夫は外出、何かを購入に行ってくると言って出かけた。
私は朝から月曜日連載の原稿を仕上げてブログを書いて昼食にした。
夫はまた近所のスーパーに刺身を買いに行き私に天ぷらを買ってきた。
私は出汁を作って天ぷらをご飯にのせて出汁をかけて丼にして食べた。
食べながらゆで卵を12個作った。
あったら夫は2個でも3個でも1度に食べる。食べ過ぎるのでたくさん作らないようにしている。昨日は6個作って、素麺には輪切りしたものを入れた。後の残り夫は夕べ食べて1個しか残っていなかった。
それでまた今日、湯がいた。
それから新聞を読んだが眠い。1時間ほど昼寝をして起きてパソコンの前に座った。1本の原稿を作成して仕上げて写真も送って今、終わった。約2時間かかった。そんな大きな原稿ではなかったのに取材メモの確認に時間がかかったのかな。
そんなことで今日も暮れていく。
明日も連休、後3本残っている。休んでいるどころではない。原稿を2本でも作らないといけない。
いつもこうしてバタバタしている。
もう夕食の支度は何もしたくないな。私はお茶漬けですませたいな。
夫がいると食べることばかりしている。
今、ふと思い出した。
朝、ポツリと言った。
「ずっと前、俺は目玉焼きばかりして食べていた」と。
そのときは「そう」と言ってすっと聞き流したが----。
今、ふと思い出した。
私が統一日報にいたときだったのか。日刊紙で猛烈に忙しかった。
日夜仕事に追われ日曜日もなく3週間ぶっとおしで仕事をした。
家のことはほったらかしだった。
まだ息子が大学に行っていたときで公立大学といえ沖縄にいたので毎月の仕送りをしなければならなかった。
大変だった。夫が休みでもほったらかしだった。
このときだったのかなと思うとふと胸が詰まった。
夫婦が苦労して子育てをしても子どもはわからないだろう。
夫が今帰ってきてこの話をしたら「そのときやった」という。
日刊紙の新聞社だった。家のことをしていたらとても会社の波にのれなかった。
いろんなことがあったが過ぎてしまい夫の言葉にホロリと涙が出そうになった。
そして夫は言う。
「給料が安いのによう朝から晩まで働いた」と言っている。
「俺が優しいから勤まった」と偉そうにことを言っているが優しいところもあったかもしれないが私は「そうと違う」と言った。
「いつも怒っていた。仕事なんかやめてしまえと言っていた」というと「安い月給で朝から晩まで働いているからや」と言った。あの頃は仕事に燃えていた。それに好きな仕事で楽しかった。
唯一、人間関係に苦しんだ。何度も辞めたいと思った。
当時、韓国の知人は京都に赴任していたので「辞めたい」と3回言いに言っている。そのたびに「辞めたら駄目」と言った。この知人に統一日報に入れてもらっているので辞めたいと思ったときに言いに行っている。
他の新聞社から誘われた時も同じことを言った。
それで私を踏みとどまらせた。
5年間勤めて辞めた時にまた韓国の知人はどこかで私の就職先を韓国から探したのだろう。それで他の人を通して現在の職場になった。
多くの人に助けられてきたが最も夫には不自由をかけた。
夫が土用の丑とかで「鰻の蒲焼」を買ってきたので電子レンジで温めて夕食にしよう。
私は朝から月曜日連載の原稿を仕上げてブログを書いて昼食にした。
夫はまた近所のスーパーに刺身を買いに行き私に天ぷらを買ってきた。
私は出汁を作って天ぷらをご飯にのせて出汁をかけて丼にして食べた。
食べながらゆで卵を12個作った。
あったら夫は2個でも3個でも1度に食べる。食べ過ぎるのでたくさん作らないようにしている。昨日は6個作って、素麺には輪切りしたものを入れた。後の残り夫は夕べ食べて1個しか残っていなかった。
それでまた今日、湯がいた。
それから新聞を読んだが眠い。1時間ほど昼寝をして起きてパソコンの前に座った。1本の原稿を作成して仕上げて写真も送って今、終わった。約2時間かかった。そんな大きな原稿ではなかったのに取材メモの確認に時間がかかったのかな。
そんなことで今日も暮れていく。
明日も連休、後3本残っている。休んでいるどころではない。原稿を2本でも作らないといけない。
いつもこうしてバタバタしている。
もう夕食の支度は何もしたくないな。私はお茶漬けですませたいな。
夫がいると食べることばかりしている。
今、ふと思い出した。
朝、ポツリと言った。
「ずっと前、俺は目玉焼きばかりして食べていた」と。
そのときは「そう」と言ってすっと聞き流したが----。
今、ふと思い出した。
私が統一日報にいたときだったのか。日刊紙で猛烈に忙しかった。
日夜仕事に追われ日曜日もなく3週間ぶっとおしで仕事をした。
家のことはほったらかしだった。
まだ息子が大学に行っていたときで公立大学といえ沖縄にいたので毎月の仕送りをしなければならなかった。
大変だった。夫が休みでもほったらかしだった。
このときだったのかなと思うとふと胸が詰まった。
夫婦が苦労して子育てをしても子どもはわからないだろう。
夫が今帰ってきてこの話をしたら「そのときやった」という。
日刊紙の新聞社だった。家のことをしていたらとても会社の波にのれなかった。
いろんなことがあったが過ぎてしまい夫の言葉にホロリと涙が出そうになった。
そして夫は言う。
「給料が安いのによう朝から晩まで働いた」と言っている。
「俺が優しいから勤まった」と偉そうにことを言っているが優しいところもあったかもしれないが私は「そうと違う」と言った。
「いつも怒っていた。仕事なんかやめてしまえと言っていた」というと「安い月給で朝から晩まで働いているからや」と言った。あの頃は仕事に燃えていた。それに好きな仕事で楽しかった。
唯一、人間関係に苦しんだ。何度も辞めたいと思った。
当時、韓国の知人は京都に赴任していたので「辞めたい」と3回言いに言っている。そのたびに「辞めたら駄目」と言った。この知人に統一日報に入れてもらっているので辞めたいと思ったときに言いに行っている。
他の新聞社から誘われた時も同じことを言った。
それで私を踏みとどまらせた。
5年間勤めて辞めた時にまた韓国の知人はどこかで私の就職先を韓国から探したのだろう。それで他の人を通して現在の職場になった。
多くの人に助けられてきたが最も夫には不自由をかけた。
夫が土用の丑とかで「鰻の蒲焼」を買ってきたので電子レンジで温めて夕食にしよう。
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