つれづれ日記

チェリスト秋津のつれづれな日記です。

マツリカ

2010年06月22日 04時08分52秒 | Weblog
この前の日曜はまた博多にレッスンに行っておりました。

そのあと、久しぶりのわいわい会も実のある話が盛り沢山で、楽しく夜が更けていったのでした。

さて、この花は例のお宿「木香庵」の廻りを取り囲むように咲いていたお花です。「茉莉花」(マツリカ)という名前だそうで、アップするとこのように。





初めて見た花だったので、興味を持ってみたのでした。

実はこの名前を聞いたとき、ピーンときたのです。
広島の仏教文化情報センター「コア」というところが発行している月刊誌の名前がこの「マツリカ」だったのです。
http://shinshucore.net/

何でも、この花は、現存する最古の経典「ダンマ・パダ」に登場する香り高い花で、全ての方向に薫る徳行にたとえられます。
モクセイ科オウバイ属の常緑小低木で、ジャスミンの一種として広く親しまれているそうです。
実は、ちょっと匂ってみたのですが、さほど強い香りではなかったかな?
ほのかに香るという感じでした。

以上、豆知識と報告でした。

それから、木香庵さんに。

いつも四季折々のいろんなものに触れる喜びを与えていただき、ありがとうございます。




ではまた




どうした?

2010年06月15日 02時28分50秒 | Weblog
そういえば、今はもう居なくなりましたが、しばらくの間不思議なことがありました。

お寺のお内仏(寺族のお仏壇)のきん(カ~ンとたたく小さい鐘のこと)の中に、小さな蜘蛛が住みついたのです。



最初は娘が見つけたのですが、その蜘蛛はきんをたたかれても、ちょっと「ブルッ」とするくらいで逃げないんです。意外とその中が心地よかったのか、それとも何だったのか判りません。まあ、特にわるさをするわけではないし、どこか微笑ましい感じがあって、ほっておいたのでした。

そういえば、昔聞いたことがある「蜘蛛の糸」のお話を思い出していたのでしょう。
何か、その蜘蛛の存在がその話を思い出させてくれた、と思うと何か「縁」を感じてしまいました。

では



カサドコンクールのまたまた続き

2010年06月11日 10時31分36秒 | Weblog
前回より

その後ウィーンでのことは、また後日にするとして、3週間伴奏の方と練習をしたのちにカサドコンクールが行われるフィレンツェに行きました。

しかし、ここで見たことや感じたことは、本当に僕の人生での最高の想い出の1ページになりました。何といっても多感な二十歳過ぎでしたから!?

その1
この歳にして、「安住の地」なんてことを思ったのでした。
コンクールは二次予選で落ちたのですが、全てが終わるまで滞在費は出たので、ゆっくりフィレンツェの街を観光しました。世界三大美術館のウフィツィ美術館での名画に始まり、ダビデの像、すばらしい教会のステンドグラス、等など上げていけば、一冊の本が出来上がるでしょう。

とにかく、美しい、素晴らしい、美味しい、と三拍子揃っていることで、僕の心はフィレンツェの街に、完全に奪われてしまったのでした。

まだまだ続く

ひどいことするなあ!

2010年06月07日 19時38分15秒 | Weblog
皆さん

今日は、とっても悲しい、というか腹立たしいひどいお話です。

写真は昨年撮った近所の桜の木立の落ち葉を撮ったものですが、今日何だか周りがやけにうるさいので窓の外に目をやると、草でも刈っているのかと思いきや、いつも見える山の見え方と違うのに気がつき、もしや!と双眼鏡を取り出し、覗いてガッカリ!

桜の木をバッサリ切ってしまってたんです。

昔から「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」でしたか?

