さて、ニャロメの活躍により、人気作品となった『ア太郎』であるが、そもそもニャロメとは、いつ頃、どのような形で発生してきたキャラクターなのか、余り知られていない。
元々ニャロメは、ドラマの進行を促すべく、コマの片隅に幕間的に現れては消える、台詞すらない単なるペットマーク的なキャラクターに過ぎなかった。
1968年頃より、赤塚は『バカボン』の作中、リアルなタッチで描かれた月夜の景観を、ページ半分程を使い、ドラマのインターミッション的役割を担う特殊効果として、頻繁に取り入れるようになった。
下絵の段階で、赤塚が大きく鉛筆で「夜」とだけ書いたものを、古谷三敏が、そのリリシズム溢れる繊細な筆致で、バラエティーに富んだ様々な夜景に仕上げ、美麗且つシュールな幻想的空間をヒトコマに凝縮して描いてみせたのだ。
赤塚が下絵の段階で、特にシチュエーションを指定せず、古谷の叙情的センスに一任して描かせたのも、その作品世界に斬新なエフェクトを生み出す一因となったのだろう。
その夜のシーンに、赤塚は一つの点景として、直接ドラマの進行とは関係ない、下弦の月に照らされては、片手倒立する野良犬を神出鬼没に配置させ、読者の意表を突いていた。
そんな類縁性に基づく、自然延長線上に位置するキャラクターとして、『ア太郎』にも、同じく夜景の大ゴマ等に、尖った耳と大きな目が印象的な野良猫を好んで描き加えるようになり、これがニャロメのキャラクターメイクの原点となったのである。
また、「ニャロメ」というネーミングは、1970年代より、オリベッティ社配下のエットレ・ソットサスのデザイン研究所を拠点に、デザイナー、前衛アーティストとして世界を股に掛けて活躍することになる立石鉱一ことタイガー立石と知遇を得た際に、赤塚が直接彼から見せてもらったという自作のナンセンス漫画のワンシーンからヒントを得て、名付けられたものだ。
元々立石は、「ボーイズライフ」のユーモアページを中心に、アメリカンコミックを彷彿させる小洒落たサイレントギャグを複数執筆しており、後に公私に渡り密接な間柄となった赤塚は、前述のフジオ・プロ発行のファン向けギャグ漫画誌「まんが№1」に、やはりシュールな前衛的感覚を際立たせた『ガギググゲゲラ』なるナンセンス漫画を立石に連載させるなど、その才能を高く評価していた。
立石作品の登場人物達が激昂した際に発する、「コンニャロメ」、「キショウメ」といった奇抜な言語表現に直截的な影響を受けた赤塚は、そんな場面転換にのみ登場していた前述のマスコット猫に、ひと言「ニャロメ」と鳴かせ、ここで漸く、ニャロメのキャラクターの原型が形作られることになったのだ。