着いた先は、いつかの山門だった。
手には無銘の長刀――借り物の幻想、崩れ去ったはずのそれ――が握られている。
見れば服装もかつてこの場に喚ばれたときの格好をしている。
辺りを見回し、感傷に耽る。
――結末はどうなったのか。結局力になれたのか。そもそも――
いや、既に終わったことを考えても仕方ない。
確かに最後まで見れなかった未練はある。が、それはどうなるものでも無い。
沸いた未練を振り払うように目を閉じ、かぶりを振る。
「―――ふぅ」
息を一つついて、目を開ける。
そう、ここに来た理由はそれじゃない。
「こいつを、返しに来たよ――」
場を照らす月を見上げ、手にした刀を掲げてみせる。
そうして、いつか幻視した彼の侍と同様の――いや、寸分さえ違わぬ――構えをとる。
意識を集中させ、回路を開く。魔力が具現し、世界の様式を塗り替える。
そうして、二天さえ切り裂く軌跡を放つ――違う――いや、放とうとした。
だが、言い知れない違和感が生じ、その動きを停止させる。
違う。あぁ、違うんだ――これでは何かが。
この違和感は一体何なのか。なぜ、違うと感じたのか。
それを考える。――結果、結論に達する。
そう、この業はかの侍が人の一念のみをもってして具現せしめた奇跡だ。
自分が使っている魔力という余分のある紛い物では届かない――いや、届くことは届くがそれでは違う。何が、とは分からないけど――
だけど、せめて最後のこの一刀は、できるだけ真作に近づきたいと、何処かが訴える。
何を今更、と思う。だけど、今はその衝動に従おう。
「はぁ、危うく紛い物を返すところだった」
構えを崩して苦笑を洩らす。
さて、仕切りなおしだ。
再び意識を集中させ――ただし回路は全て閉じたままに――構えをとる。
放てるはずがない、思考はそう結論付けていた。
確かに自分の力量では夢にすら思えない絶技だ。再現などまず不可能。
しかしここは、想いが力になる場所だ。現実の世界での成否などはたいして問題にならないはずだ。
願いを昇華し、この一撃を、彼の侍と同じ場所へ押し上げる。そう、幻想すら切り捨てる幻想に。
ただそれだけを強く想い、この身に余るキセキを振るおう。
「秘剣―――」
そうして、世界を曲げる一撃と共に
「―――燕返し」
幻想に、別れを告げた。
気がつくと、身体は地面に倒れこんでいた。
「はっ……はぁ、はぁ」
仰向けの状態で荒い息をつく。
やはりこの場においてもかなりの無茶だったのか、腕の感覚がまったく感じられなくなっている。
手にしていた長刀もすでにカタチを失っている。
また、結構な時間意識が飛んでいたらしく、
空をみると、月は雲に隠れたのか、先ほどまでこの場を照らしていた光はない。
視界にはただ光点がまばらに見えるだけだった。
「―――はぁ、疲れた」
そして満足感と疲労感に包まれながら目を閉じようとしたその時。
「あ――」
しまった。振るうのに集中しすぎて肝心の軌跡を確認してなかった――
気づいて一気に力が抜けていく。なんていうか、ひどく、無様だ。
「あー……届いてるかな……」
間抜けな呟きが口をつく。
だが、まぁ、多分、きっと、届いてるだろう。
確証はないけど、そう思っておくことにしよう。
そのまま今度こそ目を閉じ、この世界から姿を消した。