15日前後まで注意は、
— ASKA (@ASKA_Pop_ASKA) March 14, 2024
福島県だったか。
0時14分 5弱 https://t.co/4AqFIo8RaO
マタイによる福音書 3章。
1そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った、
2 「悔い改めよ、天国は近づいた」。
3 預言者イザヤによって、「荒野で呼ばわる者の声がする、『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ』」と言われたのは、この人のことである。
*先日載せた記事で挙げた箇所である。
聖霊=洗礼者ヨハネである。
「悔い改めよ(聖書を信じよ)天国は近づいた(神の城出現はもうすぐだ)」
4 このヨハネは、らくだの毛ごろもを着物にし、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた。
5 すると、エルサレムとユダヤ全土とヨルダン附近一帯の人々が、ぞくぞくとヨハネのところに出てきて、
6 自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。
7 ヨハネは、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けようとしてきたのを見て、彼らに言った、「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、おまえたちはのがれられると、だれが教えたのか。
8 だから、悔改めにふさわしい実を結べ。
9 自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。
10 斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ。
11 わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。
12 また、箕を手に持って、打ち場の麦をふるい分け、麦は倉に納め、からは消えない火で焼き捨てるであろう」。
*聖霊と火、 聖霊=現代で出現する聖霊洗礼者ヨハネ。 火=人間辞めさせて命の書から名前を消し去るコロナワクチン。
火の中に投げ込まれる。焼き捨てる=地獄行き。
洗礼者ヨハネさんの態度だが、これ俺に似てないだろうか?
本人だからねー。
マタイによる福音書 19章。
13 そのとき、イエスに手をおいて祈っていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた。
14 するとイエスは言われた、「幼な子らをそのままにしておきなさい。わたしのところに来るのをとめてはならない。天国はこのような者の国である」。
*素直に聖書の正しい内容を信じた者しか神の城へ入ることはできない。
マタイによる福音書 18章。
1そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。
2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、
3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。
4 この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。
*素直に聖書の正しい内容を受け入れる者でないと神の城へは入れないと書かれている。
天国と書かれているが、天国は例えであって、実際に天国へ行くわけではない。
イエスキリストと神ヤハウェは例えを用いて話す。
何故例えるのかというと、罪人に意味を悟らせないためである。
天国とは地上に出現する神の城の例えである。
5 また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。
*ここでの幼な子の例えは、聖霊のことである。
6 しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。
*聖霊は信仰を司る者、神ヤハウェとイエスキリストを信仰する者は聖霊。
聖霊に対して悪い事をする者は地獄へ行くことになる。
なのでイエスキリストは地獄へ行くより、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方がマシだと言っているわけだ。
7 この世は、罪の誘惑があるから、わざわいである。罪の誘惑は必ず来る。しかし、それをきたらせる人は、わざわいである。
8 もしあなたの片手または片足が、罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。両手、両足がそろったままで、永遠の火に投げ込まれるよりは、片手、片足になって命に入る方がよい。
9 もしあなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。両眼がそろったままで地獄の火に投げ入れられるよりは、片目になって命に入る方がよい。
*地獄は2000度越えの暗い地下世界である。
イエスキリストは地獄へ行く事を勧めてはいない。
ヨハネによる福音書 10章。
40 さて、イエスはまたヨルダンの向こう岸、すなわち、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた所に行き、そこに滞在しておられた。
41 多くの人々がイエスのところにきて、互に言った、「ヨハネはなんのしるしも行わなかったが、ヨハネがこのかたについて言ったことは、皆ほんとうであった」。
42 そして、そこで多くの者がイエスを信じた。