船をこいでここに来たのか・・・」
とつぶやきながらそこを後にした。
陶淵明(とうえんめい。365年 - 427年11月。興寧3年 - 元嘉3年)は、中国六朝時代の東晋末から南朝宋にかけて活躍した漢詩人。名は淵明、字を元亮。または名を潜、字を淵明という。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より。)
諸星大二郎は若い頃の自分と今の自分を一緒に旅することで内なる葛藤を話に持ち込んでこの話の神秘性を強調しています。
陶淵明は士大夫階級の出身者で大貴族階級ではなかったので門閥が将来を決定する南朝政権下にあっては冷遇された「寒門」と呼ばれる下級士族であった。生活のため出仕し産軍にまで上り詰める。
ある日、都のボンクラの督郵が視察に来るから正装して出迎えるようにと下吏に言われ憤慨。
「安月給の上、田舎もんの若造に頭下げるなんざ、ご免被る」と、即日辞職・帰郷したとの話が残っている。
その途中の話をこの桃源記(とうげんき)とか桃花源記(とうかげんのき)にしたのだという。
しかし魯迅などはこの話は陶淵明が記したのではないと言っています。現実家だった陶淵明が魔物や鬼人の出るような話を書くことはありえないというのが根拠のようです。なので作者不明なのですが今から1700年以上も前に魔物は登場しているわけで、こうなってくるとダンテが神曲で描いているような魔王ダンテなどが本当にいたかもしれないし、各地の遺跡に残る飛行機の画など、昔は昔で結構文明が進んでいて、今の文明は一度先祖は経験しているのかも知れませんね。
そんなわけでうちの家には風水で言うところの鬼門の方向に桃の木を植え陰を遠ざけ陽をうちに閉じ込めることをしているわけです。
しかし住人は大病もしているし、なんら桃の花が陰を遠ざけた形跡はありません。
効果のほどは分かりませんが少なくとも春の花の頃は愛でる楽しみがあります。桜の花より濃い花の色は私の心を豊かにしてくれていることは間違いありません。