童画家kanan 《小さな勇気を届けたい🌸》

世界中の誰かに勇気が届けばいいな🌸国も言葉も肌の色も家族も宗教も超えて、《自分を好きになる勇気》を子供にも大人にも届け♫

人の心を傷つけていい理由はどこにもないように感じます。

2013年05月14日 | 日記

 先日、長く連絡を取っていなかった友達に連絡を取る機会があり、取ることができました。

 私自身と彼女の関係ではなく、私が結婚して遠くに引越ししてから後に、私に近い人たちと彼女に近い人たちの関係がひどくこじれたことで、友達だった私たちも特にそのことについて話をすることもなく10数年間疎遠になっていました。

 

 私が連絡を取ったことで、彼女は最初戸惑ったようでしたが、会いたいと思う気持ちとどうしようという気持ちの両方があると教えてくれました。

 私は、私に近い人たちと彼女に近い人たちの関係がひどくこじれたことの内容を、私の近い人間から多少聞いてはいましたが、私自身は遠方にいるので、関心も薄く、よくある仲違いくらいの感覚でいたので、彼女の思いに全く気づくことができていませんでした。

 だけど、彼女は昔のやりとりを目の当たりにしていたので、かなり傷ついていたんです。彼女は、もともと誰よりも人を思いやることのできるとても優しい女の子(今はもう女性)だったので、本当に辛かったと思います。

 のんきに10数年を暮らしていた自分が申し訳なく感じました。

 

 そんな彼女の想いを知り、私はどうしても会って話をしなければならないと思い、帰省したおり、連絡をとり、会うことができました。

 そして、10数年間の近況話とともに、彼女が10数年前にどんな思いだったのかを少し聞くことができました。

 彼女は私に近い人たちが当時なぜそんなことをしたのか、納得できず、長い間心を痛めていたようです。

 

 話を聞く中で私が感じたことは、

 恐らく、どの立場で話を聞くかによって思いは違うのかもしれないし、私は当時のことを全くといっていいほど知らないので、私に近い人達と彼女に近い人達のどちらが正しいのか、私にはわからない。  けど、どんな理由があっても、人の心を傷つけるような方法はとってはいけない。  人を傷つけないで済む方法をもっとみんな探さないとならなかったんだ。

                            という思いでした。

 そして、そう感じたまま言葉にし、どんな理由があったとしても、私に近い人たちが彼女を傷つけたことと、私自身がそのことを深く考えずほおっておいてしまってたことを彼女に謝りました。本当に申し訳なかったと感じています。

 

 彼女は笑顔で応えてくれ、会いに来てくれて本当に嬉しかった。と言ってくれました。そして、今では、メールでもやりとりができるようになりました

 

 一度切れてしまった縁が、また繋がった  そのことが本当に嬉しかったです

 結婚前の私よりも、これからの私は彼女を友人として大切にしていくことができると感じています

 

 未だに、私に近い人達は、彼女に近い人達と心を通わせようとはしないだろうと感じています。まだまだ何かにこだわっているようです。それがお互い同じ思いなのかどうかはわかりません。

 

 でも、私と彼女が心を通わせられるようになったことで、何かが変わっていけるのではないかなと希望をもっています

 

 この人生において、出会う出来事も出会う人々も、「全て必要」だと強く感じます。

 物であったり、自分の立場、名声、世間体、人からの評価、どう思われるか、良く見られたい、など、絶えず「人と比べた自分」にこだわっている心の間は、「安心」は来ないと感じます。

 いつも不安で、どこかイライラしていると感じます。

 この人生において、出会う出来事や人々との出会いに不満を感じているときは、人生が、「何かにこだわっている自分」がいることを教えてくれているのではないかな~と最近よく思います。

 どんなことも全て、人生からの「素敵なプレゼント」。

 そう考えられるようになってからの私は、何かが起こると、自分の「良心」に目を向けることができ、自分の心のあり方を軌道修正することができるようになりました・・・まだまだまだまだ波はありますが

 

 そして、どんな理由があっても、「人の心を傷つけていい。」ということはないとも強く思います。

 もし、その人の心を傷つける方法しか見つけられないときは、今はまだ何もせず、そのことは静観して、ただ日常のできることだけをしていけばいいと思います。 もし自分が本当に動かなければならないときは、人を傷つけない良い方法が必ず見つかると感じます。

 人間の脳みそってすごいから、任せてみればいい

 もし、なかなか見つからなければ、事態が動き始めるまで待ってみればいいってことかもしれません

 人生をみる視点では、そんなに焦って急ぐことは何もないのかも。

 人生を見る視点=「流れ」を見る視点って感じです

 

 今日も家族みんな、生かして頂いてありがとうございます 

 

 

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