1月14日
義母の事があったので新年初面会
施設では風邪が流行っているのでマスク手洗い必須!
同じフロアーの人も何人か点滴対応
母も2~3日前は熱があったそうだ
この日は平熱に戻ったようだ
ベットで横になっていた母に声をかけたら少しだけ目を開けた
「調子はどう?」と手をとると骨と皮だった
飲みこみが衰えてきて食事がすすまないそうだ
水分もあまり摂らないのが心配だ
昨年8月に実父、昨日義母、こうも短期間に親を見送るというには辛い
お母さん…もう少し長生きして…
義母の事があったので新年初面会
施設では風邪が流行っているのでマスク手洗い必須!
同じフロアーの人も何人か点滴対応
母も2~3日前は熱があったそうだ
この日は平熱に戻ったようだ
ベットで横になっていた母に声をかけたら少しだけ目を開けた
「調子はどう?」と手をとると骨と皮だった
飲みこみが衰えてきて食事がすすまないそうだ
水分もあまり摂らないのが心配だ
昨年8月に実父、昨日義母、こうも短期間に親を見送るというには辛い
お母さん…もう少し長生きして…
義母が1月9日89歳で亡くなった
昨年暮れの27日に突然入院したと連絡がきて
もういつ逝ってもおかしくないと言われた
血小板が造れないというので緊急輸血したがおもわしくなく
新しい血液が造れないし、年齢もあって血管が細くなっていて点滴の針が入らない
等もあって手足が非常に浮腫んでいた
お見舞いに行った時、酸素マスクもしていたけど
「食事に出たみかんが美味しかった。牛乳飲みたい」と会話もできたけど
ただ凄く久しぶりだったので私達が誰だか判らなかったみたいだ
パンパンに浮腫んでいる手足がとても可哀想だった
手足をさすりながら泣きそうになった
ものの1時間いただろうか?
義兄がじゃぁそろそろ帰ろうかと言ったので「もう?」と思ったが
私達に気を使ってくれたんだろうがもっとついていてあげたかった
(義母も疲れるからかな)
娘と「この次に来る時はもっといてあげようね」と言っていたのだが…
…遅すぎた(/_;)
親戚の方達はうちの親の事情もある程度知っていてくれたので
「遠いから仕方ないよ。実の息子(義兄)に看て貰えたんだから本望だったよ」
と慰めてくれたけど
こんな思いなら引きとって看ておけば…なんて思っても後の祭り
私は、いつもこうだ…まったく学習能力が無いなと自分で自分が嫌になった
義母の誕生日が1月5日だったので病室で「お義母さんもうすぐ89歳のお誕生日ですよ」
と言うと「そうかぁわしも長く生きたわい…」と弱々しく言っていた
4日が仕事始めな娘だったので一旦東京に帰宅
病院から帰る時に「また来ますね」と言うと
「寂しいなぁ…」と言った。
それが私や子供との最期の会話になった
9日の朝に亡くなったと連絡がきて急いで帰省したが
後で聞くと義兄も最期の時には間に合わなかったようです
たぶん…眠るように逝ったみたい
うちの父の最期の時が壮絶という表現なら義母は安眠という感じか…
苦しまずに逝けたならそれだけは良かったと思う
田舎の葬式はこっちと全然違った
納棺師が来るかと思っていたら
納棺は葬儀担当の人一人の指導の下、家族と親戚一同でやった
義母が寝ている掛け布団を葬儀屋さんが取ったら
最期に病室で見たときと同じように手足がまだ浮腫んでいて
点滴の針の跡も紫色になっていて痛々しかった
棺に入れてからも足をさすったが既に固くて
楽にしてあげれなかったという思いが一気に込み上げてきてしまった
「義母さんごめんなさい…」
告別式の前に火葬場へ行く
こちらはお骨にしてから告別式をやる
(東京は骨別式が先でその後火葬場)
火葬場に行く途中、セレモーニーホールに安置していた義母を出棺し
自宅に霊柩車が寄る
私達親族はマイクロバスで後ろについている
自宅の前の道路にご近所の人たちが数10人ずらーと並んで義母と最期の別れ
中には杖をついたお年寄りや押し車の方もいて手を合せている姿をみたら
感動してしまった…
少し遅れてきた方もいて走っている姿を見たらもっと泣けてしまった
村(既に住居表示は違うけど)の人は温かい人達で義母は嫁いで60数年きっと幸せだったと思う
まだ義母よりも高齢の人もいるそうだが見送ってもらえるのは幸せだ…よね…
義母が乗った車にいつまでも手を合せてくれていた<(_ _)>
遺された義兄が独りでこれから暮らしていく村だけどきっと大丈夫だと思う
告別式もお坊さんの読経の時に焼香するのでは無く
一般会葬者は喪主に挨拶して順次焼香
その後退席してお坊さん入場、親族のみで読経の中焼香した
その後、初七日 49日の読経もやった
告別式の次の日に寺参り(この時お布施を渡す)
義母の戒名は「大姉」お布施が30万円也(安い!)
