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☆『和食はなぜ美味しい』(巽好幸・著、岩波書店)☆
「和食」と縁がないでもない家に育ったこともあって、先年「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたときはちょっと嬉しかった。若い頃はやはり「洋食」好みだったが、歳を得るにしたがって「和食」のほうが好きになった。そんな「和食」への興味と理系的関心が加わってこの本を買ったのだが、一年間ほどツンドク状態になっていた。料理にかけて、本書を一言で表せば「地球科学風味の和食エッセイ」とでも書こうと思った。しかし一読して、むしろ「和食仕立ての地球科学(プレートテクトニクス)入門書」のほうが的確といえそうだ。
とはいえ、お堅い科学書とはちがって、地球科学の観点から「和食」の美味しさを解明しようとした粋な本である。章立ては「1月 おでん」から始まって「12月 河豚」までの歳時記仕立てになっていて、地球科学者(「マグマ学者」)である著者とその姪っ子による関西を中心とした食べ歩きである。食べ歩きといっても、訪れる先は、実名こそ出てこないが老舗あるいは著者ゆかりの店舗(料亭?)と思われるお店のようである。そこで語られる著者の食へのこだわりや、さまざまなウンチクには驚かされるばかりだ。著者と姪っ子との丁々発止の会話もフィクションのように見えて、ノンフィクションかもしれないと思ったり、そこがまたおもしろい。
たとえば「和食」の基本である出汁(だし)は、日本の水が軟水だからこそ成立しているという。カルシウム(マグネシウム)イオンの値が高い硬水を使うと、カルシウムイオンと昆布に含まれるアルギン酸が反応して昆布の吸水性が下がり、昆布のうま味成分が溶け出しにくくなるからだ。ヨーロッパなどにくらべて日本は軟水が多いが、それは地層や岩石のちがいに加えて、河川の流れの速さを決める「河床勾配」や地下水の地下における「滞留時間」によるものである。つまり日本列島には急勾配の山が多いということだ。その原因は地殻の圧縮と「アイソスタシー(地殻均衡)」に求められる。関西と関東の出汁のちがいにはじまって、話は日本の地殻変動やプレートテクトニクスへとつながっていく。まさしく出汁(「和食」)は「日本列島の贈りもの」なのである。
筍と桜鯛の話から瀬戸内海のなりたちに至ったり、ウナギやアナゴの逢瀬が海底火山に結びついたりと、著者の語りは縦横無尽である。熟成とはうま味成分のイノシン酸をつくり出すことであって、その元になるのはATPだという話など、目から鱗だった。食とは直接関係しないが、「安山岩」はアンデス山脈を特徴づける「アンデス岩」に由来することも初めて知った。「10月」で語られる「松茸三昧」なども羨ましいばかりだが、それだけに終わらず松茸が寄生するアカマツなどの森林保全へと話はつながっていく。芋焼酎からシラス台地やカルデラに話が及び、いつかは必ず起こるであろう巨大噴火に対する覚悟についてもふれている。余談だが、著者の巽好幸さんはiPS細胞の研究でノーベル生理学・医学賞を受けた山中伸弥さんの高校の先輩でもあるようだ。
「和食」のトピックスはとてもおもしろく、その関わりから日本の自然環境や地球科学に興味を持ってもらいたいという著者の思いも伝わってくる。しかし、地球科学に関する部分を完全に理解しようとすると、少しばかり骨が折れるかもしれない。巽さんご自身による最先端の研究も紹介されている。もちろん、科学的な部分は読み流して、「和食」のところだけ味わっても、十分にもとは取れると思う。地球の外(宇宙や気象)については少しばかり知識があるつもりだが、地球表面(陸や海)や地球内部の知識には乏しいので、自分もまたそれに近い読み方をした。
おでんの出汁にはじまって、著者が姪っ子の勤めるホテルのバーで「だし巻き」を食する「粋な演出」で本書は終わる―「それじゃあ、変動帯日本列島に感謝を込めて、乾杯!」と。ところで、表紙のイラストも、吸い物椀に日本列島が浮かんでいる。日本列島の上には柚子らしきものも見える。これまた粋である。味噌汁よりも吸い物が好きで、柚子大好き人間の自分にとってはたまらないイラストだ。この表紙や本文の図版・カットを描かれたのは、このブログでも何回かご紹介したイラストレーターのKaoluluさんである(実際にお会いしたことはないが)。実は本書の存在(出版)を知ったのもKaoluluさんのブログからである。Kaoluluさんのイラストはどれもほのぼのとした感じがして、「和食」に劣らず味わい深いところがある。本文が食材であれば、イラストはそれを引き立てる出汁のようなもの、といっては失礼だろうか。
