Catch the words

from Shizuoka/name is "slide"

哲学者

2015-10-23 | Weblog
川沿いの道を上っていくと
美しい鳥の哲学者

一本道にも
一本足にも
掟以外の眼差し

知っている
それだけじゃないって

記憶が消えてしまうくらいなら
少しでもしたためる

眠るくらいなら
欠伸をするくらいなら
そんなことよりずっと

川沿いの道を上っていく
哲学者のように







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一羽の鷺に

2015-10-23 | Weblog
10月23日、金曜日。
午前11時31分。
晴れ。


薄い雲がベールのように広がっています。
雲の向こう側には、水色の空が見えます。
烏がお喋りしている声が聴こえてきます。
飛行機が飛んでいく音も
ゴォーと、聴こえます。


烏さんは、何をお喋りしているかな?
ずっと烏が仲間同士で
カァカァと言っています。
何があったのかな?
気になってしまう、へんな人な僕です。


生き物達の仕草や行動は
気になってしまいます。


そんなに急いで何処に行くのかな?(蟻)…とか
その行列の先には、何が?(蟻)…とか
目をつぶって風の匂いをかいで
何が想像できるの?(犬)…とか
いつの間にかひょっこり現れて、いつの間にか去っていくけど
家はどこなのかな?(猫)…とか
一羽で
ジーッと静かに佇んでいるけど
何を思っているのだろう?(白鷺)…とか


挙げたら、きりがないくらい
沢山ある
気になる生き物達の行動や仕草です。
みんな可愛いです。
いや、白鷺は
可愛いのとは、ちょっと違うなぁ。


白鷺は
川岸や、中州や、田圃で
一羽だけで立っていたりする姿をみていると
視線だけでなく
僕の心の方まで
白鷺の姿に釘付けになります。


白鷺さんが
『だるまさんがころんだ』で遊んだら
絶対に負けることがないだうなぁ…と思うような
あの静止画のような
時間が止まったような世界。


姿だけでなく
白鷺の心、スピリットの方も
気になります。
ゴイサギも、クロサギも。


そんな風景や生き物達を思い出した
烏さんの、かしましいお喋りでした。
今はもう聴こえません。


『お昼、どこ食べにいく?』
『神社の裏の丘が良いな』
『何言ってんだ、この季節は田圃に決まってるじゃん』
…かな?(そんなわけないけど)
勝手に想像してしまう僕です。


部屋で(来客中で、自室に控えています)
独身で、もちろんの子なし、恋人なしで
頭のネジがゆるゆるで
何をするにもスローテンポで
秋の花粉症で、毎日、
カトちゃんのクシャミをしているような僕が


烏のお喋りに耳を澄ましたり
空をボ~っと眺めて
白鷺の姿を思い出していたり…


ネジがゆるすぎだね。
そりゃあ、独身だ、無理もない。ウン。


…と、我ながら思います。
変わり者だもんな。
僕の周りに、こんな人間いないです。
多分、浮いてます。(>_<)


でも、問題なのは
未だに独身なことは、特に哀しくも
淋しくも思ってないのです。
本当に。


普通は、独身者だったら
『寂しい』とか『不安』とか言って
グチをこぼすのかもしれませんね。
女性だったらなおさら。


でも、僕はそれがないのです。
淋しくもないし(実家住まいだからかな)
不安もない。
もしも淋しくなっても
絶対に、人には、誰にも言わないだろう。


将来の不安は全くゼロではないけど
思い悩むほどでもなくて…
僕は、本当に変わり者なのだろうな…。


時々、人に結婚しているかとか
訊かれると
気まずくなったり(←上手くかわす話術なし)
結婚しなきゃいかんのかな?
…と、思ってしまうこともあるけどね。(>_<)


