今回は、国民の働き方が大きく変化した様子を見ます。
18世紀後半に、英国の綿工業の隆盛から産業革命が始まりました。
紡績機の動力に蒸気機関が使われ始め、人力に頼る必要が無くなり、様々な工夫発明が機械による大量生産を可能にしました。
生産増は物流の発展を促し、運河・鉄道の建設、蒸気機関車や蒸気船などの開発により交通網が発達した。
また、コークスの発明により大量生産が可能になった製鉄や相次いで発明された化学薬品が、産業と生活をより向上させて行きました。
英国の貿易額は世界の1/3を占めるまでになり、1820年、一人当たり実質GDPは主要56ヵ国でトップになり、日本の2.5倍になっていました。
なぜ英国で起きたのか?
英国議会は、17世紀末に権利の章典で、議会の議決が王の権利を制限することに成功していた。
議会は、産業や商業の発展を促すことになる土地の私有や特許権などを相次いで定めた。
これらは富裕層に有利ではあったが、囲い込みによる農地の大規模化と農業改革、次いで産業革命へと向かう起爆剤となった。
この間に、農業の生産性が上がり、弾き出された人々は都市部に吸収され、工業やサービス業が興隆し、資本家の役割が増大した。
しかし百年もすると隆盛に陰りが見え、19世紀末には生産高で資源国の米国に抜かれた。
一番大きな理由は、二世企業家らが新技術の採用や投資への意欲を失くした事でした。
また国内で増大した資金が米国等の海外投資に向かうようになったことも一因でした。
「濃い灰色の部分が『その他の国内資本』を示す」<ピケティ21世紀の資本論>より
赤枠が産業革命期、茶枠が二つの大戦期を示す。
産業革命期に年間所得に比べ農地の価値が急激に減少し、その他の国内資本(設備や資金か)が増えていった。
この国内資本は年平均4~5%の所得(利子など)をもたらすので、事故でも無い限り増え続ける。
二つの大戦期の破壊で激減し、復興によりまた拡大している。
「富裕層の上位から1%と10%の人々が所有する英国総ての富の割合を示す」
<ピケティ21世紀の資本論>より
産業革命以前から、大戦が始まる前まで、富裕層の富は増え続け、経済格差は広がり、1%の人が70%の富を所有するようになった。(初期の富裕者は大規模農地所有者か)
労働者に何が起きたのか?
農業人口は減り、工業人口が増え、都市部に人口が集中するようになった。
産業技術や設備、金融資本が労働の種類と対価を左右するようになり、これらを所有する人々が新たな富裕層になり、経済格差が拡大した。
次回に続きます。