バンドを組んでて、そのバンドに自作曲を持ち込む時、そのバンドに合った曲を作ることが必要になることはある。
特にそのバンドの方向性が、はっきりしている場合。
バンド結成というのは、そのきっかけは様々だ。例えば学生時代に、仲が良かった友達同士で組む場合もあるし、ライブハウスなどに「メンバー募集」をして、それに応えてくれた人と組む場合もある。
中には、元は別々のバンドだったのだが、ライブなどで顔見知りになり、いつしか意気投合して一緒のバンドを組むようになる場合もある。
時には、他のバンドから引き抜く場合もある。
仲が良い友達同士で組む場合は、ある意味その友達と一緒にやる、ということがそもそものコンセプトらしくなる場合もある。
一方、ライブハウスなどにメンバー募集をする場合は、バンドの方向性やコンセプトが大事なきっかけになる。
それによっては、集まるメンバーも変わってくるし。
例えばジャズをやりたい人がヘビメタやパンクをやるバンドに入るとは思えないし。特別な理由でもないかきり。
また、1人知名度や実績があったり、誰もが認める傑出したメインメンバーがいる場合、そのメインメンバーがやりたい音楽をやることがコンセプトになる場合もあると思う。
わかりやすく言えば、例えばポールマッカートニーさんみたいな人がメインメンバーの中にいる場合は、ポールさんが作る楽曲や、やりたい音楽をやることがそのバンドのコンセプトになるだろう。
まあそれは極端な例だけどね。
また、友達同士で組む場合でも、それ以外のメンバーがそのバンドのために集まった初対面メンバーだったりすると、そのバンドの方向性は必要になることはある。
その方向性に合わない人は、去っていくだろうし。
私が20代後半の頃に組んだバンドは、そんなバンドだった。
コンセプトは1960年代に流行ってたバブルガムっぽいポップスをやりたいということだった。
まずは、組んだばかりのバンドを慣らせるために手始めに取り上げたカバー曲はロネッツ、エジソンライトハウスの曲など。
初期のビートルズも念頭にあった。
そんな慣らし運転を経て、やがてはオリジナル曲中心のバンドになっていった。
そのバンドのオリジナル曲は、大半の曲の作曲を私が受け持っていた。
そして作詞は、ボーカリストがつけていた。
基本的にはメロディ優先でバンドに自作曲を持ち込み、それにボーカリストが歌詞をつけていた。
まあ、たまに作詞も作曲も私がやった曲もあったが、レパートリーの中ではそんなパターンは少なめだった。
そのバンドを組んでた時、曲はあくまでもそのバンドのコンセプト・方向性に即した曲を作って、持ち込んでいた。
とはいえ、作る曲全てをそういうコンセプトの曲にしていると、たまにそのコンセプトから外れて、そのバンドにはとても合いそうにない曲を作りたくもなった。
じゃないと、自分の中でワンパターンになってしまうから。
バンドの方向性から外れたそういう曲は、自分の中でストックになった。いつか役に立つこともあるかもしれないと思って。実際そういう曲は、そのバンドがなくなってから十数年後にひょんなことから弾き語りライブに出ることになった時に、陽の目を見させることができた。
バンドの方向性に即した曲を作るという作業は、制約があって不自由なのではないか?と聞かれたこともあったが、案外私はそうでもなかった。むしろ楽しかった。少なくても、苦ではなかったし、むしろ良い経験になったと思ってる。そういう制約があったからこそ作れた曲は確実にあったし。
制約から外れた曲は自分の中でストックにすればいいだけだから。
今考えてみると、そのコンセプトに即して作ってたからこそ出来た曲は、自分の中で良いストックになっている。
なぜなら、今の自分からは生まれそうにない曲だったりするから。
案外、制約があったからこそ作れた曲というのは確実にある。それもまた良いものかもしれない。
そんな気はしている。
写真は、私の上記のポップスバンド時代を、たった1本で支えたくれたストラトキャスター。
今ではあまり使うことはなくなっているが、良い思い出がたくさん染み込んでるので、手放すことができないでいる。
ありがとう、ストラトキャスター。愛を込めて。
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