僕の頭の中は、全く
このブログ
このまんまです。


生き物達や草花や木々や
ピアノや音楽や絵
ブラタモリや心旅やテレビやラジオや
お気に入りのビル、綺麗な風景
長閑な風景
心の琴線に触れる風景


袖すれあうも何かの縁な人々
会いたい人
会えない人
これから出会っていく人
いつも一緒にいる人(僕の場合家族だね)
皆が幸せだと良いな

平和が良いな


こんなもの達で占められています。
みんな
大好きなものばかりです。^^



すっごい変わり者の僕は
こんな風に
みっともないくらいに、ゆるゆると
自分の好きなものだけ眺めて
生きているみたい。



お客さん、帰ったようです。
では、お昼ご飯、食べます。
良い日を!
(詩はまたに)







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喜び

2015-10-23 | Weblog
喜び
怒り
哀しみ
楽しみ

せっかく
人間なに生まれたのだから

喜べ
怒れ
哀しめ
楽しめ

ひとつ
ひとつを
掬いあげ

にっこり笑って
目を閉じて
この世界の素晴らしさを
したためる

それこそが
喜び







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鳥せつ

2015-10-22 | Weblog
10月22日、木曜日。
午前3時31分。
星空。


30分くらい前、外へ出て
母と2人で僅かな時間
オリオン座流星群を観ようと眺めていたけど
残念ながら流星は観られませんでした。


流星は全く観られなかったけど
でも、いつもの星空はそこにあり



…と、ここまで書いて
眠り込んでしまいました。
たった今は、午前10時53分。
もうすぐ11時です。


今日は寝坊して(休みです)
10時頃、来客があって
やっと起きた次第です。
寝起きのすぐで、お客さんと会ったという…僕って
なんて失礼な人間なんだろう。(ノ_<)


パジャマでなくて、私服で眠り込んでいるので(万が一に備え)
目さえパッチリ開ければ
お客さん対応が可能なのです。


おばあちゃんに何かあっては…ということで
隣で眠っているのだけど
こうやって眠り込んでいるので
万が一に備えられているのか分からないのだけどね…(-.-;)
万が一がないことを祈るのみです。


昨日、ラジオを聴きながら
自分の部屋で服を畳んだり、収納したりの作業をしていたのだけど
『トリセツ』
という言葉が耳に入ってきました。


『トリセツ』
…とは、何ぞや?


謎の言葉でした。
でも、頭のネジがゆるゆるな僕は思い出したのです。
1,2週間前、やっぱり『トリセツ』という言葉を聞きかじり
母に、『トリセツって、何?』と
質問してみたことを。


母は、いつもの声で
『取り扱い説明書』
と、即答でした。


そんなやりとりがあったことも
頭のネジがゆるゆるなせいで
すっかり忘れていて
又、『トリセツって、何?』
と、謎の言葉にラジオの前で『???』となっていたのだけど…


取り扱い説明書か。
それも、家電などのではなくて、
人間の取り扱い説明書なのだねぇ。


最近は、新聞は読んでも
テレビ欄と、政治欄とコラムくらいしか読まないし
雑誌は全く読まないし
テレビも、お気に入りのを録画されたものを観るだけで
あとは、部屋にいる時はラジオなどから


世の中の情報源は少なく
浦島太郎さん的な僕なので(だと思う)
トリセツの説明を聞いたら
『なるほどなぁ』と
面白いなぁと思いました。


人と接する時に
その人はどんな人かを知るのは大事なことだよね。
何が好きで
苦手で
どんな長所があって何が得意で


その人に何をすると怒らせてしまうかとか
何をすると喜んでしまうとか
より良い関係で居られるのか
などなどのエトセトラを知るのは
すっごく大事だなぁ、と思った
『トリセツ』でした。


美味しい焼き鳥屋さんの名前のようだね
トリセツ。


そういえば、昨晩の晩ごはんには
母が焼いた焼き鳥がありました。
絶妙な偶然ですね。


家族や、友人の、周りの人々のトリセツ
あったら、楽しそうですね。
僕のトリセツは何だろうな?
作ってみたくなりました。^^



階下で声がします。
姉①が来てくれたようです。
今日は、姉も休みだそうで
午前中に来てくれると母が行っていました。


ほぼ毎日、おばあちゃんの様子を看に来てくれます。
ありがたいです。


では、手伝いにいってきます。
詩は、またに。
晴れた空です、良い日を!







