08年、2月10日。
瑞江の「HOT コロッケ」にて、無事に時代屋のライブが行われました。
今回はエレキバンド2グループの後での登場でした。
1番目は、今回我々をライブに誘ってくださったマッキーさんやleafさんのバンド「ザ・DANNA」が、いつもながらの楽しい楽曲を披露。
楽しく親しみやすい自作曲の間にビートルズナンバーをまぜての、熱演でした。
2番目は「M・MOS」というベンチャーズ・コピーバンドで、なんと20名以上ものお客さんを動員!
仲間同士の宴会的な大盛り上がりで、60年代の懐かしいヒット曲が次々と登場。ライブ後には「M・MOS」のアンコールを求める声が飛び交う熱気。
その中をアコースティックギターでステージに立つことになった我々は完璧に「アウェイ」状態でした(爆)。
演奏予定の自分らの楽曲との場をつなぐために、アドリブでピンキー&キラーズの「恋の季節」あたりでも弾き語りで歌おうか・・と覚悟したくらいでした(笑)。
ともあれ、3番目に我々のライブが行われ、我々の後の4番目には、ピアノ弾き語りの凛音さんが登場。
彼女にとって、あの場に弾き語りで出るのは、相当勇気が必要だったでしょう。
密かに心の中でエールを送ってた私。
目の前にねもさんやyukiさんが座ってくれたおかげで、だいぶ私は救われました。
時にはまるで保護者のような(爆)暖かさで見守って応援してくれてる感じがしました。どれだけ心強かったことか・・。
もし、お2人が来てくれてなかったら、どうなっていたかなあ。
きっと心細く、寂しかったと思います。
アウェイの中での数少ない味方って感じで、こんな時って大感激なのです。
「よし、今日はこのお2人のために頑張ろう!」と思い、気合が入りました。
あの雰囲気の中、時代屋は3人ともかなりテンパっており、アラが目立つ出来だったのが、クヤスイ。
でも、ライブ後に、yukiさんやねもさん、そしてマッキーさんのお友達の女性が私に近寄ってきてくれて、ウレシイ言葉をくれたのは、すご~く嬉しかったです。
どうもありがとう!
フルメンバーでの「時代屋の通常のライブ」は、今の段階では予定はありません。
年内に(まだ2月だけど)もう1回くらいやれたらいいなあ・・とバクゼンと思ってるくらいです。
この日、15年くらい前の水道橋のライブハウスのオールナイトライブでのことを思い出してしまいました。
当時バンドを活動停止させていた私とジャン君は、アコギ2台でそのライブに参加したのでした。
ノリノリのロックバンドや疾走するロカビリーバンドが次々に登場し、場内を盛り上げた後に、アコギ2台でステージに立つことになった我々は、お客さんのシラ~~~~ッとした視線の中で、洋楽楽曲を歌い始めたのでした。
確か、ボブ・ディランの「アイ・シャルビー・リリースト」、ニール・ヤングの「孤独の旅路」、イーグルスの「テキーラ・サンライズ」などを歌ったのでした。
ところが、歌い終っても、シ~~ン。
まばらな拍手すらもこない有様。
その時、我々が歌ってる間、客席からは「バンドを出せ!」という声も聞こえました。
当時はまだまだ「アコギはダサイ」みたいな風潮が根強かった時代でした。
アンプラグドで、少しずつアコギの復権はあったものの、まだ今ほどの浸透ではなかった時代でした。
でも、本当は、そういう雰囲気の場所でも、拍手をもらえるように自分らを高めていかなきゃいけないのですよね。甘えててはいけないのです。
また、この時は、練習が今よりいいかげんだった・・ってのも、いけなかった。
はっきりいうと、知らず知らずのうちに我々はアコギをナメていたのかもしれないのです。自分ではそんなつもりはなくても・・ネ。
そのライブの帰り道、うちひしがれた我々は「もうアコギユニットは、やめよう」と2人とも暗黙で了解し、その後ライブ活動の長いブランクに入ったのでした。
バンド以外での人前での演奏は考えられない・・そんな思いでいました。
実は・・・アコギユニットをやってる現在ではありますが、その時のトラウマや傷は今も心のどこかにくすぶっています。
怖い・・みたいな。
ただ、それをいつまでも引きずっていてもしょうがない。
今我々が時代屋というアコギユニットをやってるのは、その時のトラウマを払拭するための旅みたいなものなのかもしれません。
でも、今回は、わずかでも味方がいてくれましたし(嬉しかった)、15年前とは違って練習も少しはしてたので、15年前のようなことにはならずにすんだと自分では勝手にそう思っています。
そういう意味では、今回は良い体験になりました!
