飼ってはいないが、私は猫が大好き。
一時、我が家の近辺に居付いていた野良猫に、なつかれたことがあった。
その時の様子は、このブログで過去に何度もネタにしていたことがある。
いつも我が家の玄関のドアの近くにいて、時には玄関の扉の前にいて、私がドアを開けて出てくるのを待ってたことがあった。
ドアを開けて私がドアから出てくると、ニャーニャー言って私を見つめながら私に近づいてきたし、私が外を歩きだすと私をジーッと見つめ続けてもいたし、たまに道で出会うと「ニャッ」と挨拶してきたりもした。
こうなるともう可愛くて仕方なかった。
ナデナデしたり、足首に体をこすりつけてもきたし、軽い頭突きをしてきたりもした。
エサを決まった時間に与えるようになると、その時間帯になると、我が家の玄関の前にくるようにもなった。
元々私は子供の時から猫は好きだったのだが、野良猫になつかれると、もう可愛くて可愛くて。
そんな可愛い猫だが、猫がかわいいのは、その顔や仕草や、体のフォルムの可愛さもあるが、あの小さなサイズも可愛さの要素だと思う。
猫は成長しても、人間にとっては小さなサイズである。
犬は犬種によっては、かなり大柄になるが、猫はあまり大柄にはならない。
世界にはかなり大柄な猫もいるが、それは特殊な例だと思う。
猫好きの人間にとって可愛い存在である猫ではあるが、たまに私はふと考えることがある。もし自分が虫サイズだったとしたら、猫はどう見えるだろう?と。
猫には狩猟本能がある。遊びで小動物、小生物を攻撃することもある。その場合、猫にとって小生物は、単なるおもちゃでしかないこともある。
そういえば、怪獣映画に出てきた怪獣は、実在する生物を巨大化させたような生物だったことは多かった。
カマキリを巨大化したようなカマキラス。
エビを巨大化したようなエビラ。
亀を巨大化したようなガメラ。
ゴリラを巨大化させたようなキングコング。
その他。
などなど、たとえ小さい生物でも巨大化したら人間が叶わない怪獣になりうるのだ。
猫の話に戻れば、遊びや戯れで命を脅かす攻撃をされる場合、攻撃される小動物・小生物にとっては猫は恐怖の対象だろう。
小動物や小生物にとっては、自分よりはるかに大きな体格の猫は、それこそ人間にとっての怪獣に見えるだろう。
人間にとってゴジラのように見えるだろうと思う。
小動物にとっては猫は、人間にとっての怪獣に等しいと思う。
ということは、怪獣よりもはるかに巨大な存在・・・たとえは「だいだらぼっち」にとっては怪獣も可愛い存在になるのだろうか。
だいたらぼっちは伝説の超巨人であり、ゲゲゲの鬼太郎にも出てきたので、ご存知の方は多いだろう。
ゴジラがいくら強くても、相手がだいだらぼっちだったら、踏み潰されて終わりである。多少のひっかき傷や、多少のやけどくらいはさせられるかもしれないが、富士山を軽くまたげる超巨漢のだいだらぼっち相手では、つかまって握り潰されたり、足で踏み潰されたら終わり。
その場合、ゴジラなとの怪獣でも、だいだらぼっち相手では相手にかわいがってもらわないといけない。
だいだらぼっちの足首にスリスリしたり、食事をねだったりしないといけない。
プライド上それができないなら、瞬発力を使って逃げるしかない。
猫だって、自分を可愛がってくれない人間に対しては、瞬発力を活かして逃げるものね。
もっとも、ゴジラには猫のような俊敏さのイメージはない。
ゴジラが映画に出てくる時のように、ノッシノッシと歩いてたら、超巨漢のだいだらぼっちには踏み潰されたしまいそうだ。
かといって・・だいだらぼっちにゴロニャーンと甘えるゴジラなどは、見たくない(笑)。
でも、人間に慣れてる猫には、それができる。
それこそが、人間に慣れてる猫の強みなのだろう。まあ、人間に慣れてない猫は人間を警戒するだろうが。
なんにせよ、それは猫に限らないとは思うが。
ちなみに、だいだらぼっちのサイズには諸説あるが、1部の研究によると、だいだらぼっちの身長は17000メートルとされる説もある。
さすがに身長17000メートルの超巨人には、ゴジラは虫サイズ同然。
こりゃ、かなうはずもない。
ここまで書いてきて、ふと思ったのだが、体格的に圧倒的に差がありながら、自分よりはるかに巨大な人間に攻撃してくるスズメバチって、相当な度胸の持ち主だと思わざるを得ない。しかも、自分よりはるかに巨大な人間を、時には殺してしまうこともあるのだから。
まあ、死亡に至らしめるには、時間差が必要だとしても。
本来なら、スズメバチは人間よりサイズ的にはるかに小さい。だから人間にもしつかまれて握り潰されたら終わりだし、踏み潰されても終わりなのに。
体格差があって、自身が相手よりはるかに小さい場合、相手を倒すには、毒などを注入して、時間差で倒すしかない。
あれ?猫の可愛いさを書くつもりで日記を書き始めたら、ゴジラ、だいだらぼっち、最終的にはスズメバチの話になってしまった・・・(汗)。
ドラえもんの世界ですよね😆
名前を忘れたけど、トンネルをくぐると小さくなるやつ、子供心に、くぐってみたいなーと思ったことありました。
蜂の世界はたしか、映画にありましたよね!
