歯の「(8)臨床試験」。
米フレッド:ハッチンソン癌研究センターなどが行なった、その臨床試験の規模の大きさに驚きました。
中国の26万人の女性を13万人の触診を指導したグループと、指導しなかったグループに分けて
89年から00年まで、追跡調査した結果、両グループの間の乳癌死亡率に差がなかったというものです。
アメリカも大きな国だが、中国も大きな国だ。調べも調べたり、26万人を11年間。中国人の侮りがたいネットワークで、自己触診の指導が残りの13万人に漏れ伝わり、結局26万人みんなに指導したのと同じことになりはしなかったか。あるいは、指導した13万人が果たして指導のとおりに自己触診を行っていたかという、中国人の国民性に起因する疑問。これだけの規模の調査でも当然にそうした疑いは起こりうるわけで、そして当然に、素人の想像できる程度の疑問に対する反証のようなものはあらかじめ論文に盛り込まれているのだろうと思う。
いいなあ。それでこそ統計調査だなあ。全国何百万人規模の表があって、市内何百人を、全国平均から一定以上の偏りがある何十人とその他の2グループに分け(その割合だけで、何百人の分布が全国を代表する分布ではないことが露呈されてしまうのだが)、それぞれの性別内訳の表など出してみたりして(後の検証部分では性別による区分けをしていないのに、表で男女差が明確に。そんなの隠しとけ隠しとけ)、その2グループの偏り具合を調べて「有意差が確認できた」が連発されている書き物を見て恥ずかしい思いをしていた昨今。結論部分には、これをもってよその文献に書いてあったことが正しいことを確認した、というオチがついていた。問題提起の書き出しと結論だけで十分で、中の検証があるばかりにかえって信頼性を落としてしまうのではないか…と思っていたけど、実は書き出しも不要だった。最後だけでいいよ、そんなの。よその文献で最初から結論出てるんだから。かたや26万人、かたや何十人ですよ。一つ飛びぬけたデータがあったら全部引っ張られるじゃないですか。そんなの誰が信用できるか。
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