砂蜥蜴と空鴉

ひきこもり はじめました

小話

2004年12月20日 | ログ

着いた先は、いつかの山門だった。

手には無銘の長刀――借り物の幻想、崩れ去ったはずのそれ――が握られている。

見れば服装もかつてこの場に喚ばれたときの格好をしている。

辺りを見回し、感傷に耽る。

――結末はどうなったのか。結局力になれたのか。そもそも――

いや、既に終わったことを考えても仕方ない。

確かに最後まで見れなかった未練はある。が、それはどうなるものでも無い。

沸いた未練を振り払うように目を閉じ、かぶりを振る。

「―――ふぅ」

息を一つついて、目を開ける。

そう、ここに来た理由はそれじゃない。

「こいつを、返しに来たよ――」

場を照らす月を見上げ、手にした刀を掲げてみせる。

そうして、いつか幻視した彼の侍と同様の――いや、寸分さえ違わぬ――構えをとる。

意識を集中させ、回路を開く。魔力が具現し、世界の様式を塗り替える。

そうして、二天さえ切り裂く軌跡を放つ――違う――いや、放とうとした。

だが、言い知れない違和感が生じ、その動きを停止させる。

違う。あぁ、違うんだ――これでは何かが。

この違和感は一体何なのか。なぜ、違うと感じたのか。

それを考える。――結果、結論に達する。

そう、この業はかの侍が人の一念のみをもってして具現せしめた奇跡だ。

自分が使っている魔力という余分のある紛い物では届かない――いや、届くことは届くがそれでは違う。何が、とは分からないけど――

だけど、せめて最後のこの一刀は、できるだけ真作に近づきたいと、何処かが訴える。

何を今更、と思う。だけど、今はその衝動に従おう。

「はぁ、危うく紛い物を返すところだった」

構えを崩して苦笑を洩らす。

さて、仕切りなおしだ。

再び意識を集中させ――ただし回路は全て閉じたままに――構えをとる。

放てるはずがない、思考はそう結論付けていた。

確かに自分の力量では夢にすら思えない絶技だ。再現などまず不可能。

しかしここは、想いが力になる場所だ。現実の世界での成否などはたいして問題にならないはずだ。

願いを昇華し、この一撃を、彼の侍と同じ場所へ押し上げる。そう、幻想すら切り捨てる幻想に。

ただそれだけを強く想い、この身に余るキセキを振るおう。


「秘剣―――」

そうして、世界を曲げる一撃と共に

「―――燕返し」

幻想に、別れを告げた。
















気がつくと、身体は地面に倒れこんでいた。

「はっ……はぁ、はぁ」

仰向けの状態で荒い息をつく。

やはりこの場においてもかなりの無茶だったのか、腕の感覚がまったく感じられなくなっている。

手にしていた長刀もすでにカタチを失っている。

また、結構な時間意識が飛んでいたらしく、

空をみると、月は雲に隠れたのか、先ほどまでこの場を照らしていた光はない。

視界にはただ光点がまばらに見えるだけだった。

「―――はぁ、疲れた」

そして満足感と疲労感に包まれながら目を閉じようとしたその時。

「あ――」

しまった。振るうのに集中しすぎて肝心の軌跡を確認してなかった――

気づいて一気に力が抜けていく。なんていうか、ひどく、無様だ。

「あー……届いてるかな……」

間抜けな呟きが口をつく。

だが、まぁ、多分、きっと、届いてるだろう。

確証はないけど、そう思っておくことにしよう。

そのまま今度こそ目を閉じ、この世界から姿を消した。

家出人と孤児

2004年12月20日 | ログ

『お姉ちゃんは家出してこの街に来たんだよね』

『そうよ』

『じゃあ僕の方が不幸だね。だって、元から帰る家なんて持ってなかったもん』

『ティグ。それは違うわ』

『えー。何でだよ』

『最初から何も持たない人間は楽だわ。何も失わないもの。

 私は根こそぎ失いここに来たわ。

 あなたは以前、家を安心の在り処といったわね。その通りよ。

 家は安らぎを与えてくれる。

 それを捨てた。私は捨てたのよティグ。

 私は卑しき逃亡者。

 けどね、逃げることすらこの世界では自由ではないのよ。

 何も持たない者。何もかも失った者。

 両者は非常に似ているけど、絶望的に重みが違う。

 欠落を選択した私の勇気は少なくとも、貴方の貧困よりも、重く、冷たい』