鄭容順の直言!

日頃気が付いたこと徒然に。

面白い記事を見つけた。

2006-08-27 13:20:05 | 直言!
本当に詠みたくない記事もたくさんあるが私が子育てで専業主婦をしていたころちょっとした事情があって4年ほどサンケイ新聞の購読料の集金を300軒ほどしていた。わずか2万円程度のアルバイト料だったがありがたく使っていた。
人生山あり谷あり、いろんなことがあったときにこの報酬は助かった。
50ccのバイクで集金にまわって人間の行きかたを学んだ。
生きたが成りとなりその人の人格になるということも教わった。
これが後に雑誌記者や新聞記者になってからも人を見る観察力になった。
引越ししてきたところの販売店の経営者は以前私がお世話になった販売店の人だった。若いときの恩を忘れてはいけないと考えて今も購読している。

しかし榊莫山さんの随筆は面白くて詠みやすいので毎月楽しんで読んでいる。
今日、8月27日付けの見出しがまた面白い。
「靖国は、盆のあいだ、留守なんだ」である。
サンケイ新聞さんが大胆な見出しをつけたものだと最初、びっくりしたが榊莫山さんの随筆を読んでいると当たり前の見出しだと分かった。
さりげなくこれまで日本社会が培ってきた日本の文化を話しておられる。
一文抜粋させて頂く。
8月13日の「迎え火」から8月15日の「送り火」の話をわかりやすくユーモアに富んで書いておられる。
そして「靖国は私の義理の兄弟や従兄弟が5人もいる。みんな戦死である。だから靖国では神さまである。でも盆には生家へ帰って仏さまになる。みんな生まれ故郷で盆帰りの仏さまの中心霊の座にならんでいることだろう。靖国は盆の間、神さまたちは留守なんだ。神さまは仏さまとなって寺からくる坊さんになつかしいお経をあげてもらってご満足である。満足ついでにもうちょっと生まれ故郷ですごしたいという仏もいる。わたしはモーニング姿で靖国へ行った朝は、神さまは留守。なんか変な風景ではないか。ああ。あ。今年の夏は暑かった。そして変だった。ぼんやりはこんなことしかおもわなかった」と普通の生活の中で日本伝統文化の成す日本の盆の行事にさりげなく長い人生を生きた知恵と知識が出されていた。
なるほど。分かりやすい。
そういえば今年の8月15日、朝から雨のぱらつく中をモーニング姿で靖国にいく光景をテレビで見たが滑稽に見えた。なんか変な感じだった。
在日韓国人の家庭でも盆に行う先祖の「茶礼」の祭祀に先祖を招き入れて祭祀を行っている。先祖さんの霊が家族のところに帰ってきていると想定して祭祀を行っている。
そうおもうとモーニング姿で靖国にいく光景はなんとチンプな行動なんだろう。その日の朝のことが榊莫山さんの今日の随筆でよく分かった。
こうしてさりげなく日本古来の盆の行事のあり方を伝承してくださった。

榊莫山さんの随筆を楽しみにして毎月、読んでいる。
けれど題字をみると私の胸がキュンと痛くなってしまう。
私の従姉妹が不治の病になり病院に見舞いに行った。
そのときベッドの脇においていたのが榊莫山さんの随筆の単庫本だった。
彼女は「この人の本、読みやすくて大好きなんや」と言った。
優秀な彼女の心を癒していた本が榊莫山さんの著書だった。
夏の暑いときに見舞いに行ったがやがて彼女は年を越えた冬に亡くなった。
まだ40歳そこそこだった。
大腸から出血をしていた。手遅れだった。
京都の大学を卒業して就職浪人をしているときKさんのお世話で地方紙に就職が決まっていたが報酬の少ない企業就職に父親が反対した。
それでも親にまだ逆らって橿原考古学研究所に勤務したがそれでも父親の反対にあっていた。正採用になれない外国籍の悩みを抱えながら発掘現場に行き調査し報告書を作っていた。
しかし父親の病気で研究所を退職した。父親が経営していた土建業の後を継ぎ女性社長でがんばっていたのに彼女の人生はあっけなく終わった。

こんなことを思い出しながら毎月、榊莫山さんの随筆を読んでいる。
読みながら私も心が癒されている。従姉妹の言いたかったことはこれだったのかとかみしめながら読んでいる。
今日の新聞で従姉妹は盆には姉妹のいるところに帰っていっただろう。

今日の新聞記事に榊莫山さんではないがぼんやりして考えてしまった。
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