心を鍛えるためにも。
誘ってくださったマッキーさん、出演者の皆さん、お店のスタッフの皆さん、そして会場に来てくださった皆さん、本当にありがとうございました。
勉強にもなりましたし、いい経験にもなりました。
08年2月10日、瑞江「HOT コロッケ」でのライブでの、我々「時代屋」の演奏メニューは以下の通りです。
1、マスコミランニング・It`s OK!?
作詞・作曲・歌 だんぞう
2、風の礼文島
作詞・作曲 だんぞう
歌 miya
3、日々是決戦
ケメ(佐藤公彦)の曲のカバー
歌 ジャン
4、やさしくうたって
ケメ(佐藤公彦)の曲のカバー
歌 だんぞう
5、精霊の街
作詞・作曲 だんぞう
歌 miya
6、トゥ・マイ・ハート(旧題「関係ないサ」)
作詞・作曲 ジャン&だんぞう
歌 ジャン
7、ありがとうが言えなくて
作詞・作曲 だんぞう
歌 miya
この日の1曲めに歌った「マスコミランニング イッツOK!?」は、私が昔組んでたバンドの定番曲の一つでした。
ジャン君はアコギユニット「時代屋」を組んでからも、バンド時代の彼の楽曲を時代屋に次々と持ってきてましたが、私はバンド時代の曲は一切「時代屋」には持ちこみませんでした。
バンド時代にやれなかったタイプの曲を時代屋ではやろうと思っていたからでした。
バンド時代と、今のアコギユニットとでは、自作曲の作りかた・・というか、作風が若干違うのです。だから、時代屋には合わないような気がしてました。
ある意味、私は「頑なに」バンド時代の自作曲を封印してた感もあります。
でも、今回は、アコギユニットを組んでからは初めて、バンド時代の曲の封印を1曲だけ解きました。
それが「マスコミランニング、It`s OK?!」という曲でした。
瑞江の「HOT コロッケ」にて、無事に時代屋のライブが行われました。
今回はエレキバンド2グループの後での登場でした。
1番目は、今回我々をライブに誘ってくださったマッキーさんやleafさんのバンド「ザ・DANNA」が、いつもながらの楽しい楽曲を披露。
楽しく親しみやすい自作曲の間にビートルズナンバーをまぜての、熱演でした。
2番目は「M・MOS」というベンチャーズ・コピーバンドで、なんと20名以上ものお客さんを動員!
仲間同士の宴会的な大盛り上がりで、60年代の懐かしいヒット曲が次々と登場。ライブ後には「M・MOS」のアンコールを求める声が飛び交う熱気。
その中をアコースティックギターでステージに立つことになった我々は完璧に「アウェイ」状態でした(爆)。
演奏予定の自分らの楽曲との場をつなぐために、アドリブでピンキー&キラーズの「恋の季節」あたりでも弾き語りで歌おうか・・と覚悟したくらいでした(笑)。
ともあれ、3番目に我々のライブが行われ、我々の後の4番目には、ピアノ弾き語りの凛音さんが登場。
彼女にとって、あの場に弾き語りで出るのは、相当勇気が必要だったでしょう。
密かに心の中でエールを送ってた私。
目の前にねもさんやyukiさんが座ってくれたおかげで、だいぶ私は救われました。
時にはまるで保護者のような(爆)暖かさで見守って応援してくれてる感じがしました。どれだけ心強かったことか・・。
もし、お2人が来てくれてなかったら、どうなっていたかなあ。
きっと心細く、寂しかったと思います。
アウェイの中での数少ない味方って感じで、こんな時って大感激なのです。
「よし、今日はこのお2人のために頑張ろう!」と思い、気合が入りました。
あの雰囲気の中、時代屋は3人ともかなりテンパっており、アラが目立つ出来だったのが、クヤスイ。
でも、ライブ後に、yukiさんやねもさん、そしてマッキーさんのお友達の女性が私に近寄ってきてくれて、ウレシイ言葉をくれたのは、すご~く嬉しかったです。
どうもありがとう!
