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雨は夜の間にやんだのか。
朝、起きると晴れている。
8時に起きて洗濯を乾しに行ったのが8時30分、昨日、乾したままの洗濯が乾いていた。よかった。
朝食をしながらテレビを見ている。
韓国のバライテイードラマ、韓国の文化がよく伝わってくる。
「朱蒙」に出ていた主演女優を囲んで済州道に集ったお笑いタレントなどがチヂミを焼いたりスープを作ったりする。
男性たちも一緒に作っている。そんな韓国の文化が画像から見えてくる。
韓国は大勢の人が集ると女性が主に動くが切ったりするのは結構、男性がしている。在日コリアンの家庭でも昔はそうだった。1世が家庭を仕切っている時はそうだった。結婚式などになるとたくさんの食材をつくり準備をしていく。家で3日3晩の結婚披露宴をしたので家族は大変だった。
私の祖父は豚を潰しトックも作った。(雑煮に入れるもの)韓国の祝い膳で食べるので祖父たちがついて半乾きになると叔母たちが切った。
今は鶴橋に行くと機械で作ったトックが簡単に変えて家でも簡単に食べられるようになった。
叔父たちは酒も飲むが蒸した豚を切って食材を作っていた。干しタラの身も一緒になって裁いていた。
そんな在りし日の1世の光景を思い出していた。
1世たちは1つの鍋を炊いて鍋に箸を入れて食べていたが私の家はそんな食べ方をしなかったので最初、韓国から大阪に赴任してこられた先生たちの食事、ラーメンを炊いてそのまま鍋に箸を入れて食べている。
鍋の蓋に入れて食べているのに私は驚いた。
私はもう幼い頃から皿にそれぞれの食材をよそって1人1人の皿に盛り付けをされていた。これは父親の仕方だった。
父親は日本に住んでいることで食事の食べ方にも結構うるさかった。
魚の骨を食卓に上に出すのは今でも時々見るが私はそんな光景は幼いとき祖父が生きていた頃は見たがいつの間にか皿に入れるのが普通だった。
今では在日コリアンもそういうことはもうなくなっているだろう。
とにかく豪快に食べ物を食べていた食卓だった。
父の仕方が果たしてよかったのか。どうかわからないが------。
私が小学校に上がる時は箸とお茶碗の食べ方をきっちり教えた。
箸は右にもってお茶碗は左手に持って食べると何度も教えた。
韓国式の膳の上においたまま食べることの作法はやめさせた。
夫の親は韓国式の作法である。それを親が教えたのだろう。
子どもの頃に親が教えたものが今も身についている。
スプーンで汁を食べる作法は身について慣れている。
ご飯も----。私はこれができない。
果たして父の仕方がよかったのか。どうかと思うときがある。
韓国の食べ物を食べる文化を見ていると1世のことを思い出してしまう。
私は韓国のバライテイー番組が終わると台所に入って後片付けをした。
家事をしてパソコンの前に座ると10時過ぎていた。
昨日は1日、雨が降っていた。
10日ぐらいになるだろうか。
カラスの大群が来て鳩の居場所を占領していた。
鳩たちどこかに行ったのかと思っていた。
しかし寝るときは戻ってきていたのだ。
昨日は雨が1日降っているのでどこにも行かないで広告塔の上にずられと並んでいた。そして私の住んでいるマンションの裏側の電線に2羽、前のマンションに2羽、散髪屋のガーデングに1羽とまっていた。
広告塔にとまっている鳩と入れると22羽、ほぼこれが我が家のマンションを飛び回っている鳩の家族だろう。この中にチビたちもいる。
カラスの大群はもうこなくなったが今は燕が空を飛んでいる。
写真は2011年4月23日、12時前です。
朝、起きると晴れている。
8時に起きて洗濯を乾しに行ったのが8時30分、昨日、乾したままの洗濯が乾いていた。よかった。
朝食をしながらテレビを見ている。
韓国のバライテイードラマ、韓国の文化がよく伝わってくる。
「朱蒙」に出ていた主演女優を囲んで済州道に集ったお笑いタレントなどがチヂミを焼いたりスープを作ったりする。
男性たちも一緒に作っている。そんな韓国の文化が画像から見えてくる。
韓国は大勢の人が集ると女性が主に動くが切ったりするのは結構、男性がしている。在日コリアンの家庭でも昔はそうだった。1世が家庭を仕切っている時はそうだった。結婚式などになるとたくさんの食材をつくり準備をしていく。家で3日3晩の結婚披露宴をしたので家族は大変だった。
私の祖父は豚を潰しトックも作った。(雑煮に入れるもの)韓国の祝い膳で食べるので祖父たちがついて半乾きになると叔母たちが切った。
今は鶴橋に行くと機械で作ったトックが簡単に変えて家でも簡単に食べられるようになった。
叔父たちは酒も飲むが蒸した豚を切って食材を作っていた。干しタラの身も一緒になって裁いていた。
そんな在りし日の1世の光景を思い出していた。
1世たちは1つの鍋を炊いて鍋に箸を入れて食べていたが私の家はそんな食べ方をしなかったので最初、韓国から大阪に赴任してこられた先生たちの食事、ラーメンを炊いてそのまま鍋に箸を入れて食べている。
鍋の蓋に入れて食べているのに私は驚いた。
私はもう幼い頃から皿にそれぞれの食材をよそって1人1人の皿に盛り付けをされていた。これは父親の仕方だった。
父親は日本に住んでいることで食事の食べ方にも結構うるさかった。
魚の骨を食卓に上に出すのは今でも時々見るが私はそんな光景は幼いとき祖父が生きていた頃は見たがいつの間にか皿に入れるのが普通だった。
今では在日コリアンもそういうことはもうなくなっているだろう。
とにかく豪快に食べ物を食べていた食卓だった。
父の仕方が果たしてよかったのか。どうかわからないが------。
私が小学校に上がる時は箸とお茶碗の食べ方をきっちり教えた。
箸は右にもってお茶碗は左手に持って食べると何度も教えた。
韓国式の膳の上においたまま食べることの作法はやめさせた。
夫の親は韓国式の作法である。それを親が教えたのだろう。
子どもの頃に親が教えたものが今も身についている。
スプーンで汁を食べる作法は身について慣れている。
ご飯も----。私はこれができない。
果たして父の仕方がよかったのか。どうかと思うときがある。
韓国の食べ物を食べる文化を見ていると1世のことを思い出してしまう。
私は韓国のバライテイー番組が終わると台所に入って後片付けをした。
家事をしてパソコンの前に座ると10時過ぎていた。
昨日は1日、雨が降っていた。
10日ぐらいになるだろうか。
カラスの大群が来て鳩の居場所を占領していた。
鳩たちどこかに行ったのかと思っていた。
しかし寝るときは戻ってきていたのだ。
昨日は雨が1日降っているのでどこにも行かないで広告塔の上にずられと並んでいた。そして私の住んでいるマンションの裏側の電線に2羽、前のマンションに2羽、散髪屋のガーデングに1羽とまっていた。
広告塔にとまっている鳩と入れると22羽、ほぼこれが我が家のマンションを飛び回っている鳩の家族だろう。この中にチビたちもいる。
カラスの大群はもうこなくなったが今は燕が空を飛んでいる。
写真は2011年4月23日、12時前です。
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