香港の歌手・映画俳優として活躍した張國榮(レスリー・チャン)が亡くなって、今日で丸13年になります。SARS(重症急性呼吸器症候群)のさなかにあった暗黒の香港で、2003年4月1日の夕方レスリー・チャンが命を絶った出来事は、時が経っても忘れることはできません。
(1990年1月のさよならコンサートでのレスリー・チャン)
香港の人々も同じ気持ちのようで、香港国際映画祭(HKIFF)ではあれ以来、毎年レスリー・チャンの作品を上映しています。今年は「花様的年華 澤東25」という特集が組まれ、1991年に王家衛(ウォン・カーウァイ)監督と劉鎮偉(ジェフ・ラウ)監督によって設立された澤東製作有限公司の14作品が上映されましたが、その中でレスリー・チャンの主演作が何本か上映されました。上映日は3月29日と30日で、映画祭側の配慮が感じられます。このプログラムで上映されたレスリー・チャン主演作は、次の3作品です。
『大英雄(原題:射[周鳥]英雄傳之東成西就)』(1993)/監督:ジェフ・ラウ
『楽園の瑕 終極版(原題:東邪西毒之終極版)』(2008)~1994年作品の別編集ヴァージョン。監督:ウォン・カーウァイ
『ブエノスアイレス(原題:春光乍洩)』(1997)監督:ウォン・カーウァイ
さらに、特別上映として、製作からちょうど30年となる『男たちの挽歌(原題:英雄本色)』(1986)も本日上映されました。この作品の監督は呉宇森(ジョン・ウー)です。
このほか今回の映画祭では、レスリー・チャンを強く思い出させてくれる作品がありました。それが、昨日ご紹介した『美好合一2016』の中の關錦鵬(スタンリー・クワン)監督の作品「是這様的(One Day in Our Lives of...)」です。レスリー・チャンのファンの方ならおわかりのように、『欲望の翼(原題:阿飛正傳)』(1990)の中で使われた曲のタイトルが短編映画の題名となっているのです。ラストの梁朝偉(トニー・レオン)演じるギャンブラーが登場するシーンでメロディーが流れ、続いてエンドタイトルで梅艶芳(アニタ・ムイ)の歌で流れるあの主題歌です。『欲望の翼』はウォン・カーウァイ監督作品ですが、製作会社が影之傑製作有限公司であるため今回の上映には入っていないものの、こんな形で縁が繋がっていました。アニタ・ムイの歌う「是這様的」のMVをまずどうぞ。
是這樣的 梅艷芳
スタンリー・クワン監督の「是這様的」の方は、このアニタ・ムイの曲をカヴァーすることになった歌手(葉童/イップ・トン)が編集されたMV映像に合わせ、歌を吹き込んでいく半日を物語にしたものです。昔は有名な歌手だったらしい彼女は当時のままのコケティッシュな振る舞いをしますが、録音に使われているスタジオは、中環か上環のビル内にある小さな貸スタジオ。プロデューサーや監督、その助手ら数人に見守られ、なかなか決まらない録音を繰り返しているうちに、ビルの下に記者たちが集まってきます。何事か、と思ったら、その歌手の恋人である映画男優が、別の女性との結婚を発表したことによるパパラッチでした....。
ちょっと滑稽で哀惜感漂う落ち目の歌手を、イップ・トンがいかにもの演技で演じています。歌も彼女自身が歌っていて、アニタ・ムイに負けない情感たっぷりの歌声を聞かせてくれます。
イップ・トンもかつては、『レスリー・チャン 嵐の青春』(1982)や『偶然』(1986)などでレスリー・チャンと共演し、青春の息吹に満ちた作品を世に送り出してくれました。今はしっとりした大人の魅力に溢れる女優となっていますが、彼女のような存在を生かす香港映画が作られないため、ここ10数年は数えるほどの作品にしか出ていません。そんな香港映画の現状を思う時、レスリー・チャンの早すぎる死も今日の現状を見据えた運命的なものだったのかも、と思ったりします...。生きていれば、今年の9月12日で還暦を迎えたはずのレスリー・チャン。彼の冥福を祈るばかりです。
(スチールはすべてHKIFF提供)