3人お坊さんが来て 両脇にいたお坊さんにはそれぞれ 7万円のお布施(x2=14万円也)
この寺参りの時、聞いたら
納骨は自分たちでやるそう
お寺の墓地では無く
(年間管理料も一切いらない村の小山一帯にあるお墓なので
納骨の際にお寺さんは立ち会わないそうだ)
←お布施も発生しないから、良心的なお坊さんだ
義兄とうちの旦那でお墓のカロートを開けてお骨を
骨壷から出してすぐに土に還すようだ
けど、素人がやってその後雨漏りとか大丈夫なんだろうか…
男手が無い所はどうするんだろう…といらん心配をしてしまった
ただ、2月3月は雪が降るので暖かくなってから納骨しようかと考え中
帰る時に墓参りに行ったら雪で埋もれていて獣の足跡が所々に見受けられた
ホントに田舎の墓って感じ
お墓の花立てステレンス製が割れていて水が漏れていた
寒冷地用の花立てってあるのかなぁ(新しくしてあげたいなぁ)
義父75歳で亡くなってもう14年経過…
今まで独りで眠っていた義父もやっと義母と一緒に永眠できるから
これでもう寂しくないかな…
昨年暮れの27日に突然入院したと連絡がきて
もういつ逝ってもおかしくないと言われた
血小板が造れないというので緊急輸血したがおもわしくなく
新しい血液が造れないし、年齢もあって血管が細くなっていて点滴の針が入らない
等もあって手足が非常に浮腫んでいた
お見舞いに行った時、酸素マスクもしていたけど
「食事に出たみかんが美味しかった。牛乳飲みたい」と会話もできたけど
ただ凄く久しぶりだったので私達が誰だか判らなかったみたいだ
パンパンに浮腫んでいる手足がとても可哀想だった
手足をさすりながら泣きそうになった
ものの1時間いただろうか?
義兄がじゃぁそろそろ帰ろうかと言ったので「もう?」と思ったが
私達に気を使ってくれたんだろうがもっとついていてあげたかった
(義母も疲れるからかな)
娘と「この次に来る時はもっといてあげようね」と言っていたのだが…
…遅すぎた(/_;)
親戚の方達はうちの親の事情もある程度知っていてくれたので
「遠いから仕方ないよ。実の息子(義兄)に看て貰えたんだから本望だったよ」
と慰めてくれたけど
こんな思いなら引きとって看ておけば…なんて思っても後の祭り
私は、いつもこうだ…まったく学習能力が無いなと自分で自分が嫌になった
義母の誕生日が1月5日だったので病室で「お義母さんもうすぐ89歳のお誕生日ですよ」
と言うと「そうかぁわしも長く生きたわい…」と弱々しく言っていた
4日が仕事始めな娘だったので一旦東京に帰宅
病院から帰る時に「また来ますね」と言うと
「寂しいなぁ…」と言った。
それが私や子供との最期の会話になった
9日の朝に亡くなったと連絡がきて急いで帰省したが
後で聞くと義兄も最期の時には間に合わなかったようです
たぶん…眠るように逝ったみたい
うちの父の最期の時が壮絶という表現なら義母は安眠という感じか…
苦しまずに逝けたならそれだけは良かったと思う
田舎の葬式はこっちと全然違った
納棺師が来るかと思っていたら
納棺は葬儀担当の人一人の指導の下、家族と親戚一同でやった
義母が寝ている掛け布団を葬儀屋さんが取ったら
最期に病室で見たときと同じように手足がまだ浮腫んでいて
点滴の針の跡も紫色になっていて痛々しかった
棺に入れてからも足をさすったが既に固くて
楽にしてあげれなかったという思いが一気に込み上げてきてしまった
「義母さんごめんなさい…」
告別式の前に火葬場へ行く
こちらはお骨にしてから告別式をやる
(東京は骨別式が先でその後火葬場)
火葬場に行く途中、セレモーニーホールに安置していた義母を出棺し
自宅に霊柩車が寄る
私達親族はマイクロバスで後ろについている
自宅の前の道路にご近所の人たちが数10人ずらーと並んで義母と最期の別れ
中には杖をついたお年寄りや押し車の方もいて手を合せている姿をみたら
感動してしまった…
少し遅れてきた方もいて走っている姿を見たらもっと泣けてしまった
村(既に住居表示は違うけど)の人は温かい人達で義母は嫁いで60数年きっと幸せだったと思う
まだ義母よりも高齢の人もいるそうだが見送ってもらえるのは幸せだ…よね…
義母が乗った車にいつまでも手を合せてくれていた<(_ _)>
遺された義兄が独りでこれから暮らしていく村だけどきっと大丈夫だと思う
告別式もお坊さんの読経の時に焼香するのでは無く
一般会葬者は喪主に挨拶して順次焼香
その後退席してお坊さん入場、親族のみで読経の中焼香した
その後、初七日 49日の読経もやった
告別式の次の日に寺参り(この時お布施を渡す)
義母の戒名は「大姉」お布施が30万円也(安い!)
3人お坊さんが来て 両脇にいたお坊さんにはそれぞれ 7万円のお布施(x2=14万円也)
この寺参りの時、聞いたら
納骨は自分たちでやるそう
お寺の墓地では無く
(年間管理料も一切いらない村の小山一帯にあるお墓なので
納骨の際にお寺さんは立ち会わないそうだ)
←お布施も発生しないから、良心的なお坊さんだ
義兄とうちの旦那でお墓のカロートを開けてお骨を
骨壷から出してすぐに土に還すようだ
けど、素人がやってその後雨漏りとか大丈夫なんだろうか…
男手が無い所はどうするんだろう…といらん心配をしてしまった
ただ、2月3月は雪が降るので暖かくなってから納骨しようかと考え中
帰る時に墓参りに行ったら雪で埋もれていて獣の足跡が所々に見受けられた
ホントに田舎の墓って感じ
お墓の花立てステレンス製が割れていて水が漏れていた
寒冷地用の花立てってあるのかなぁ(新しくしてあげたいなぁ)
義父75歳で亡くなってもう14年経過…
今まで独りで眠っていた義父もやっと義母と一緒に永眠できるから
これでもう寂しくないかな…