きっと誰かが志を持って植えたに違いないのに…。

とっても、悲しいのです


カサドコンクールの続き

2010年06月05日 03時38分09秒 | Weblog
では、ザルツブルグで列車から降ろされた後のことです。

次のウイーンまでの列車がどれかは、自分を指差して「ウイーン!」これかな?と思う列車を指差して「ウイーン?」と聞いて教えてもらい、その列車が何時に出発かを調べて、かなり時間があることが判りました。

そこまで判ったら、安心したのか急にお腹がすいていたのを思い出しました。そういえば、「オリエントエクスプレス号」で朝食が取れてなかったわけですから。

さあ、でもまずお金を換金しないといけないので、「CHANGE」に向かいトラベラーズチェックを初めて使いました。ザルツブルグはウイーンと同じ国なので「シリング」という通貨です。これを手にして、スタンドのようなところに行きました。目の前には美味しそうなねじりパンのようなものにハムやチーズをはさんだようなものがあり、身振り手振りで何とかゲットしてりんごジュースと何とか朝飯にありつきました。

さあ、次の列車に乗るも、よくわからない不安な状況はいつ果てるとも無く続くのです。例によって切符は1等だったのですが、日本と違い指定の無い1等なので、空いているボックスを探さないといけないのです。

まあ、何とか席を確保できたけれど、周りの人と会話が出来るわけでもなく
、車窓から見える風景だけをひたすら見ていたけれど、時間と共にうとうとし始めた頃でした、列車がある大きな駅に到着したのです。

切符に書いてる時間とほぼ同じ頃でしたし、沢山の人が降りるので多分ウイーンに着いたと思うのに、駅のどこにも「WEIN」と書いてないんです。

でも、例のジェスチャーで聞くとウンウンとうなずいてくれたので、半信半疑で列車を降りました。次にしたことはウイーン在住のピアノの方に電話をすることでした。

ご存知の方もおられるかもしれませんが、あの当時公衆電話から電話する時、必ず赤いボタンを押さないと相手の声が聞こえないか話が出来ないので注意するように!と日本を出る前に聞いていましたので、ちゃんとボタンを押して「もしもし、日本から来た秋津です!」「今、列車を降りたのですがここがウイーンかどうか、いまひとつ自信が無いので、また調べて電話します」と伝えて一旦電話を切り、外に立っていたお婆ちゃんに、例によってまたしてもジェスチャーで聞き、うんうんを頂き。また電話で「どうやら間違いないようです」と伝えて待ち合わせの駅構内でその方を待っていました。

しばらくして、ようやくその伴奏の方に逢うことができ、市内電車に乗りその方のアパートに向かい、僕がお借りした部屋は、ある日本の女性の留学生の部屋でした。ちょうど夏休みの間留守にしていて、その間だけお借りしました。今考えれば、男の僕によく貸してくださったなあ?と感謝。

あとから判ったことですが、その駅名は「WESTBANHOF?」いわゆる西駅と書いてあり、僕の切符にもちゃんとそのことが明記してありました。

そういえば、元来僕は早合点しやすいというか、思い込みで物を見ていた典型的な事件でした。

まだ、つづく。



お庭でのコンサート

2010年06月03日 11時59分45秒 | Weblog
先月の22日にお寺での行事、宗祖親鸞聖人降誕会コンサートとして、お寺の中庭でコンサートをしました。

写真は出演者と真ん中にあるのは花御堂(はなみどう)といって、元来はお釈迦様のお生まれになった日(4月8日)に、花まつりとか言ってお祝いをする時のものですが、うちの宗派では、宗祖親鸞聖人のお生まれになったことをお祝いする時にもこの花御堂をお花で飾り、中に甘茶を入れて初参式(七五三の宮参りのお寺バージョンのようなもの)にお参りに来られた子供たちに飲ませてあげるのです。


しかし、この日はあいにくの雨降りになってしまいましたが、何とか茶室を使っての半野外コンサートとなりました。












お庭にはちょうどシャクヤクの花が咲き、雨に打たれては花がダメになると聞いて、急遽傘をさしてやりました。
庭の周りにはお寺の関係者の方々がこのように聴かれていたのでした。



では、写真の多いブログとなりましたが、とくとご覧下さい。



道について

2010年06月02日 02時08分59秒 | Weblog
あれから随分間が空きましたが、確か前回は「はぐらかし」の話でしたね。

手前味噌の話になりますが、あれから1000人のチェロのコンサートがあったり、お寺での「お庭コンサート」があったりで、なかなか落ち着いてパソコンの前に居れなかったので、失礼しています。

また、時間が空きましたら続きを始めたいと思いますので、それまでもう少しお待ち下さい。

ではまた