文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

少女向けブラック・ユーモアの登場 戦慄の一家物シリーズ

2020-04-09 19:45:00 | 第2章

キャラクターの性格表現からドラマを組み立ててゆく構築方法は千差万別である。

「少女フレンド」を中心に描き継がれた『いじわる一家』(67年1号~6号)をはじめとする一連の「一家ものシリーズ」は、少女雑誌にブラックユーモアを取り入れた最初の作品群で、人間のデカダンな意識の内面、あるいは葛藤から生まれる人間の業といったものをメタフィジックな観点から描写しつつも、そのキャラクターには恐怖感漂うアクチュアリティーが付加されており、いずれも戦慄のエッセンスを含んだ混乱と笑いの日常空間を舞台としている。

『いじわる一家』は、文字通り、家族全員が底意地が悪く、良識の欠片もない屈折した人間ばかりで、飼い猫までが人間に嫌がらせをし、バキュームカーを食事中の民家に突っ込ませてしまう悪辣ぶり。おまけに、亡くなったお祖父さんも遺影から息子達に向かって唾を吐き出すなど、悪意に満ちた異常行動を繰り返すとんでも一家だ。

だが、ある日、そんな歪んだ性格を清く正しく変えてしまう衝撃的な出来事が唐突に訪れ、最後に意外な結末へとドラマは雪崩れ込んでゆく。

いじわる一家の異常なまでの加虐性、予断を許さぬショッキングなどんでん返しが、道理から外れたこの上ない理不尽さや無差別レベルの残虐性を更に高騰させ、少女漫画の本質概念の反逆となるクールな笑いを紡ぎ出してゆく、まずは傑作シリーズとなった。

「少女フレンド」では、他にも、オカルト趣味の家族が本物のゴーストに取り憑かれてしまう悪夢のようなトラブルを恐怖から解放するナンセンスとのミクスチャーで紡ぎ、予定調和の少女漫画の作法を破壊した『スリラー一家』(67年11号~12号)、究極の世話好き一家の有り難迷惑なボランティア精神が、読者のシンパシーや感情移入の一切を拒絶し、押し付けや自己満足のボランティアへの違和感を一つのアフォリズムとして明徹なまでに喝破した『おせっかい一家』(67年8号~10号)、「なかよし」には、各自めいめい価値観の外れた行動を取る協調性のない家族が、対立や葛藤を乗り越え、深い絆と真の家族愛で結ばれるまでの姿を綴った不快指数120%のヒューマンドラマ(⁉)『バラバラ一家』(67年8月号)、様々なアクの強い癖を持つ家族の、訪問客を巻き込んでのバカバカしいまでの喧騒がほっこりとした笑いと安堵感を引き立てる『7くせ一家』(67年4月号)等を執筆。その後、少年誌にも、窃盗癖のある不埒なファミリーが銀行強盗に押し入り、完全犯罪を成立させるも、因果応報とはいえ、その衝撃的な幕切れに戦慄を覚える『ドロボウ一家』(「ぼくら」68年6月号)、バットとグローブを肌身離さず、生活の全てに野球を持ち込む野球命の一家のあくなき日常をユーモラスに切り取った『野球一家』(「週刊少年キング」68年26号)、拳闘狂の一家に生まれ、ボクシングに熱中する余り、これ以上破壊のしようのないくらいにまで顔面崩壊してしまった元美人の婚活に向けての悪戦苦闘が物騒な笑いを膨張させる『BOXING一家』(「週刊少年キング」68年30号)他、諸々の作品を発表した。

創刊間もない、まだ週刊化される以前の「少年ジャンプ」では、過剰に愛されることで伴う息苦しさや精神的苦痛を、人間は勿論、犬や猫、誰からも好かれる人気者一家の悲喜劇に、何処か心理的空虚感がもたらす浮揚的ムードを絡めて描いた『もてもて一家』(69年№12)、苛立ちの激しい家族の激情と狂乱が更にエスカレートを重ね、殺気立った暴力衝動を全方位に向けてぶち巻ける『イライラ一家』(69年№15)といった作品を多数執筆し、1976年の『タレント一家』(「少年ジャンプ増刊号」76年8月20日発行)を最終作として描くまで、「一家ものシリーズ」は、ブラックユーモアのベーシックな形式を保ちながら、更なる深みとバリエーションを広げてゆくことになる。

因みに、『タレント一家』は、演技性人格障害を患った一家の更なる精神の均衡の喪失と錯乱を戯画化し、読む者を思考停止の境地へと誘う不条理な味わいを纏った作品だ。

「一家ものシリーズ」は、赤塚ギャグとしては、比較的なマイナーな路線でありながらも、これらの作品を多く収めた単行本は、発売される都度、間もなく品切れになる程の売れ行きを博し、1970年に曙出版より新書版コミックス(『赤塚不二夫全集』第15巻)が『いじわる一家』の表題作で発売された後も、75年にB6版、翌76年に文庫版と二度に渡って復刊を重ねており、その人気の根強さが窺える。


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