今日、ある人から私の知り合いが、私についてあらぬ話をしていたと、伝えきいた。
以前からの顔見知りで、性格もよく知っていたので別段驚くこともなかったが、ただ、人間の不思議さを考えてざるをえなかった。
人間は変わるものと変わらぬものを持っていると思う。希望的な話をすると、いい性格、いい性分はいつまでも変わらないでいてほしいし、悪い性格は年とともにいい方向に変わって欲しいと願ってる。
しかし、そうはいかないのが現実のようだ!
その辺はよくわかるのだが、今日の出来事は悪い例で、性根がよくない人は年を重ねても全く変わらないと云う事を思い知らされて、悲しくもあり残念にも思う。
こんな出来事があった反面、同じ今日、偶然であるが親戚に招待され今日夫婦で食事を招待してもらったのだが、後で事情を聞くと、私の妻が去年還暦だったけど、知らないまま過ぎてしまい最近それを聞いたので遅くなったが一緒に食事でもしようと思い呼んでくれたそうだ。
親戚だから、当たり前と言えば当たり前だが、最近は決してそうではない、いろんな変化がある。そんななかで、一人住まいの従妹の姉だが、何時も私たち夫婦を気使い今日のように様々なかたちで、応援をしてくれるから本当にありがたい。
聞くところによると、姉は今だに東北大震災の義援金を毎月送り続けているようだが、誰も気づかず、誰も褒めてくれないが、自分の精一杯の真心を人に捧げるその心に嘘のない本当の人間の優しい心を読み取ることができる。
今日、あった二つの対照的な出来事を考えながら、自分の本当の心、本当の姿はどちらかと問い詰められるような気がするのは、なぜだろう?