11月11日(水曜日)Alejandro Velasco Astete International Airport(アレハンドロ・ヴェラスコ・アステテ国際空港) 第18話
人口約30万人 ケチュア語でへその意味 インカ帝国の首都
標高3.360m 私は飛行機で無事到着。空気は薄いが空港は心配していた高山病もなくクスコ市街地へ
バス、2インティ ホテル‐インペリオ シャワーの出も良く、部屋も綺麗だ。100inti($1.7=¥230)
マチュピチュに向かう鉄道の駅も近い。牧田、大原、後藤 各氏と一緒だったような気がする。
いずれにしても同じ時期にこの3人は居た。
ここは非常に落ち着いた町でブラブラするのにもってこい。
標高が高いので沸点が低く、80℃くらいでお湯が沸く。カリエンテドール(ミニクッキングヒーターで検索すれば形態がわかると思います)と云う簡単な作りの湯沸し道具で、水を入れたコップの中に電源を入れた棒状の物を入れるとすぐにお湯になる優れものだ。沸かしてお茶にすると日本茶のような味になるのでコカ茶と云って、これで毎日お茶を飲んだ。
コカインの素となる葉で標高の高いこの地域だけで売られているらしい。勿論リマなんかに持って行ったら捕まる。確か大きな袋一杯で50円くらいだろうか。
高山病に効くのでインディヘナ達は葉っぱをガムのように噛んでいた。今は厳しいだろうね。
何せ1978年当時、約30年前の話ですから。
そうそう何屋さんか忘れたが「白雪」という店があった。お父さんはもうずいぶん昔に亡くなっただろうけれど、店事態はあるのかな?確か門がある、町の入り口付近だったと思う。
11月12日木曜日はマチュピチュへのチケットを買ってあとは一日中ブラブラして過ごした。
11月13日金曜日 いよいよマチュピチュへ出発だ。13時発 130インティ=2.3㌦=300円
アグアスカリエンテ下車(当時はここで下車し、線路の上をマチュピチュの駅まで歩く)
ユースホステル泊 70インティ=1.2㌦=156円
近くに大衆温泉プールがあり、15インティ=0.2㌦=26円
勿論、更衣室はあるがヨーロッパから来た旅行者の女の子たちはプールサイドでおっぱい丸出しの着替えをしていた。まったく気にしていない。
食事はアグアスカリエンテ駅構内(線路の脇)にある「アイコ」(ノウチ愛子だったかな?)
当時彼女は10歳くらいだっただろうか、とっても可愛くて小奇麗にしていた。
恥ずかしそうに、ハニカンだ彼女と線路の上で記念撮影。どうしてるのかとっても気になるが
ネットで見る限り駅周辺はあまりに整備されて面影はない。
「愛子」というレスランの名もない。
11月14日 土曜日
遺跡へ。入場料 220インティ=3.7㌦=480円(2日間可)
マチュピチュ駅まで線路上を歩き、駅からバスに乗った。 バス往復 50inti=0.8 ㌦=104円
つづら折り(九十九折/葛折)道を登る。勿論歩く人たちもいるがかなり大変。
1時間半はかかると思う。遺跡を監視するワイナピチュと云う山があるがここは確か1時間くらいかかったと記憶している。だから遺跡までバスがいいのだ。帰りもバスだったが、出発地点で手を振って見送る子供たちがいるが、バスより早く直線で下り何か所かの所で又手を振って我々を驚かそうとしている。
そして、バスの到着地点で待っており、バスの客からチップを貰おうと云う算段だ。
相当な脚力だがこれはかなりの重労働。1日に何回登り降りするのだろうか。
午後1時半ごろアグアスカリエンテ戻り、「愛子」で食事。
また、ユースホステルに宿泊。朝食はtax,サービスチャージ込みで65inti=1.1㌦=143円
朝食の内容は日記には記載されていないということは取り立てて何もないと云うことだろう。
またまた汚い温泉へ。
11月15日 日曜日
6時20発の汽車で Ollantaytambo (オジャンタイタンボ、またはオリャンタイタンボ)へ。
入場料金70inti=1.2㌦=156円
ここはその名の通り「高いところから見下ろすことのできる宿泊所」だったようでプリンセスの浴場
と云われる場所も見どころの一つです。また、要塞としての働きもあったようで侵略者のスペイン軍に追われたインカの皇帝マンコ・インカが戦った場所でもあるようです。
