1001タイ映画、千夜一画 

タイ映画またはショートフィルム他で心の琴線に触れたアーカイブ。

Nang-Naak 商業用ホラー映画として一定の水準だが・・映画よりもオペラ、それも実際のほうが

2005-04-30 23:54:32 | タイ映画
タイの伝説的ホーラとして有名な「ナンナーク」の幽霊の物語を知ったのがオペラでの公演だった。何気なくタイ文化会館で公演しているソムタオ氏が音楽総監督・指揮の同公演を聴いて興味をもってすぐに財団法人バンコク・オペラにソムタオ氏に会いにいったほどで気さくな彼と即興演奏を始めるまで時間がかからなかった。ソムタオからナンナークの譜面とCDをもらってよく聴いていたのでどうもフォークロアな「ナンナーク」というイメージはない幸運な出会いかもしれない。彼自身はこの曲を書く前に出家して僧侶生活を経験したほどで、この作品にかける情熱がよくわかる。タイの男子は出家するのが当然と思われているが、外国で育ってケンブリッジ卒という経歴だから「こういう機会でもないと__」と今度ウゲツモノガタリと話題が飛ぶ。いままでにいろいろなナンナークの作品をみたが、ソムタオのオペラ作品の水準を超えるものはない。

今回の「ナンナーク」も国際映画市場を意識した、怖くないホラー映画として一定の水準であることは間違いない。デイズニーランドのアトラクションのようなお化け屋敷空間ではあるが、熱帯の暑さ、キンマの臭い、運河の生臭さ、心地よい夕方の風など表現はハリウッド映画的な公式に当てはめたという感じは拭えない。タイ人でなければ表現できない恐怖作品で国際的な支持を得る作品というのを思うとソムタオの作品はジャンルを超えて群を抜いているし、世界的なホラー推理小説家でもあるソムタオが低予算で表現したあのオペラの空間世界はまさに奇跡だったのかもしれない。ソムタオ自身も「ドラゴン_フィン_スープ」とい新作の短編がフランスの映画会社が映画されるそうで楽しみだ。「バンコクの中華街のヤワラーには龍の鰭スープを食べさせるレストランがある」という不思議な国のレストランだ。今度またこの話を聞いてこよう。

Remark;映画「Nang Nark」のビデオを観ていたらリモートが何もしないのにカタカタと音を立てて動いた。戦場の夫を待つ身ごもったナークの死を拒否した精神的な愛霊の強さは未だに衰えない。


ナン・ナークの墓ツアー

映画「ナン・ナーク」の事を書いてから気になっていたナークの寺へ行って来た。
正式の寺院名は「ワット_マハブット」という格好がいい名称だが、タクシーでワット_メーナークというと直ぐに連れて行ってくれた。何の変哲もない汚い寺だがいまでも午前3時にはナークのピーが出没するという噂。タイの一般の寺院というのは荘厳でもないし、庭が掃き清められているわけでもなく公民館のような、いわば集会場兼焼き場もある公共施設でだれもが自由に立ち入ることができる非排他的な場である。しかし、この有名な伝説のナークの霊を祀っている墓としてはスタバのようにもう少しインターナショナル_スタンダードの環境作りという概念を導入すべきだと思うが、こういうことを考えているのはタイ語がいつまでも上達しない原因だと頭のモードを切り替える実験をしてみた。日本語でも料金表の「大人」と「小人」の後者の読み方が解らないし、あまり頭で理解しようと思わないで、タイ語の空気に触れることから初めてみた。そう発想を転換すると、いままで汚いと思っていた景色が意味のあるように思われてくるから不思議だ。

ナークを祀っている不思議な仏像にも似た像は黒髪のカツラを被せられ、表面は信者に金箔を張られ、伝統的な女性の衣装をまとった姿で本当に怖いのはこの像だろう。そして艶かしいタイ香水やら下着、生理製品などが持ち込まれている寺院の別棟は異様な空間である。そしてゴミためで妊娠している乞食女が普通のおばさんに何やら講釈を垂れているのだが、良く聞いてみると「宝くじ」の番号予測を教えて生計をたてているようだ。運河のほとりにはこれも汚い占い師達が軒を競っているが、運河に近い占い師ほど人気が高くいつまでも並んで順番を待つ姿が午後の風景だ。そして私が一番気に入ったもの。ひっそりと豆電球を電子回路で点灯させる電機じかけのタイ産仏教寺院御みくじ販売機がこの古典ホーラー伝説世界へ入る小道具かもしれない。

ナンナークに関しては英語だけどこのサイトが詳しいかな。
http://www.thailandlife.com/nangnak.html

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