それも名前忘れちゃいましたが、、
やっぱりだんぞうさんの世界はいつも子供心があって好きだなぁ〜
猫って気まぐれですよね。
アミさんの歌にもありました。
猫って本当に可愛いけど、
それ以上に私はどうしても
柴犬が大好きで、猫が負けちゃうんです🐈
>いろいろイメージしていくと、そういう展開になることあるある!笑... への返信
ありました、ありました。そのアイテムは確か「ガリバートンネル」だと思います。
スモールライトに似た機能を持つアイテムでした。
機能的にはスモールライトの方が使いやすそうでしたが、見た目的にはわかりやすいアイテムでした。
そのアイテム見た時、私はなぜかパンを思い出していました。
ガリバートンネルに似たパンって、ありましたもん。
中にクリームやチョコクリームが入ってるパン!
>あ!猫のこと書くの忘れた!... への返信
私は犬も嫌いじゃないです。
忠誠心に関しては猫より犬のほうがはるかに上ですものね。
でも毎日散歩に連れていかないといけないというのが、私にとってはハードルなんです。
犬を飼ってる人は、雪の日も台風の日も散歩に連れて行ってるのかなあ。
だとしたら、尊敬します。
それを考えると、やはり私にはハードルが高いのです。
なつかれるとカワイイんですけどね。
2月は猫の月なんて言って特番あるのが楽しみです。
うちの近所にも野良さんがけっこういますが、どれも警戒心が強くて撫でるどころか側に寄ってくる事もありません。
子供の頃は野良猫さんもそれなりに人懐こかったような気がするんですがね・・・ちょっと寂しいです。
ダイダラボッチ・・・凄い名前ですが、なんか語源みたいなものがあるんですかね。
そう言えば、阿蘇山の近くに米山(米塚)っていうのがあります。てっぺんがへこんでて、絵本にでてくるようなかわいらしいお山なんですが、小学校の時の旅行でバスガイドさんが「てっぺんのへこみは、ダイダラボッチが座ってできたんですよ〜」なんて言ってたような気がするんですが、調べてみたら神話の時代に飢える人間のために、とある神様がお米を山のように積み上げ、山頂の部分を手で掬って人間に分け与えてくれたのが米山(米塚)だとありました。
ちょっと難しい名前の神様なので、ガイドさんが子供向けにアレンジしてたのかもしれません(笑)
2月って猫の月なんですか?
知らなかったてす。
野良猫は最初は人間に警戒心が強い場合は多いですよね。
生粋の野良猫だと特にそうです。
でも野良猫でもかつて人間に飼われていたことかある猫だと、妙に人懐っこい猫もいます。
猫が懐いてくると、可愛くてたまらないです。
ダイダラボッチは、本来民話や神話に出てくる存在なんですよね。
妖怪のカテゴリーでいいのかすらも定かではないです。
ある意味、おっしゃる通り、神なのかもしれません。
というか、あれだけ大きいと神様だと思った方がいいかとしれませんね。
逆らってもかなわないので、素直に謙虚に崇めたほうがいいのでしょう。