ピラミッドのような石段を登っていくと神殿がありますがここの巨石群には度肝を抜かれます。
高さ4m、幅10m 重さは90トン近くあると云われ、一体どうやってここまで運ばれたのだろうと不思議の一つです。6つの石が綺麗につなぎ合わされていますが、石垣も含め石と石の間に隙間がないのもすごい技術です。
ここは水も豊富で町のトイレは水洗でした。
ここから聖なる谷Urubamba(ウルバンバ)遺跡、→Pisaq(ピサック)遺跡。日曜市で市場を散策&買い物。
マイクロバスで15inti=0.2㌦=26円
→クスコまで乗り合いのトラックで10inti=0.1=13円
降りてからセントロまでかなり歩いた。ホテルは3人で70inti=1.2 ㌦=156円
11月16日 月曜日
朝から下痢。ツーリストインフォメーションへ行き次の目的地までのチェック。
食事をして「白雪」でお茶。午後、洗濯をして昼寝。 一人部屋に移動。100inti=1.7㌦=220円
11月17日 火曜日
PUNO(プーノ)までの切符を買いに駅へ。 1等 157inti=2.6 ㌦=338円
その足で郵便局に行き、ハガキ 1枚5inti=0.087㌦=11円 日本まで8inti=0.14㌦=18円
夜買い物。カーディガン300inti=5.15㌦=670円 ショール2 50inti=0.85㌦=111円
11月18日 水曜日
プーノは標高3827m 富士山より高い。こんなところに町があり、湖がある。
8:30am発→プーノ着8:30pm ホテルアレキーパ 75inti=1.3㌦=167円
食事ホテルインターナショナル チチカカ湖名物 ツルーチャ(鱒マス)料理 38inti=0.65㌦85円
紅茶 7inti=0.12㌦=15円
食事をしていると日本人の団体がやって来てびっくり!!食事をさっさと済ませ立ち去った後に一人
綺麗な女性が残っており声をかけた。日本人かと思って日本語で声をかけたが同行の二人が、「日本人じゃないよ」「えっよく見ると現地の人だ」あらためて声をかけて一緒に食事をしないかと声をかけた。
名前はグラディス。会社の出張で来ていた。夜のデートもしたかも。
ニューヨークに戻ってからも何回か手紙のやり取りはした。
11月19日 木曜日
町を散歩 夜仕事終わりのグラディスと会う。
11月20日 金曜日
バス代 ;300inti=5.1㌦=670円 島巡り;300inti
Titicaca湖 琵琶湖の約12.5倍 60%ペルー領、40%ボリビア領
朝、雨だ。
トトラ葦(あし)で作られたウロス(Uros)島へ。刈り取った葦を何束にも重ねてつなぎ合わせて作られているが上陸すると足元がブヨブヨとおぼつかなく上手く歩けない。船も束ねて作られているが水が浸水しないようしっかりと作られている。 よくこんなところに家を建てられるものだと驚く。
彼ら部族はみんなで協力して家を、というか地面を作り上げるのだが50近い数はあるだろう。
2000人近い人たちが住んでるようだ。子供たちは狭いながらもサッカーをしていた。
サッカーボールとよく似た模様の豚を見て皆で笑った。
その後タキーレ(Taquile)島へ。ここはケチュア族の島だ。彼らは既婚・未婚で服装が違うがこの
織物技術も含めた世界無形文化遺産なのだ。
600段の階段をひーこら云いながら登るとチチカカ湖の絶景が広がる。
この会談を水を汲みに毎日上り下りするらしいが、女性の足取りが頭に水桶を乗せても俺より早い。
私が訪れた時はもう居なかったがマシマと云う日本人が住んでおり先生をしていたようだ。
地元民に「じゃ次は俺がここの先生に」と軽く云ったら真剣にせまって来て断るのに大変だった。
ここも何を食べたか記録にないがたぶん「鱒料理」しかない筈なので記録にないのだろう。
50inti=0.85㌦=110円
夜は同じ場所(ホテルインターナショナル)で食事。そして、デート。
11月21日 土曜日
朝から雨。8:00バスでラパスへ向かう
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