2月10日(金)より公開される、2本の中国映画があります。映画の内容もスタイルもまったく違うのですが、両方とも見終わって深~い満足感に浸れる秀作です。2日続けてこの2本、リー・ルイジュン(李睿珺)監督の『小さき麦の花』(2022)と、チャン・イーモウ(張藝謀)監督の『崖上のスパイ』(2021)をご紹介したいと思います。まずは、『小さき麦の花』の作品データからどうぞ。
『小さき麦の花』公式サイト
2022年/中国/133分/英語題:Return to Dust/原題:隠入塵煙
監督:リー・ルイジュン(李睿珺)
主演:ウー・レンリン(武仁林)、ハイ・チン(海清)
配給:マジックアワー、ムヴィオラ
※2月10日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
©2022 Qizi Films Limited, Beijing J.Q. Spring Pictures Company Limited. All Rights Reserved.
物語の舞台は中国西北部の田舎。貧しい農家で兄一家の厄介者となっている独身男ヨウティエ(有鉄/ウー・レンリン)は、今日は見合いの日だというのに飼っているロバの世話に一生懸命でした。兄嫁から「早くこの兄さんの服に着替えて!」と怒られたヨウティエは、見合いの場にやってきて昼食を食べ始めます。テーブルに就いていたのは、見合い相手のクイイン(貴英/ハイ・チン)とその兄嫁。クイインは体に障害があり、トイレが近いらしく、彼女の兄嫁はお漏らしを心配して「早くトイレに行きなさい」とせかします。そこへ仲人もやってきて、このお見合いは見事成立、ヨウティエとクイインは記念写真を撮っただけで夫婦として暮らすようになりました。ヨウティエは無口な男でしたが、働き者で心優しい男。甥が結婚することになり、独身の年長者が同じ家にいては、という不都合から無理矢理結婚させられたようなものでしたが、クイインを大事にし、やがてクイインも少しずつ心を開いていきました。
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へんぴな村でもいろんな事件は起こるもので、村の富農チャン・ヨンフーが入院し輸血が必要となった時、ヨウティエはにわかに脚光を浴びます。チャンの血液型RHマイナスの血液を持つのは村でヨウティエだけなので、「病院に行くのは怖い」というヨウティエをチャンの息子らが無理矢理町の病院に連れて行き、採血される出来事が起きたのです。しかしながらヨウティエはそれに乗じてチャンに恩を売るでもなく、お金が足りなくて買えなかったクイインのコートをチャンの息子がプレゼントしてくれても、かえって困った様子を見せます。とはいえそのロング丈のコートは、クイインの身を寒さから守り、失禁の時も隠してくれるので、ずっと重宝することになりましたが。また畑仕事のほか、近所の人から卵を借りてそれをヒヨコにかえし、鶏に育てて卵を得るようになるなど、ヨウティエとクイインの生活も小さな喜びに溢れるようになります。
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ですが村では、空き家を解体すれば補助金が出る、という政府の施策により、ヨウティエ夫婦が住んでいたボロ家も壊されることになって、引っ越しを余儀なくされます。せっかくツバメが巣をかけていたのに、と、ヨウティエは自分の家を建てることを思いつきます。もちろんお金などなく、自ら土をこねて日干しレンガを作り、それで建てようという遠大な計画です。ヨウティエはクイインと二人、レンガ造りから始まって、少しずつ家を建てていきます。そんな中でクイインとヨウティエは、麦粒を手の甲に花びらのように配してから押しつけ、手に花形のあとを付ける遊びを楽しんだりもします。やがて長い年月がたって二人の家は完成し、ロバと10羽の鶏と共に、ヨウティエとクイインは心満たされる暮らしを始めますが、そんな時思いもかけないことが二人を襲います...。
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本当に地味な作品で、出演者もクイイン役のハイ・チン以外はほとんどが素人と言ってよく、台詞も方言バリバリのローカル色満載の作品です。ですが、なぜか最初のお見合いシーンから映画の中に引き込まれてしまい、この人が主人公? と思わせられるヨウティエ役のウー・レンリンから目が離せなくなってしまいました。文字通り貧相なおじさん顔で、まるで人々の目から自分の存在を消したいかのような風情のヨウティエ。物語が進むにつれて、ヨウティエこと有鉄は四男で、兄たちの名前は上から有金、有銀、有銅であり、上の二人、長男と次男はすでに亡くなっていることがわかります。「金、銀、銅、鉄」とは価値の高い順なのか、と、それをわからせてくれる工夫のある字幕に感心しながら、徐々にヨウティエの人柄に惹かれていき、クイインを連れての結婚報告お墓参りシーンでヒーローとしてのヨウティエ像がしっかり定着するという、見事な脚本でした。
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脚本も担当したリー・ルイジュン監督は、この映画の舞台となった甘粛省出身の39歳、間もなく3月16日で40歳になる監督です。2006年に『夏至』という作品で監督デビュー、日本で上映された作品としては『白鶴に乗って』(2012)と、幼い兄弟が夏休みに両親の出稼ぎ先へとらくだに乗って旅をする『僕たちの家に帰ろう』(2014)がありますが、今回は自分の出身地である甘粛省張掖(チャンイエ)市の花牆子(ホアチャンツ)を舞台に親戚や知人をキャスティングして、リアルでいながら素晴らしい物語世界を築いて見せました。ヨウティエ役のウー・レンリンは、実は監督の叔父さん、つまり叔母さんの夫だそうで、こういうキャスティングは中国映画のインディーズ系監督の得意技でもあります。本作ではほかにも、あっと驚く配役がなされているので、ぜひご覧になったあと、パンフレットをお求めになってご確認下さいね。なお、「花牆子」の「牆」は塀、壁といった意味なのですが、家造りにこの地方は湿地の土を使うそうで、その土に混じっている植物が家の壁や塀から芽吹くらしく、「花咲く塀・壁」という名前になったのだとか。邦題の『小さき麦の花』にも通じる素敵なエピソードですが、劇中にはほかにも、植物に関連するアイテムがいろいろ出てきます。
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淡々と展開するようでいながら、観客を引きつけて放さない133分。ドラマなどでも知られる女優ハイ・チンもこの村に住み込んで役作りをしたそうで、普段の映画やドラマでの顔とは全然違っていてびっくりします。ハイ・チンが演じたクイインはテレビ好き、というのも上手な設定で、それが効くシーンでは見事に泣かされました。泣かされた、と言えば、ヨウティエは時おり箴言とも言えるような台詞を言うのですが、これにもたびたび目頭が熱くなりました。村の四季と長年の変化を捉えるためロケは1年近くにわたったようで、それもまた、本作の世界を豊かなものにしています。近年まれに見る中国映画の傑作である本作、中国映画は国策映画だけではないことをしっかり教えてくれますので、ぜひお見逃しなく。最後に予告編を付けておきます。
2023/2/10(金)公開『小さき麦の花』予告編