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窓の向こうに

2015-10-21 | Weblog
10月21日、水曜日。
午前6時48分。
晴れ。


まだ、太陽が見えない時間帯です。
でも、もう空は明るく
1日の始まりの光がささやかに輝いています。
ホッとする時間帯です。



一昨日の『life goes on』という記事を読み返して
思い出したのだけど
運動会で『オブラディオブラダ』をダンスしたのは
小学校ではなく、幼稚園だったかもしれません。


…って、小学校でも幼稚園でも
どっちでも良いか?
ちょっと違っていたかもなので
ちょっと訂正してみました。f^_^;


…って、
また、どうでもいい情報を綴ってしまったかな。
申し訳ないです。m(_ _;)m



自分自身が書いた記事を
投稿後に読み返してみることをよくするのだけど
『そういえば、ああだった』とか
『あんなこと言っていたなぁ』とか
読み返していると
記憶の中に眠っていた風景を、思い出すことがあります。


今回も、オブラディオブラダのことを書いて
詩を綴って
自分で書いたフレーズの


『出会った人は
数えきれないほどいる

すれ違うだけの人
言葉を交わしたことはなくても
お顔は知っている人
言葉を交わしたことがある人
親しくなった人
かけがえのない人』


を、読み返して
今まで出会った人達を思い出してみました。
記憶の中に眠っているような風景と共に、


幼稚園にあがる前の風景
幼稚園の先生
クラスメイト、園庭の木々から


幼い頃の家族だけの世界から
家族以外の人と出会ったり、関わり合ったりの日々は始まり
今日まで
色んな人と出会ってきたなぁって。
詩を綴っていた時も感じたけど
改めて思いました。



僕は昔から
内向的を通り過ぎて
また新たな分野があるのではないか?と思うくらい


兎にも角にも
幼い頃から、気が付いたら
教室の隅っこタイプの筆頭のような僕でね


大人しいだの、静かすぎるだの
昔から人には色んな感想を持たれるようで
教室の隅っこタイプが経験することは数々あるけれど


それくらいの、かなり内向的な僕でも
出会ってきた人は
『袖すれあうも何かの縁』です。
沢山います。


でも、かなり重症なくらいの内向的な性格に生まれついた僕は
数えきれないくらいとは書いたけど
多分
普通の人と比べたら
出会った人の数は、相当、少ないのだろう。


でも、僕が振り返る僕の人生では
色んな人と出会ってきたと思います。
最初に出会ったのは、両親。
そこから始まり…


家族、友人、親戚
近所の人達、クラスメイトや職場の人達
上司や先輩


間接的な関係の人達も
職場で出会う、話したことはないけど
お顔を知っている人(お客様とか)
よく行くお店の店員さんとか


コンサートやライヴ、スポーツ観戦などで
隣り合わせになる人達
歌ってくれたり
演奏してくれたり
音楽や個性や芸術をパフォーマンスしてくれる人達


レストランで、銀行で、郵便局で
ホームセンターで、役所や病院、薬局で
駅で、交番で、コンビニで…
色んな場所で出会う人、人、人。
(恋人の名がないのは…ドンマイです)


袖すれあうも何かの縁
数えきれない出会い。
それは
幸せなことです。


『静かすぎる!』
…と言って、叱られた超内向的な僕と比べたら
世の中の普通の人達は
出会い=幸せが
沢山、あるはずだから、そんな出会いを
たいせつにしてほしいなと思います。


出会いは素晴らしいことだと
間違いなく、奇跡だと
詩を読み返して
改めて、思いました。


丸い大きな円が、縁が
みんなが
輝いていますね。^^












『窓の向こうに』

小さくても
大きな、大きな、まる

始まりと終わりが繋がって
始まりと終わりがなくなってしまう
永遠の印
まる

空に、時々
こっそり
指で描いてみるんだ

この世界の片隅で
魔法の言葉を書くように
幸せがそこにあるように

窓の向こうに








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