本日で第25回東京フィルメックスも中日を迎えます。土日はほぼ満員が続いたのですが、さすがに平日となると来場者人数はどうしても減ってしまいます。そんな中、本日(11月27日)夜の上映作品『ソクチョの冬』は結構客席が埋まっていました。韓国とフランスの合作で、監督は日系フランス人のコウヤ・カムラ(嘉村荒野)というユニークな出自の作品ですが、韓国が舞台であるせいか、あるいはカムラ監督の前評判のせいか、チケットがよく売れたようです。娯楽的な要素もきちんと含んで、映画を見る楽しみを味わわせてくれる作品でした。その前に見た台湾と日本のドキュメンタリー映画『雪解けのあと』と共に、ちょっとご紹介しておきます。
『雪解けのあと(仮)』
2024年/台湾、日本/110分/原題:After the Snowmelt 雪水消融的季節/配給:ドキュメンタリー・ドリームセンター
監督:ルオ・イーシャン
ドキュメンタリー映画なのですが、きっかけとなる事件が衝撃的なので、心がざわついたままずっと画面に見入ることになります。きっかけとなる事件は、ルオ・イーシャン監督の高校時代の親友であるチュンが恋人のユエと共にネパールにトレッキングに行き、降雪で山中の洞穴に47日間閉じ込められ、ユエは最終的に救助されたものの、チュンはその3日前に亡くなった、というものです。最後は食べる物が何もなくなっての餓死だったのでは、と思いますが、その救助時の映像ではユエが元気というか、「助かった」ハイというか、奇妙に明るいのも違和感を感じさせ、最後まで違和感が続く作品でした。その後、監督のルオは2人が辿った道を辿り、最後までチュンが監督に書き綴った日記を読み解いていくのですが、どうにも気分が晴れず、顔が下向きになる感じを最後までぬぐえませんでした。日本での配給が決まっているようですが、見る人にどんな感想を抱かせるでしょうか。監督のQ&Aがあったので、写真だけ付けておきます。
右側の通訳は、台湾をベースにして、通訳や字幕翻訳者、コーディネーター、プロデューサー等の立場で映画に関わり続けている小坂史子さんです。
『ソクチョの冬』
2024年/フランス、韓国/104分/原題:Winter in Sokcho
監督:コウヤ・カムラ
主演:ベラ・キム、ロシュディ・ゼム、パク・ミヒョン、リュ・テホ
スア(ベラ・キム)は韓国の江原道(カンウォンド)北部の海辺にある町ソクチョ(束草)の民宿で働いています。母(パク・ミヒョン)は魚介市場に店を持ち、スアは実家とアパートとを行ったり来たり。スアには母もよく知るボーイフレンドのジュノがおり、半同棲中なのでした。ジュノはモデルになってソウルで暮らすのが目標で、そのためスアにも整形を進めたりします。スアはあまり欲がなく、大学時代学んだフランス語もソクチョでは生かす場もないまま、民宿の料理から掃除まで、オーナー(リュ・テホ)の片腕としてこなしています。スアがフランス語を学んだのはスアの父がフランス人だったためで、漁業関係の仕事でソクチョに来た父は、母と恋人同士になったものの仕事が終わるとフランスに帰り、その後に妊娠がわかった母はスアを産んだ、ということなのでした。そんなある日、民宿にフランス人の客(ロシュディ・ゼム)がやってきます。偏屈そうなその男は、スアに紙とインクを買いたいと案内を頼み、のちにかなり有名な芸術家とわかります。スアは軍事境界線への案内を頼んできたりする彼に、父の面影を重ねてしまいますが...。
とても映画らしい映画、というと変ですが、観客を楽しませる物語と、誘い込む深さを持った映画で、ソクチョの町をスアの案内で一緒に歩いている感じを味わわせてくれました。スアというヒロインも控えめな魅力が好もしく、周囲の人々も時たま韓国映画の行き過ぎ感を漂わせるものの、変な悲劇も起こらずに最後の余韻までいい感じが続きました。スアの心情を表すアニメーションが入るのですが、これも邪魔にならず、センスのいい映画にするのに貢献しています。日本で公開されてもいい線を行くのでは、と思います。
カムラ監督の外見や話しぶりからは、こんな映画が作れる人とはちょっと思えないのですが、Q&Aでの話によると、お父様が映画好きで小さい頃からたくさん映画を見せてもらった、とのことで、「映画監督になろうと思ったのも、父に負うところが大きい」と、会場にいらしているというお父様に感謝していたカムラ監督。パリで生まれ育ったあと、パリ第7大学を経て慶応大学に留学、2008年からはディズニー社で働いている、という引き出しの多さも、こういう映画も作れる実力を育んだのかも知れません。
主人公スアを演じたベラ・キムは、これが初めての映画出演だとか。フランス人俳優ロシュディ・ゼムは身長が185㎝なので、彼と釣り合う背の高さがある人、そしてフランス語がしゃべれる人、ということで最後4人ぐらいにしぼり、その中から演技は初めて、というベラ・キムを選んだそうです。「彼女は大変な努力をして、このすばらしい仕事をやり遂げてくれました」と賞賛していました。その他、ぜひ映画祭カタログを読んでみて下さいね。日本公開が実現することを祈っています。