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「和食」と縁がないでもない家に育ったこともあって、先年「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたときはちょっと嬉しかった。若い頃はやはり「洋食」好みだったが、歳を得るにしたがって「和食」のほうが好きになった。そんな「和食」への興味と理系的関心が加わってこの本を買ったのだが、一年間ほどツンドク状態になっていた。料理にかけて、本書を一言で表せば「地球科学風味の和食エッセイ」とでも書こうと思った。しかし一読して、むしろ「和食仕立ての地球科学(プレートテクトニクス)入門書」のほうが的確といえそうだ。
とはいえ、お堅い科学書とはちがって、地球科学の観点から「和食」の美味しさを解明しようとした粋な本である。章立ては「1月 おでん」から始まって「12月 河豚」までの歳時記仕立てになっていて、地球科学者(「マグマ学者」)である著者とその姪っ子による関西を中心とした食べ歩きである。食べ歩きといっても、訪れる先は、実名こそ出てこないが老舗あるいは著者ゆかりの店舗(料亭?)と思われるお店のようである。そこで語られる著者の食へのこだわりや、さまざまなウンチクには驚かされるばかりだ。著者と姪っ子との丁々発止の会話もフィクションのように見えて、ノンフィクションかもしれないと思ったり、そこがまたおもしろい。
たとえば「和食」の基本である出汁(だし)は、日本の水が軟水だからこそ成立しているという。カルシウム(マグネシウム)イオンの値が高い硬水を使うと、カルシウムイオンと昆布に含まれるアルギン酸が反応して昆布の吸水性が下がり、昆布のうま味成分が溶け出しにくくなるからだ。ヨーロッパなどにくらべて日本は軟水が多いが、それは地層や岩石のちがいに加えて、河川の流れの速さを決める「河床勾配」や地下水の地下における「滞留時間」によるものである。つまり日本列島には急勾配の山が多いということだ。その原因は地殻の圧縮と「アイソスタシー(地殻均衡)」に求められる。関西と関東の出汁のちがいにはじまって、話は日本の地殻変動やプレートテクトニクスへとつながっていく。まさしく出汁(「和食」)は「日本列島の贈りもの」なのである。
筍と桜鯛の話から瀬戸内海のなりたちに至ったり、ウナギやアナゴの逢瀬が海底火山に結びついたりと、著者の語りは縦横無尽である。熟成とはうま味成分のイノシン酸をつくり出すことであって、その元になるのはATPだという話など、目から鱗だった。食とは直接関係しないが、「安山岩」はアンデス山脈を特徴づける「アンデス岩」に由来することも初めて知った。「10月」で語られる「松茸三昧」なども羨ましいばかりだが、それだけに終わらず松茸が寄生するアカマツなどの森林保全へと話はつながっていく。芋焼酎からシラス台地やカルデラに話が及び、いつかは必ず起こるであろう巨大噴火に対する覚悟についてもふれている。余談だが、著者の巽好幸さんはiPS細胞の研究でノーベル生理学・医学賞を受けた山中伸弥さんの高校の先輩でもあるようだ。
「和食」のトピックスはとてもおもしろく、その関わりから日本の自然環境や地球科学に興味を持ってもらいたいという著者の思いも伝わってくる。しかし、地球科学に関する部分を完全に理解しようとすると、少しばかり骨が折れるかもしれない。巽さんご自身による最先端の研究も紹介されている。もちろん、科学的な部分は読み流して、「和食」のところだけ味わっても、十分にもとは取れると思う。地球の外(宇宙や気象)については少しばかり知識があるつもりだが、地球表面(陸や海)や地球内部の知識には乏しいので、自分もまたそれに近い読み方をした。
おでんの出汁にはじまって、著者が姪っ子の勤めるホテルのバーで「だし巻き」を食する「粋な演出」で本書は終わる―「それじゃあ、変動帯日本列島に感謝を込めて、乾杯!」と。ところで、表紙のイラストも、吸い物椀に日本列島が浮かんでいる。日本列島の上には柚子らしきものも見える。これまた粋である。味噌汁よりも吸い物が好きで、柚子大好き人間の自分にとってはたまらないイラストだ。この表紙や本文の図版・カットを描かれたのは、このブログでも何回かご紹介したイラストレーターのKaoluluさんである(実際にお会いしたことはないが)。実は本書の存在(出版)を知ったのもKaoluluさんのブログからである。Kaoluluさんのイラストはどれもほのぼのとした感じがして、「和食」に劣らず味わい深いところがある。本文が食材であれば、イラストはそれを引き立てる出汁のようなもの、といっては失礼だろうか。
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