ぐったり。
病院で、「あら、ニャーちゃん、おばあちゃんの顔になっちゃって」って言われた。
美人のニャーがおばあちゃんやなんて…
でもほんまにおばあちゃん。
ガリガリだ。
昔のニャーを知ってる人なら別猫やと思うくらいガリガリ。
体重はあまりにも軽すぎたので、ここに書くのは控えておこう。
診断の結果は、
「ボーっとしている」
なんせおばあちゃんなので、いつどうなってもおかしくない状態。
手の施しようがないってこうゆうときのことを言うのか…。
ごはんも食べなくなってて、水を飲むくらい。
わかっていた。病院に連れてってもどないしようもないことくらい。
老猫やからしょうがないってこともわかってるんやけども、
「なんとか」って思ってしまう。
先生は2つの選択肢を出してくれた。
ここからは飼い主次第。
血液検査をして原因をつきとめ、それに対処するか、
とりあえず栄養を補給して、体を楽にしてあげるか。
究極の選択。
後者を選びました。
おそらく腎臓が悪いんだそう。
なので、ここでもまた選択肢が2つ。
腎臓に負担をかけないように食事制限をするのか、
それとも、残りの猫生、すきな物を食べさせてあげるか。
後者を選びました。
これは決して、「諦め」ではない。
ニャーはいろいろ与えてくれたし、がんばった。
もう、20年も家族として生きてきたんやし、
ニャーがどうしてほしいのか、言葉はなくてもわかる気がした。
それから3,4回、点滴で栄養と吐き気を抑える薬を体に入れた。
小さい小さい体に500mlの点滴。
ヨロヨロ歩くニャー。
仕事から帰ってきた主人の後をつけて回るのがニャーの日課。
トイレでもお風呂でも。
ある日、ニャーは自分の部屋から出なくなった。
体温も低い。
ニャーも猫、プライドは高い。
トイレに行こうと、起きようとするが、体がいうことをきかない。
いよいよか。
誰もがそう感じた。
翌日、ニャーは家族にかこまれて、息をひきとった。
20年という年月は長い。
家族にとって、ニャーは大きい存在。
なくてはならない存在だった。
ニャーは野良猫だった。
生後2ヶ月。
まだ仔猫。
ニャーが選んだ家は我が家だった。
うちの長男によじ登り、愛嬌を振りまき、家族契約を結んだ。
長男が高校時代ヤンチャをし、停学になって謹慎してるのをみている。
ニャーはヒマつぶしの相手をしてあげた。
そんな長男が高校を卒業し、家を出て、結婚し、奥さんと子供を2人、連れてきた。
ニャーはそれを喜んだ。
ニャーと1番仲がよかった長女がイギリスに行ってしまってからも、
何年も何年も帰りを待った。
長女が一回り成長し、帰ってきたとき、ニャーは少し怒って、「おかえり」と言った。
両親が共働きで家を空けることが多かったその家には、まだ小学生の双子がいた。
そんな小学生の面倒をみたのもニャーだった。
双子はニャーのおかげで家で退屈したり、淋しい思いをすることはなかった。
4人の子宝に恵まれた夫婦。
4人の子供たちは大人になり、みんな家を出た。
夫婦は淋しくなかった。
ニャーがいたからだ。
どの場面にも、ニャーはいた。
そんな家族はニャーの死を嘆き悲しんだりはしなかった。
ニャーが灰になっても、満足感のようなものさえ感じた。
さすが、ニャーやな。
病院で、「あら、ニャーちゃん、おばあちゃんの顔になっちゃって」って言われた。
美人のニャーがおばあちゃんやなんて…
でもほんまにおばあちゃん。
ガリガリだ。
昔のニャーを知ってる人なら別猫やと思うくらいガリガリ。
体重はあまりにも軽すぎたので、ここに書くのは控えておこう。
診断の結果は、
「ボーっとしている」
なんせおばあちゃんなので、いつどうなってもおかしくない状態。
手の施しようがないってこうゆうときのことを言うのか…。
ごはんも食べなくなってて、水を飲むくらい。
わかっていた。病院に連れてってもどないしようもないことくらい。
老猫やからしょうがないってこともわかってるんやけども、
「なんとか」って思ってしまう。
先生は2つの選択肢を出してくれた。
ここからは飼い主次第。
血液検査をして原因をつきとめ、それに対処するか、
とりあえず栄養を補給して、体を楽にしてあげるか。
究極の選択。
後者を選びました。
おそらく腎臓が悪いんだそう。
なので、ここでもまた選択肢が2つ。
腎臓に負担をかけないように食事制限をするのか、
それとも、残りの猫生、すきな物を食べさせてあげるか。
後者を選びました。
これは決して、「諦め」ではない。
ニャーはいろいろ与えてくれたし、がんばった。
もう、20年も家族として生きてきたんやし、
ニャーがどうしてほしいのか、言葉はなくてもわかる気がした。
それから3,4回、点滴で栄養と吐き気を抑える薬を体に入れた。
小さい小さい体に500mlの点滴。
ヨロヨロ歩くニャー。
仕事から帰ってきた主人の後をつけて回るのがニャーの日課。
トイレでもお風呂でも。
ある日、ニャーは自分の部屋から出なくなった。
体温も低い。
ニャーも猫、プライドは高い。
トイレに行こうと、起きようとするが、体がいうことをきかない。
いよいよか。
誰もがそう感じた。
翌日、ニャーは家族にかこまれて、息をひきとった。
20年という年月は長い。
家族にとって、ニャーは大きい存在。
なくてはならない存在だった。
ニャーは野良猫だった。
生後2ヶ月。
まだ仔猫。
ニャーが選んだ家は我が家だった。
うちの長男によじ登り、愛嬌を振りまき、家族契約を結んだ。
長男が高校時代ヤンチャをし、停学になって謹慎してるのをみている。
ニャーはヒマつぶしの相手をしてあげた。
そんな長男が高校を卒業し、家を出て、結婚し、奥さんと子供を2人、連れてきた。
ニャーはそれを喜んだ。
ニャーと1番仲がよかった長女がイギリスに行ってしまってからも、
何年も何年も帰りを待った。
長女が一回り成長し、帰ってきたとき、ニャーは少し怒って、「おかえり」と言った。
両親が共働きで家を空けることが多かったその家には、まだ小学生の双子がいた。
そんな小学生の面倒をみたのもニャーだった。
双子はニャーのおかげで家で退屈したり、淋しい思いをすることはなかった。
4人の子宝に恵まれた夫婦。
4人の子供たちは大人になり、みんな家を出た。
夫婦は淋しくなかった。
ニャーがいたからだ。
どの場面にも、ニャーはいた。
そんな家族はニャーの死を嘆き悲しんだりはしなかった。
ニャーが灰になっても、満足感のようなものさえ感じた。
さすが、ニャーやな。