フルメンバーでの「時代屋の通常のライブ」は、今の段階では予定はありません。
年内に(まだ2月だけど)もう1回くらいやれたらいいなあ・・とバクゼンと思ってるくらいです。
この日、15年くらい前の水道橋のライブハウスのオールナイトライブでのことを思い出してしまいました。
当時バンドを活動停止させていた私とジャン君は、アコギ2台でそのライブに参加したのでした。
ノリノリのロックバンドや疾走するロカビリーバンドが次々に登場し、場内を盛り上げた後に、アコギ2台でステージに立つことになった我々は、お客さんのシラ~~~~ッとした視線の中で、洋楽楽曲を歌い始めたのでした。
確か、ボブ・ディランの「アイ・シャルビー・リリースト」、ニール・ヤングの「孤独の旅路」、イーグルスの「テキーラ・サンライズ」などを歌ったのでした。
ところが、歌い終っても、シ~~ン。
まばらな拍手すらもこない有様。
その時、我々が歌ってる間、客席からは「バンドを出せ!」という声も聞こえました。
当時はまだまだ「アコギはダサイ」みたいな風潮が根強かった時代でした。
アンプラグドで、少しずつアコギの復権はあったものの、まだ今ほどの浸透ではなかった時代でした。
でも、本当は、そういう雰囲気の場所でも、拍手をもらえるように自分らを高めていかなきゃいけないのですよね。甘えててはいけないのです。
また、この時は、練習が今よりいいかげんだった・・ってのも、いけなかった。
はっきりいうと、知らず知らずのうちに我々はアコギをナメていたのかもしれないのです。自分ではそんなつもりはなくても・・ネ。
そのライブの帰り道、うちひしがれた我々は「もうアコギユニットは、やめよう」と2人とも暗黙で了解し、その後ライブ活動の長いブランクに入ったのでした。
バンド以外での人前での演奏は考えられない・・そんな思いでいました。
実は・・・アコギユニットをやってる現在ではありますが、その時のトラウマや傷は今も心のどこかにくすぶっています。
怖い・・みたいな。
ただ、それをいつまでも引きずっていてもしょうがない。
今我々が時代屋というアコギユニットをやってるのは、その時のトラウマを払拭するための旅みたいなものなのかもしれません。
でも、今回は、わずかでも味方がいてくれましたし(嬉しかった)、15年前とは違って練習も少しはしてたので、15年前のようなことにはならずにすんだと自分では勝手にそう思っています。
そういう意味では、今回は良い体験になりました!
心を鍛えるためにも。
誘ってくださったマッキーさん、出演者の皆さん、お店のスタッフの皆さん、そして会場に来てくださった皆さん、本当にありがとうございました。
勉強にもなりましたし、いい経験にもなりました。
08年2月10日、瑞江「HOT コロッケ」でのライブでの、我々「時代屋」の演奏メニューは以下の通りです。
1、マスコミランニング・It`s OK!?
作詞・作曲・歌 だんぞう
2、風の礼文島
作詞・作曲 だんぞう
歌 miya
3、日々是決戦
ケメ(佐藤公彦)の曲のカバー
歌 ジャン
4、やさしくうたって
ケメ(佐藤公彦)の曲のカバー
歌 だんぞう
5、精霊の街
作詞・作曲 だんぞう
歌 miya
6、トゥ・マイ・ハート(旧題「関係ないサ」)
作詞・作曲 ジャン&だんぞう
歌 ジャン
7、ありがとうが言えなくて
作詞・作曲 だんぞう
歌 miya
この日の1曲めに歌った「マスコミランニング イッツOK!?」は、私が昔組んでたバンドの定番曲の一つでした。
ジャン君はアコギユニット「時代屋」を組んでからも、バンド時代の彼の楽曲を時代屋に次々と持ってきてましたが、私はバンド時代の曲は一切「時代屋」には持ちこみませんでした。
バンド時代にやれなかったタイプの曲を時代屋ではやろうと思っていたからでした。
バンド時代と、今のアコギユニットとでは、自作曲の作りかた・・というか、作風が若干違うのです。だから、時代屋には合わないような気がしてました。
ある意味、私は「頑なに」バンド時代の自作曲を封印してた感もあります。
でも、今回は、アコギユニットを組んでからは初めて、バンド時代の曲の封印を1曲だけ解きました。
それが「マスコミランニング、It`s OK?!」という曲でした。